03 交わった声、残された謎
食堂に通されると、すでに温かな匂いが漂っていた。
木のテーブルには、焼きたてのパンや温かなスープ、香ばしく焼かれた肉や野菜が並んでいる。
エリオスの無機質で均一な栄養食とはまるで違う、家庭の温もりが宿る料理だった。
「いただきまーす!」
元気な声を張り上げたのは、小学高学年と低学年くらいの二人の男の子だった。
弾けるような笑顔と無邪気な仕草に、食卓の空気は一気に柔らかくなる。
「ねえねえ、昔ってAIもロボットもなかったんでしょ?」
「ぜんぶ人間がやってたんでしょ? ごはん作るのも? 掃除するのも?」
「移動するときは、馬に乗ってたんでしょ!」
矢継ぎ早に投げかけられる素朴な疑問に、6人は思わず目を見合わせ、どこか懐かしいような、胸がちくりとするような感情を抱いた。
「こらこら、お客さんを質問攻めにするんじゃない」
桜井が苦笑しながらたしなめると、子どもたちは「えへへ」と舌を出して座り直した。
桜井の妻が給仕をしながら微笑む。
「山を越えてきたんでしょう? どうぞ、たくさん食べてね」
スープを口に運ぶと、野菜の甘みと出汁の旨味が広がり、冷え切っていた体が内側から温まっていく。
賢人と聡太は思わず目を細め、タイラーは「……うまい」と小さく漏らした。
一口ごとに、彼らは自分の家族との食卓を思い出していた。
父と母、兄妹や姉妹、当たり前のように続くと思っていた賑やかな食卓。
それがもう遠い過去のもののように感じられて、胸の奥が熱くなった。
「やっぱり、人が作る料理って違うな……」
アランがぽつりと言うと、皆がうなずき、沈黙がしばし場を満たした。
食事がひと段落したところで、桜井が湯気の立つカップを置きながら言った。
「食後に少し相談したいことがある。
Room-Zの仲間に連絡を取ってみてはどうかな」
賢人たちは顔を上げる。
桜井は続けた。
「君たちが来る前から、スレッドを覗かせてもらっていた。申し訳ない。
けれど……見ていると、君たちを心配して、今にも捜索隊が出発しそうな勢いだったんだ」
彼は苦笑いを浮かべつつも、その瞳には真剣な光が宿っていた。
ーーーーー
部屋の中央に設置された端末に、桜井が軽く指を触れると、大きなパネルが光を帯びた。
Room-Zのメンバーが次々に映し出される。映像は鮮明で、まるで同じ部屋にいるかのようだった。
「おお! 無事だったんだな!心配したぞ」
「よくぞ山を越えた!」
画面の向こうの仲間たちは口々に声を上げ、安堵の表情を浮かべた。
賢人は照れくさそうに肩をすくめ
「まあ、死ぬかと思ったことも何度かあったけどな」と笑う。
聡太も「親切にしてもらってる。飯もうまいぞ」
と付け加え、テーブルの料理を見せるようにカメラを傾けた。
「それより紹介したい人がいる。エリオスについて教えてくれてる桜井さんだよ」
そう言って、桜井を画面に映す。穏やかな表情で軽く会釈する桜井に、Room-Zのメンバーが一瞬ざわついた。
「桜井……桜井って、もしかして……」
食い気味に口を開いたのは拓実だった。
「篤志のこと、桜井篤志を知ってますか?」
その問いに、桜井は静かにうなずいた。
「ああ。篤志は――私の祖父だよ」
一瞬、沈黙が走った。
仲間たちは目を見開き、意味を理解できずにいる。
ジャックが「祖父……? どういうことだ?」
アランは「だって篤志って、拓実の親友ってことは、まだ小学生だろ?」
桜井は苦笑を浮かべ、棚から古びたアルバムを取り出した。
ページを開くと、そこには20代前半と思しき青年の写真が貼られていた。
「これは、若い頃の祖父だ。この土地に来てまもない頃のものだよ」
画面に映し出されたその青年の顔には、確かに篤志の面影があった。
同じ目の形、同じ笑み。
しかし、写真の中の彼はもう「大人」としての佇まいをまとっていた。
「……嘘だろ」
拓実は小さく息を呑み、思わず口元を押さえた。
この間までの篤志と、そこに写る青年の姿が重なっては離れ、頭が混乱する。
“自分が知っている親友は、やがてこんな大人になるのか”――その事実を前に、心が追いつかない。
「俺の……知ってる篤志じゃ、ない……」
拓実はかすれた声で呟き、俯いた。
画面越しに、仲間たちの空気も重く沈んでいく。
その中で、桜井は静かに言葉を続けた。
「理解するには時間が要るだろう。
だが、これが真実だ。……君たちにも、きっと分かってもらえる日が来る」
通信の向こうで、仲間たちが不安げにこちらを見つめていた。
「……俺たちも、まだ全貌を理解できてるわけじゃないんだ」
賢人は深く息を吸い、言葉を選びながら続けた。
「でも、分かったことは必ず伝える。約束するよ」
聡太も画面に身を寄せ、真剣な表情でうなずく。
「ここは、安全そうだ。だから心配はいらない。俺たちは大丈夫だ」
画面の向こうで、拓実が唇を噛み、強くうなずいた。
その姿に、残された仲間たちの胸中が痛いほど伝わってくる。
「じゃあ、また連絡する」
賢人のその一言で、通信は静かに途切れた。
部屋に残ったのは、モニターの消えた暗い画面と、6人の胸に広がる複雑な余韻だった。
胸の奥底に残った重たいざわめき――それでも、確かに一歩は踏み出したのだ。
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