01 隠された大陸
犬は6人の足元を駆け回り、ときおり先へ走っては振り返り、また戻ってくる。
荒野を渡ってきた緊張感は、毛並みを揺らしながら跳ね回るその姿に、少しずつ解けていった。
やがて、前方の建物が輪郭をはっきりさせる距離まで近づく。
低い壁に囲まれた敷地、その中央に立つのは、無機質な灰色の二階建て。
そして、その玄関前――そこに一人の男性が立っていた。
50代ほどのアジア人。
皺の刻まれた目元に柔らかな笑みを浮かべ、まるで旧友を迎えるかのようにゆっくりと手を上げる。
犬はその足元に駆け寄ると、尻尾を大きく振って腰を落とした。
「エリオス、お迎えご苦労さん」
男はしゃがみ込み、犬の首元を優しく撫でる。
呼ばれた名――“エリオス”――に、6人は無言で視線を交わした。
ただの偶然なのか、それともこの地に何らかの意味があるのか。
静かな風が頬を撫で、建物の影が彼らを包み込み始めた。
「私は桜井雅人。いやぁ、あの山を越えるの大変だったでしょう」
男は柔らかな声でそう名乗ると、一人ひとりとしっかり握手を交わした。
握られた手は温かく、長旅の緊張を少し和らげる。
「いろいろ聞きたいこともあるだろう。まずは中へ」
促されるまま、6人は建物の中へと足を踏み入れた。
内部は、壁や床の構造こそエリオスで見慣れた無機質な造りだが、木製の家具や布張りの椅子、壁にかかった風景画など、どこか人の温もりを感じさせる空間に仕上げられていた。
案内されたのは、明るい光が差し込む居間。
3人掛けと1人掛けのソファがひとつずつと、周囲に小ぶりなテーブル、そして厚手のカーペットが敷かれている。
「適当に座ってくれ」
桜井にそう言われ、メンバーはそれぞれ思い思いの場所へ腰を下ろす。
ソファだけでは足りず、賢人と聡太とタイラーはカーペットの上に並んで座った。
犬――エリオスと呼ばれた茶色の毛並みの犬は、まるで当然のように聡太の隣に寄り、頭を彼の膝に預ける。
聡太が軽く耳を撫でると、エリオスはうっとりと目を細め、やがて静かな寝息を立て始めた。
その光景に、険しい山を越えてきた6人の顔から、少しずつ緊張が解けていった。
桜井は「まずは一息つこう」と言い、奥のキッチンへと立った。
やがて、湯気の立つポットとカップが乗った盆を持って戻ってくる。
ほのかな茶葉の香りが部屋に広がり、山登りの疲れをまとった体をじんわりと解きほぐしていく。
温かなカップを手渡されると、誰もが自然に肩の力を抜き、ひと口含んでは「はぁ……うまい」と小さくつぶやいた。
桜井は彼らの様子を静かに見守りながら、自らもカップを手に取り、
「さて、どこから話せばいいかな。
いつかはこの時が来ると思っていたが、予想していたより随分早かったからね」
と、ようやく語り始めた。
ーーーーー
「ここには、今およそ五百人が住んでいる。
子どもから老人まで幅広い世代がいて、それぞれが役割を担いながら暮らしているんだ。
大人たちは農耕や畜産、建築や整備、教育や医療など、それぞれの経験や技術を生かして日々の生活を支えている。
子どもたちは学びながら、大人の仕事を手伝うこともあり、年配者たちは知恵や経験を次の世代へと伝えている。
つまり、ここは単なる避難所ではなく、一つの共同体として機能しているんだ。
エリオスの皆さんが問題なく生活できるよう、物資や技術の支援も行っている。
後で施設を案内しよう」
賢人が口を開きかけるのを手で制し、桜井は続けた。
「君たちが暮らす居住区とは、地下の通路で繋がっている。
物資の輸送や人員の移動は、そのルートを使っているんだ。
ただ……地下通路を作るのは並大抵じゃなかったと聞いている。
凍土と岩盤を掘り抜く作業は想像以上に過酷で、機械が動かなくなれば、人の手でツルハシを振るうしかなかった。
一度は地下水脈に突き当たり、大量の水が流れ込んで作業を中断せざるを得なかったこともあったそうだ。
それでも、通路を完成させなければ、この地と居住区の往来は不可能だった。
数十年単位の時間と、多くの人間の労力をかけて、ようやく今の形になったんだ」
アランが思わず身を乗り出した。
「じゃあ、あの制御ロボットも……?」
「そう、ここの技術者たちが作ったものだよ。
AIの制御やアップデートも、ここで行っている」
部屋の空気がわずかに張り詰める。
「そして私は、この場所を作った人物の息子だ。
父は何十年もかけて、この施設とシステムを築き上げた。
ここは、その意思を受け継いで維持している場所なんだ」
桜井の言葉に、6人は顔を見合わせた。
山脈を隔てた場所にあるここは、単なる未知の土地ではなかった。
――エリオスの根幹を支える“もうひとつの心臓部”だった。
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