02 恐怖と希望の先にあるもの
偵察用ドローンが海上を滑るように進み、やがて海面に浮かぶ二隻の船影をとらえた。
映し出されたその姿は、かつては豪華クルーズ船だったであろう船体。
だが、今では錆と汚れに覆われ、甲板には得体の知れぬ機材や掘っ立て小屋のような構造物が並んでいた。
「……間違いない。奴らだ」
桜井が低く呟いた瞬間、映像の中で閃光が走った。
ドローンに向けて赤いレーザーが照射され、映像が一瞬ノイズに覆われる。
甲板にいる数人が銃を構えているのも確認できた。
「ちょ……ちょっと待て、あれ……完全に武装してんじゃないか」
タイラーが声を震わせる。賛同派の面々も息を呑んだ。
それまで黙っていたRoom-Zのメンバーが、ようやく口を開いた。
「こんなの……蜂の巣を突くようなもんだろ。
俺たちは今、かつての南極大陸で平和に暮らしてるんだ。
何でわざわざ“ああいう連中”に近づく必要がある?
もし、奴らにここを嗅ぎつけられたら……きっと襲撃してくるに決まってる!」
言葉は鋭く、部屋の空気が重く沈む。
慎重派の目には明確な恐怖が浮かんでいた。
スティーブが口を開いた。
「確かに、危険はある。
だが、ここは気象操作によって奴らの船を近づけさせないようにしているんだ。
嵐や潮流を利用すれば、こちらの存在が知られる可能性は極めて低いし、今までも何回か回避してきた」
彼は冷静に説明したが、「可能性はない」と言いきらないことが、かえって不安を募らせた。
「極めて低い……? それはゼロじゃないってことだろ」
アランが小さく吐き捨てる。
「一度でも奴らに見つかったら……俺たちの生活は終わりだ。
エリオスどころじゃなくなる」
「でもよ!」
ジャックが机を叩いた。
「核を手に入れなきゃ、小惑星を壊す作戦は始められねえんだ!
命懸けでもやるしかねえだろ!」
「命懸けで……って、簡単に言うなよ!」
慎重派の一人が叫び返す。
「俺たちはただ、生き延びたくてここに来たんだ。
戦うためじゃない!」
「そうだ。地球を捨ててまで来た1億人の人々を、危険にさらすことはできない」
部屋の中は賛同と反対が入り乱れ、互いの声がぶつかり合った。
計画に希望を見出した者は声を荒げ、恐怖を抱く者はなおのこと頑なに首を振る。
議論はいつ果てるともなく続き、誰も結論を出せないまま、ただ時間だけが流れていった。
騒然とする議論の中で、西野がゆっくりと両手を上げた。
「――みんな、落ち着いてくれ。ここで言い争っても答えは出ない」
その穏やかな声に、室内のざわめきが次第に静まっていく。
西野は一人ひとりの顔を見渡し、静かに続けた。
「こうしよう。
奴らを刺激しない方法……できれば気づかれずに核を回収する手段を考えるんだ。
それならば、反対する者も納得できるだろう」
重苦しい空気の中で、わずかにうなずく者、視線を伏せる者。
それでも確かに、先ほどまでの激しい衝突よりは落ち着きを取り戻していた。
「少し時間をくれ。今日はここまでにしよう」
西野の締めくくりに、誰も異を唱えることはなかった。
「――それから、この話は他の住人には内密にしておいてほしい。混乱させたくないんだ」
その一言が、議論の重さをあらためて刻み込んだ。
やがて通信は切れ、画面は暗転した。
⸻
拓実は、モニターの前でしばらく放心していた。
頭の中で、西野や賢人たちの言葉が目まぐるしく駆け巡る。
核、潜水艦、武装した連中……。
自分が足を踏み入れてしまったものが、想像以上に大きく、重いものだと感じていた。
その時、玄関のドアが開く音がした。
「ただいまー、気持ちよかったわぁ」
母親が、近所で開かれているヨガ教室から帰ってきたところだった。
移住前、日本にいた頃の母は、いつも拓実の勉強や成績のことばかり気にしてピリピリしていた。
小言を言われ、叱責されることも当たり前の日常。
けれど今は違う。
エリオスに来てからの母は、まるで別人のように穏やかで、日々を楽しそうに過ごしている。
拓実に笑顔を向ける母を見つめながら、拓実の胸に渦巻く思いは深まっていく。
――この安全で穏やかな生活。
――一方、地球に残った篤志が辿ったであろう、困難に満ちた道。
「何が……正しいんだろう」
心の中でつぶやいたその答えは、まだ見つからなかった。
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