03 希望と犠牲の境界線
2日後、再びRoom-Zの回線が繋がった。
画面の向こうに現れた西野が、深く頷いて言葉を発した。
「――我々の技術力を駆使して、最善と呼べる策をまとめた。
どうか、最後まで聞いてほしい」
背後に映ったスティーブが、眼鏡を直しながら前へ出た。
その姿を見て、画面のRoom-Zのメンバーは息を呑む。
空気が張り詰めるのを、6人も同じように感じ取っていた。
「まず……潜水艦が沈んでいる北側の海域に、強烈な低気圧を発生させる」
ホワイトボードに映し出された海域のマップに、赤い渦のマークが描かれる。
「海水温を強制的に上昇させるため、熱を発するよう改良した水中ドローンを大量に投入する。
同時に、巨大ファンへと改造したドローンを空から展開し、上昇気流を生み出す。
両者を組み合わせれば――人工的に嵐を発生させることが可能だ」
「……嵐を?」
誰かが呟いた。
スティーブは頷き、ペンを走らせる。
「発生した低気圧は南半球の性質上、南へと移動する。
潜水艦が眠る海域を直撃させれば、常駐している2隻の船は避難を余儀なくされる。
つまり――核を守る障壁を取り払えるということだ」
画面の向こうで沈黙が広がる。誰もが喉の奥に言葉を引っかけたまま、スティーブの説明に耳を傾けていた。
「そして、その隙に……」
スティーブが一拍置いて言った。
「我々の深海探査機を投入し、海底700mに沈んでいる潜水艦から核を回収する」
説明を終えると、会議室の空気は重く静まり返った。
作戦の壮大さと無謀さに、全員が息を詰めていた。
「もちろん、相手に察知されぬよう、すべての動きは精密に隠蔽する。
これが、我々の考えた“現実的な一手”だ」
Room-Zの画面越しに、息を飲む音が聞こえた。
誰もが、これは本当に可能なのか――そう思わずにはいられなかった。
その場は、しばし沈黙に包まれていたが、やがてティムが静かに語り出した。
「現実味がある……。
正直、最初は無謀な夢物語だと思ってた。
でも、こうして俺たちが“時間移動”してここにいる時点で、すでに常識を超えた技術を目の当たりにしてるんだ。
なら、嵐を作ることだって不可能じゃないはずだ」
「だがよ……もしも隠しきれなかったらどうする?
あの連中に気づかれたら、俺たちの存在がバレるぞ。
そうなったら、エリオスどころかこの施設まで危険に晒される」
ジャックは不安を拭いきれない。
「でも、何もしなければ未来は変わらない。
俺たちはここで“待つだけ”なのか? それでいいのかよ」
タイラーは、何もできないことに、もどかしさを感じている。
肯定と否定が交錯する。
画面越しのRoom-Zのメンバーたちの顔にも、揺れる感情がはっきりと浮かんでいた。
桜井が低い声で割って入る。
「だからこそ、この作戦は極めて綿密に進めなければならない。
相手に気づかれず、迅速に、そして確実に」
そこで、スティーブが前に出た。
表情は硬く、声には一切の冗談もなかった。
「最後にもう一つ――核の回収についてだ」
会議室の空気がさらに重くなる。
「潜水艦は海底700mに沈んでいる。
深海探査機で外殻を探査することは可能だ。
だが……核は内部に保管されている。
潜水艦の内部は狭く、入り組んだ構造になっているため、機械だけでは取り出せない」
ホワイトボードに潜水艦の断面図が描かれる。
その複雑な迷路のような通路を見て、誰もが息を呑んだ。
「――人間の手が必要だ。最低2人。
耐圧スーツはこちらで用意するし、ソナーで核の正確な位置も特定できるよう準備は進める。
だが……実際に潜り、回収するには“人間の手”が必要なんだ」
その言葉は、画面越しのRoom-Zにも、会議室の6人にも重く突き刺さった。
次の一手が、命を懸けるものになると誰もが理解した瞬間だった。
会議室の空気は重苦しかった。
深海700メートル――その数字の冷たさに、誰もすぐには口を開けられなかった。
長い沈黙のあと、ジャックが深く息を吸い込み、荒っぽい声で言った。
「……俺が行くしかないだろ。ここまで来て腰抜け面してたら、元軍人の名がすたる」
その言葉に、Room-Zの画面に映るメンバーが一斉にざわめく。
次の瞬間、低く落ち着いた声がスピーカーから響いた。
「――なら、俺も行こう」
名乗り出たのは、ユーザー名〈SeaShadow〉。イギリス出身のオリバーだった。
元海軍兵であり、潜水艦勤務の経験を持つ彼は、静かな口調ながら一切の迷いを感じさせなかった。
「潜水艦の構造を知っている人間が必要だ。
……放っておけば、誰も帰ってこられない」
再び沈黙が落ちた。だが今度は、希望と恐怖がせめぎ合う沈黙だった。
誰もが理解していた。
この決断が――「希望と犠牲の境界線」を越える第一歩であることを。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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