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君が降り立ったその場所が、僕たちの記憶とつながる  作者: 夢咲 言葉
第2章 生き抜く者たち

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05 陽はまた昇る

まだ薄暗い早朝、誰かが小さく叫んだ。


「……あれ、晴れてる!」


眠そうに目をこすりながら、篤志もゆっくりと立ち上がり、入り口の方へと歩いていく。

外に出た陽子が、手をかざして空を見上げていた。


「ほんとだ……太陽が……」


長い雨の幕がようやく降りた。

雲の切れ間から、まぶしい朝日が差し込み、山の稜線が金色に縁どられていた。


実に2週間ぶりの太陽だ。

それでも、政府の被害想定では、降雨は数ヶ月続く可能性も示唆されていたのだ。

村でも相応の覚悟をしていたが、実際に降り続く雨を前に、体力も気力も限界に達していたところだった。


誰からともなく、拍手が起こり、村に小さな歓声が響いた。


「晴れたぞー!」「太陽だ!」


眩しそうに太陽の光を見上げるみんなの顔には、いつの間にか忘れかけていた笑顔が戻っていた。


女性たちはすぐに動き出した。

部屋の奥に積んでいた大量の洗濯物を運び出し、庭先や納屋の軒下に干し始める。

濡れて重くなった布団も、何枚も並べて日光に晒した。


髪をひとつにまとめた陽子が、濡れたタオルを絞りながらつぶやく。


「こんなに太陽がありがたいなんてね……」


陽子がしみじみとつぶやくと、その横で西野医師の妻 梨香子が、軽く汗をぬぐいながら穏やかに頷いた。


「湿気を取るだけでも、身体は随分と楽になるからね。

特に子どもや高齢者には重要だから」


少し間を置いて、梨香子は小声で続けた。


「……覚悟はしてたけど、みんな、もう本当に限界だったと思う」


「うん……そうね」


「このままあと数日、あの状態が続いてたら……きっと、感染症が広がってたわ。

皮膚トラブルや気管支炎だけじゃ済まなかったかもしれない。

熱や咳の子がちらほら出てたもの」


陽子は、ごくりと唾を飲んだ。背筋に冷たいものが走る。


「やっぱり、あの納屋、乾燥室にして正解だったね……。

梨香子サンたちがすぐに動いてくれたおかげだよ」


「石田さんや雅彦さん、それに村の人たちみんなが動いてくれたから。

……でも、正直、この晴れ間がなかったら私たちもどうしていたか……」


梨香子の目に、ほんのわずかに浮かぶ緊張の残滓。

太陽の光が届いた今も、あの極限の数日間を、忘れることはできなかった。


「でも……乗り越えたね、私たち」


「うん。乗り越えた」


二人は顔を見合わせ、小さく微笑み合った。空には、雲ひとつない陽光が広がっていた。


―――――


一方、男性たちは各家の屋根や壁の点検に走り回っていた。

仮補修だった場所を、しっかりと組み直し、崩れかけた土壁には新しい支えをあてがう。

石田はハンマーを握ったまま、空を仰いでにやりと笑った。


「これなら、今日一日で相当進むな。太陽ってやつは、最高の職人助手だ」


―――――


雅彦はというと、倉庫から退避させていた太陽光パネルを運び出していた。


泥を丁寧にぬぐい、角度を調整しながら何枚も並べていく。


「よし……これで、少しは電気が戻るかも」


試しに接続した小型のバッテリーランプが、ふっと柔らかい光を灯すと、周囲から「おおっ」と歓声が上がった。


―――――


篤志は悠馬と一緒に、家畜小屋の屋根に登って干し藁を並べ直していた。

ヤギや鶏、牛たちも、久しぶりの晴れに嬉しそうに鳴いている。


「なんか、動物たちも笑ってるみたいだな」

そう言った篤志に、悠馬がくしゃりと笑い返す。


「人間だけじゃない。

こいつらだって、生き残ったんだよな」


―――――


お昼には、陽子たちが庭で焚いた火を使って、大きな鍋で味噌汁を煮込み、おにぎりをたくさん握った。

湯気の立ち上る鍋からは、味噌と野菜の香りがふわりと漂い、それだけで誰もがほっとするような気持ちになった。


あたたかい湯気と香りが村中に広がり、自然と人が集まってくる。


晴れ渡った空の下、陽の光が背中をあたため、湿った布団の感触とも、寒さに震えた壕の暗がりとも違う、まるで昔の夏休みのような、のんびりとしたひとときが戻ってきた。


「太陽の下で食べるって、こんなに幸せなことだったんだね……」


誰かがつぶやくと、みな口々に「ほんとだよ」「ありがたいね」と頷いた。


木の切り株に腰を下ろし、手作りのおにぎりにかぶりつく子どもたちの顔は久しぶりに明るい。

味噌汁の湯気が頬に当たり、笑顔がこぼれる。

大人たちも、土のにおいと煙の匂いに包まれながら、ゆっくりと箸をすすめた。


この昼食は、ただの食事ではなかった。

闇と寒さと不安の中を乗り越えてきた者たちが、ようやく太陽の下で分かち合えた、生存と希望の証だった。


食後、縁側でうたた寝をする者、洗濯物を取り込む者、修繕を続ける者――それぞれが、それぞれの役割を、まるで春の日差しの中で伸びをするように、自然にこなしていた。


「明日も晴れるといいなぁ」

そう言ったのは、春馬の妹の琴音ことねだった。


誰もがその言葉に、ゆっくりと微笑み返した。


空は青く、太陽はただ静かに、あたたかく、すべてを照らしていた。


風に揺れる洗濯物、光を反射して眩しく光る太陽光パネル、土の匂いを取り戻しつつある畑。

どれもが、確かに「日常」の風景へと戻り始めていた。


壊れた家もある。濡れたまま使えない布団もある。電気も、水も、かつてのようには使えない。


けれど誰もが、どこか穏やかな顔をしていた。


「まだまだやることは山ほどあるな」

石田が腕を組んで壊れた屋根を見上げると、隣で陽子が笑う。


「それでも、今日みたいにご飯を外で食べて、太陽に当たれるだけで、もう十分幸せだよね」


西野医師も深く頷きながら、「あの日々がもう少し続いていたら……体力も、心も、持たなかったかもしれない」と静かに呟く。


「でも、俺たちは生きてる」

悠馬のその言葉に、誰もが無言で頷いた。


あの日、空から落ちてきた破滅の光は、たしかに多くのものを奪った。

けれど同時に、守られた命も、結ばれた絆もあった。


再建には時間がかかる。けれど、もう迷ってはいない。

この場所で、仲間と共に、また歩き始める。

そう、誰もが心のどこかで感じていた。


篤志は空を見上げ、深く息を吸った。

いつかこの空が、エリオスの空とつながる日が来るかもしれない。

そんな予感を抱きながら

最後まで読んでいただきありがとうございます。

今回で2章が完結となります。続く3章も同時間で連載していきますので、引き続きご愛顧ください。

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