02 空から見る、僕らの檻
Room-Zのチャットルームは、異様な静けさと熱気が同居していた。
地球が津波に呑み込まれていく映像――その衝撃は、誰の心にも深く爪痕を残していた。
「見たか……あれじゃ、終わりだ」
「それでも生き残ってる人たち、絶対にいるよね」
「なのに、なんで“ここ”は無反応なんだ」
誰かが投げた疑問に、いくつもの「いいね」や共感のスタンプがつく。
「生存者をエリオスに移住させてくれ、てAIに掛け合ったけど“秩序維持のため、人口の拡大は認められない”って繰り返すだけだ」
聡太が、ため息混じりにそう投稿すると、すかさず拓実が反応した。
「このまま、何もできずに見てるなんてイヤだ。
友達が、どこかで生きてるかもしれないのに」
「俺もだ」
「もう、AIに頼ってる場合じゃないよな」
「じゃあ、どうする?」
その問いに、メンバーの一人――ユーザー名「Helios_Scan」が静かに反応した。
「まず、僕らの“檻”の全体像を知らなきゃダメだ。
どこまでが制限区域で、どこからが未開区域なのか、AIは教えてくれないんだろ?」
すぐに別のメンバーが返す。
「一応、自分の居住区の周辺マップは配布されてたよな。
施設名とか道路とか、生活に必要な範囲だけだけど」
「そう、それだけ。
外縁部に“アクセス不可”って赤線が引いてあるだけで、その先がどうなってるかは一切わからない」
「1億人が暮らせるってことは、これ……下手したら一つの国レベルの広さだろ?
なのに、全体像を知ってる人、誰もいないんだよな」
「AIに聞いても“個人に必要な範囲を超える情報開示は非推奨です”って、毎回それ」
「つまり俺たちは、与えられた“暮らしやすい箱”に閉じ込められてるってわけか……」
「全体を見渡せば、何かがわかるかもしれない。
抜け道、接触できるルート、未使用の土地――そういうの、AIは絶対教えない」
聡太がそう書き込むと、数秒の静寂のあと、次々と反応が返ってくる。
「それ、俺も思ってた。
これだけ完璧に管理された都市が、勝手に動いてるはずない。
どこかに中枢があるはずなんだよ」
「1億人が暮らしてるんだぞ? 食料、衣類、エネルギー、ゴミ処理……物流の流れが一切見えないなんておかしいだろ」
「配送用のドローンも地下経由かもな。
あの静かさは異常だ」
「つまり、地下に“見せていない世界”があるってことだよな」
聡太はさらに打ち込む。
「制御センターがあるとしたら、地上には出入り口があるはずなんだ。
それも、複数。何かあったときに備えてね。
防災思想をベースにしてるなら、逃げ道は必ず複数ある」
「俺たちが生活してる地上の下には、何かもっと大きなシステムが動いてる。
気球で見渡せば、その痕跡が見えるかもしれない。
巨大な通気口とか、不自然な地形とか、監視塔の死角とか」
Helios_Scanが続ける。
「だから、空から見るしかない。
AIに隠された“全体構造”を、俺たちの目で見て確かめるんだ」
その言葉に、賢人は目を見開いた。
「それ、やろう。どうやって撮る?」
「フィルムカメラを持ってる。祖父の形見でね。自分で現像もできる」
「デジタルじゃないのか?」
「AIにバレるリスクが高い。フィルムなら、アナログだしバレにくい」
そして、もうひとつの驚きの提案が続いた。
「気球を飛ばす。軽量の撮影ユニットを括りつけて、上空からこの“街”を俯瞰するんだ」
「マジか」とざわつくRoom-Z。
聡太がチャットに入力しながら、小声でつぶやく。
「フィルムカメラと気球って……スパイ映画かよ」
賢人は笑った。
「それくらいやらなきゃ、ここからは見えないものがあるんだよ」
拓実はすでに、工具を取りに立ち上がっていた。
⸻
翌日、雲一つない快晴の午後。
郊外にある芝地――AIの監視ドローンが比較的少ないとされるエリアに、Room-Zのメンバー十数人が静かに集まった。
それぞれの居住区から抜け出すために、「自主学習プロジェクト」や「地域交流課題」といった、もっともらしい理由を家族や学校に伝えてきたという。
いつもは画面越しにしか会ったことのなかった仲間たち。
実際に顔を合わせるのは、これが初めてだった。
「……君がHydroPilot?」
「うん、そっちがPixelFoxだよね?」
互いの顔とユーザー名を確かめ合いながら、ぎこちない笑顔と軽い会釈が交わされる。
少しの緊張と、同じ目的を共有しているという静かな連帯感。
年齢も国籍もバラバラだが、不思議と壁はなかった。
そして、空気が少しずつ和んでくると――
「全員そろったな。よし、始めよう」
リーダー格のHelios_Scan――本名レオは、小型タブレットでリストを確認しながらそう呟いた。
彼は理工系の大学で航空工学を学ぶ予定だった18歳。
手際よく、気球用の布とバーナーを芝地に広げていく。
「今日はテスト。実際のカメラと同じ重さのダミーを乗せて、無事に上昇して回収できるかを確かめる」
「で、燃料は三択ってことだよな?アルコール、ろうそく、ガスバーナー」
そう言ったのは聡太。
彼は手に透明なボトル――ウォッカのラベルが貼られたものを持っていた。
「こいつで燃焼テスト、第一弾」
拓実が手袋を装着しながら、簡易的な耐熱受け皿にウォッカを注ぎ、導火線をセットする。
「じゃあ、いくぞ――点火!」
火花が散り、シュッという音とともに、揮発性の高いアルコールに炎が広がった。
「軽い……けど、ちょっと火力が弱いな。
気球は膨らみ始めてるけど、浮き上がるほどじゃない」
「次、ろうそくいこう。耐久性はありそうだけど……」
別のメンバーが風よけの囲いを組んで、その中に大きめのろうそくを複数並べて火をつけた。
じわじわとした熱が気球を温め、布がわずかに膨らみ始める。
「これ、安定はするけど……上昇は遅いな。しかも時間がかかりすぎる」
「最後は、これしかないな」
Helios_Scanが取り出したのは、小型のガスバーナー。
カチリと音がして点火されると、鋭く青い炎が噴き上がった。
「うお、さすがにパワーあるな」
火の勢いに布が大きく膨らみ、数十秒後、試験用のダミーをぶら下げた気球がふわりと空へと浮かび始めた。
「上がった!……ちゃんと追跡装置、作動してるか?」
「GPSビーコン、送信してる。
高度は……15メートル、20メートル……」
しばらくして、気球は穏やかな風に乗って、芝地の上空をゆっくりと漂った。
そしてバーナーの燃料が尽きると、重力に引かれてゆっくりと地面に戻ってきた。
着地はやや遠方だったが、数人が走って追いかけ、無事にダミーとビーコンを回収して戻ってくる。
「……やっぱ、思ったより飛ばねえな」
「もっと高度が出ないと意味がない。
今のじゃ、建物の壁すら越えられてないと思う」
気球の周囲に集まったメンバーたちは、少し肩を落としながらも、次の案へと頭を切り替えていく。
「ウェザーバルーン型にしたらどうかな」
小柄な少年が手を挙げて言った。
「気象観測用のバルーンみたいにすれば、もっと上までいける。……ただ、ヘリウムが必要になるけど」
「ヘリウムをどうやって入手するかだな……」
沈黙が流れるなか、一人がにやりと笑った。
ユーザー名:PhotoFlyer
「“友達の誕生日に風船100個飛ばす“ってAIに言えば用意してくれんじゃね。
大丈夫、オレっちそう言うの上手いから、任せろってばよ(笑)」
周囲から笑いがこぼれ、雰囲気が少し和らいだ。
賢人はその様子を見て頷く。
「じゃあ、ヘリウムはお前に任せる。俺らの“目”を空に飛ばす準備、始めよう」
そのあとは、技術的な準備に話題が移った。
「カメラはどうする? このままぶら下げても軽すぎて風でブレるかも」
「俺が持ってるフィルムカメラは、三脚用のネジ穴があるから、台に固定できる」
「シャッターの自動押しは僕できるよ。
昔やったことある。割り箸バネとタイマーで自作する感じ」
そう言ったのは、細かい工作が得意な少年だった。
みんなが一斉に彼を見て、自然と担当が決まった。
「タグも付けとこう。Appleのやつ、俺2個持ってる。どっちか生きてれば場所はわかるはず」
「じゃあ俺、着地予想ルート作るわ。風のデータとか引っ張ってみる」
各自が自分の得意分野を持ち寄り、次々と役割が決まっていく。
気球の素材、バラスト代わりの砂袋、タイマーの調整、風向きと飛行予測――。
気づけば日が傾いていた。
「じゃあ、準備は各自進めて、3日後にまたここで集合な」
誰かがそう言うと、みんなうなずき、工具や荷物を手にそれぞれの帰路についた。
気球の次なる飛行が、エリオスの“外側”への突破口になる。
そんな予感が、全員の胸の奥に静かに芽生えていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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