03 見下ろされたエリオス
風は、前日よりも穏やかだった。
空は一面の薄曇り。陽射しはなかったが、視界は悪くない。
郊外の芝地に、再びRoom-Zのメンバーが集まった。
前回とは違い、手にはそれぞれの準備の成果があった。
ヘリウムボンベ、手作りのバルーン制御部品、フィルムカメラとシャッタータイマー、そしてビーコン。
誰もが自分の役割を果たし、ここに来ていた。
「よし、チェック始めるぞ」
賢人の声に、空気が張り詰める。
細かい作業は、工作担当の少年――ユーザー名「LoopPin」が中心となって手際よく進められた。
風船の素材は、厚手の気象用シート。
膨らませれば、子ども一人がすっぽり入るほどの大きさになった。
「カメラ、固定完了」
「タイマー作動確認。15秒後から5秒ごとに1枚撮れるようにしてある」
「追跡タグも装着済み。バッテリー満タン」
「ヘリウム、あとちょっと入れれば浮くよ!」
PhotoFlyerが最後にボンベのバルブをひねると、音もなく気球がふわりと浮き始めた。
その瞬間、誰もが息をのんだ。
「……すごい、ほんとに浮いた」
「まだ手離すなよ、風があるから安定させてからだ」
「……行くか」
賢人が深く息を吸い込み、言った。
「目標は、あの雲の向こう側。エリオスの全貌を、俺たちの“目”が暴いてくれる」
数人がロープを持ち、風の向きと勢いを見ながらタイミングを計った。
そして――
「離せ!」
手が放たれ、白い気球はゆっくりと、しかし確実に上昇していった。
カメラと希望を乗せたその姿を、誰もが食い入るように見上げていた。
「もっと行け……もっと高く……」
やがて、肉眼では見えない高さに達し、風に乗って遠くへと流れていった。
「……飛んだな」
「うん、飛んだ」
「うまく撮れてるといいけど」
「着地予測ルートはこっち方面。
このあと、回収班は分かれて向かうぞ」
「これで、エリオスの本当の姿が見えるかもしれない」
誰かがつぶやいたその言葉に、全員が静かに頷いた。
ーーーーー
気球の打ち上げから数時間後。
ビーコンが発信した位置情報を追いながら、Room-Zの回収班が居住エリアの外れへと向かっていた。
「位置、ここで合ってるはずなんだけど……」
スマートデバイスを見つめながら、聡太が眉をひそめる。
次第に舗装道路も終わり、道らしい道もなくなり、足元は乾いた土と小石が続く斜面へと変わっていく。
太陽が傾き始め、空がオレンジ色に染まっていく中、全員が焦りを感じていた。
「おい、あれ見ろ!」
PhotoFlyerが叫んだ。
小高い丘の岩と岩の間に見える白い物体。
確かに、それは自分たちが飛ばしたバルーンの残骸だった。
「よし、回収だ!」
足を滑らせないように注意しながら岩を登り、手分けしてバルーン本体とカメラ部分を回収する。
追跡タグは砂まみれだったが、カメラとタイマーは奇跡的に無傷だった。
「無事だ……! やった!」
歓声が上がる。
皆、汗と埃にまみれながら、自然と笑顔になっていた。
「じゃあ、さっさと帰って現像だな」
「……いや、念のため、中のフィルム抜いてから運ぼう。何があるかわからない」
「うん、持ち歩くのは一人にして、他は念のため別ルートで戻ろう」
慎重さも身についていた。
これは、ただの遊びでも冒険でもない。
彼らは知っていた――この行動が、やがて「未来への突破口」になるかもしれないことを。
ーーーーー
やがて、夕焼けが夜の帳に飲み込まれる頃、それぞれの家に帰っていった。
フィルムはHelios_Scanが持ち帰り、機材の揃った部屋で現像してくれると言う。
全身は砂ぼこりと汗で汚れ、疲れも溜まっていたが、それ以上に胸が高鳴っていた。
“この一歩が、何かを変えるかもしれない”
そう思うだけで、目に見える疲労もどこか心地よかった。
賢人はシャワーを浴びながら、気球が空を舞ったあの瞬間を何度も思い返していた。
聡太はベッドの上で、曇ったスマホ画面を見つめながら、いつHelios_Scanから連絡がくるかを待ち続けていた。
拓実もまた、眠れぬ夜を過ごしていた。
誰もが、同じ“今夜”を過ごしていた。
そして、深夜――。
Room-Zの画面に、ひとつの通知が灯る。
《Helios_Scan》:現像、終わった。解像度はあまり良くないけど、撮りたいものは撮れてる。
画像:添付ファイル(24件)
そのメッセージとともにアップロードされた数枚の写真。
薄暗い画面に、デジタル処理された航空写真が並ぶ。
そこには、明らかに人工的な直線で囲われた居住エリア。
その外側に、微かに映る山の稜線のようなもの。
“向こう側”に、何かがある――。
その確信が、彼らの胸に火を灯した。
Room-Zのチャットは、瞬く間に点滅し始める。
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