02 語られた真実、訪れた休息
桜井は、一呼吸置いてから静かに言った。
「……そして、君たちが予想した通り、ここは――地球の南極だ」
6人の表情が固まる。
南極――だが、彼らの知る“氷の大陸”のイメージとはまるで結びつかない。
桜井は続けた。
「ただし、今の南極は昔の南極じゃない。
小惑星の衝突によって地軸そのものが傾いたんだ。
その結果、この大陸は大きく位置を変え、かつてのオーストラリアとほぼ同じ緯度に移動してしまった。
つまり、氷と吹雪の世界だった南極は、今や温帯に近い環境になっている。
だからこそ、こうして人が住める土地になったんだ。
小惑星の衝突でまず大津波が世界を飲み込み、多くの都市や平地を一瞬で壊滅させた。
やがて波は引き、被害を免れた地域では、人々はなんとか復興に向けて歩き出そうとした。
だが……その後、衝撃で緩んだ極地の氷が溶け始めた。
今度は海面がゆっくりと、しかし確実に上昇していった。
残された陸地はますます狭まり、生き残った人類は、そのわずかな土地を奪い合うことになった」
桜井は低い声で続けた。
「やがてその争いは、個々の生存の奪い合いから、国と国との戦争へと広がっていった。
数年にわたり、世界を巻き込む戦乱が続いたんだ。
人々が求めたのは、まず標高の高い土地だった。
津波と海面上昇で低地は水没し、安全に暮らせる場所は限られていた。
山岳地帯や高原は、ただそこに立っているだけで“生存の権利”を意味した。
さらに、食料とエネルギーを生み出す資源も奪い合いの的になった。
水源を押さえた国は強大な力を持ち、肥沃な土地を確保した地域は生存者を支配した。
石油や鉱物といった資源もまた血で血を洗う戦場に変わり、戦火は止むことなく拡大していった。
――それは、醜く、そして悲惨なものだった」
桜井は目を伏せ、静かに言葉を継いだ。
「私の祖父が暮らしていた日本も、衝突そのものの被害は少なかった。
山岳地帯が多く、水源にも恵まれていたおかげで、当初は秩序を保ち、なんとか生活を続けていけたんだ。
だが――その“恵まれた環境”こそが、やがて他国の標的になった。
水と土地を求めて押し寄せる外からの圧力に、日本は次第に疲弊していった。
抵抗を続けるうちに、国土は戦火に巻き込まれ、祖父も家族もその渦に飲み込まれていった……」
桜井は一度言葉を切り、遠い記憶を探るように目を細めた。
「……私の祖父も、当初は山間部の村で暮らしていた。
幸い、津波の被害はそこまで及ばず、村人たちと力を合わせて再建を目指していたそうだ。
畑を耕し直し、山の湧き水を分け合いながら、なんとか生き延びようとした。
だが、ラジオから流れてくる政府の放送は、日に日に不穏さを増していった。
もはや領海はあってないようなもので、海岸部から始まる資源の略奪、武力衝突――
“戦”の影がじわじわと迫ってくるのを感じていたんだ。
祖父はその声を聞くたびに、胸の奥に黒い塊のような不安を抱えたという。
やがて、決意した。
『このままでは、村も自分の家族も巻き込まれる』と。
祖父は希望者を募り、村を出て麓へと降りた。
そこで目にしたのは、想像を絶する惨状だった。
津波で押し流された町の跡、瓦礫の山、そしてかつて市街地だった場所に横たわる、流れ着いた船。
だが祖父は、その船を“希望”と見た。
村から同行した仲間と共に必死で修復し、さらに新たな仲間を募って船に乗り込んだ。
そして――最低限の食糧と水を積んで広い太平洋へ、命を賭けた航海に出たんだ」
桜井は、声を低めて続けた。
「嵐に揉まれ、燃料は乏しく、いつ沈んでもおかしくない船旅だったが……陸に留まるよりは希望があった。
それでも、祖父の胸中は揺れていたという。
“村を捨ててよかったのか、仲間を巻き込んでしまったのではないか”――罪悪感と不安は、波と同じように押し寄せ続けた。
そんなある夜、遠い水平線の向こうで、突然、昼のような閃光が空を裂いた。
音は届かない。だが、その光の激しさで、誰もが直感した。
『核が使われた』と。
やがて、次の閃光。
さらに次――止めどなく、各地で爆ぜる光の柱が夜空を焼いた。
祖父たちは甲板にへたり込み、言葉を失った。
祖父は後に語ったという。
“あの光を見たとき、人類は自らを滅ぼしたのだと悟った。
同時に――どんな地獄でも生き抜いてみせると、心に誓った”と」
桜井は一瞬、目を閉じる。
その表情には、祖父から受け継がれた決意の影が刻まれていた。
「閃光の夜のあとも、彼らの漂流は続いた。
食料は日ごとに減り、わずかな干し魚や米を小分けにし、水も雨頼みだった。
それでも、漂う海の上で網や釣り糸を垂らし、運よく魚がかかれば、その場で捌いて凌いでいたそうだ。
嵐に遭えば、甲板を洗う波で誰かが流されそうになり、夜は凍えるほど寒かった。
“もしかしたら、村に残った方が幸せだったのではないか”――そんな思いが、何度も心を苛んだ。
だが、空を覆う灰雲の向こうに一瞬差し込む陽の光や、波間で跳ねる魚の姿が、祖父に生きる意味を繋ぎ止めた。
“まだ、この世界には生命がある”――そう信じたからだ。
やがて、彼らの視界に山影が現れた。
それは、切り立った崖と氷を抱えた巨大な山脈。
漂流の果てに辿り着いたのは、地図にも頼れない“未知の大地”――南極大陸だった。
祖父は、涙が止まらなかったと言う。
生き延びた安堵と、これから始まる新たな闘いへの恐れ――そのすべてが混じり合い、震えが止まらなかったのだ」
桜井は語り終えると、ふっと息を吐いて表情を和らげた。
「――とまあ、話せばきりがないな。続きはまたにしよう」
そう言って立ち上がると、6人を見回して声をかけた。
「ちょうどいい頃合いだ。少し一息つこうか。昼食にしよう」
扉の奥から、妻と思しき女性が顔を出し、にこやかに頷いた。
「支度はできていますよ。こちらへどうぞ」
促されるまま食卓へと移動すると、温かな香りが漂ってきた。
険しい山越えと衝撃の話で強張っていた身体と心が、少しずつ解きほぐされていくのを、6人は感じていた。
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