16. エリオス:未開の先に広がる謎
夜更け、エリオス。
都市は光で満たされている。
だがその光は、まるで“眠らない監視”のように感じられた。
賢人は、静まり返った自室の天井を見つめていた。
規則正しく明滅する照明。
壁のAIモニターは「おやすみなさい」と表示されたまま、何の応答もしない。
賢人はスマートガラスを指でなぞり、目の前に“Room-Z”のチャットを表示した。
Room-Zは、移住者向けSNSの非公開コミュニティとして賢人が立ち上げたチャットアプリだ。
「グループ名のZは最後の文字。
つまり、俺たちは“真実の最後の一片”を探すチーム」
賢人が説明すると
「中二病感がすごいな……でも、嫌いじゃない。
俺、翻訳ツールのカスタム版作っとくよ。
リアルタイムで通訳できるやつ」
聡太も乗り気になり、さっそくいくつかのツールを開発してくれた。
参加は招待制とし、入室には“ある程度の思考傾向”を要する。
目安として、「エリオスへの違和感を言語化できる人」を優先的に招待。
初期メンバーとして、英語圏・アジア圏・アフリカ圏から数人の動画クリエイターや科学系ブロガーが参加。
彼らのほとんどが、郊外の“地形の不自然さ”や“システムの過剰な自動化”に疑問を持っていた。
―――――
《今日、街の外に出た。完全に撮影不可能エリア。
セグウェイも電源が落ちた。》
すでに共有されていた賢人の報告に、続々と返信が届いていた。
メンバーC(ドイツ出身)
《同じだ。うちの区画の外れも、似たような構造だった。バッテリーが落ちて、道が急に終わる》
メンバーF(ブラジル出身)
《動画撮影も停止。スマホも圏外になる。
誰かが意図的に操作してるとしか思えない》
メンバーK(アメリカ出身)
《仮説:我々が住んでいる都市は、シミュレーション空間の一部》
「……来たな、陰謀論……いや、もはや現実か?」
賢人は目を細める。Room-Zのメンバーたちは、互いに連携を取り、事実を少しずつ洗い出していた。
―――――
一方その頃、エリオスの暮らしにもだいぶ慣れてきた拓実は、両親との夕食を終え、自室に戻っていた。
今夜の献立も、どこか機械的な味のする“栄養最適化食”。栄養バランスも完璧で、盛り付けもAIによる“彩り配慮済み”。
だが、心はまったく満たされなかった。
食事中、母が何気なく口にした。
「今日はどんな勉強をしたの?
AIの先生、やっぱり優しいわよね」
父も穏やかに笑って言った。
「日本人の友だちだけじゃなくて、いろんな国の子と話してごらん。
英語はすぐ慣れるよ」
そのやさしい声色に、拓実はむしろ居心地の悪さを覚えた。
“穏やかすぎる”――最近、その違和感が、日を追うごとに濃くなってきている。
日本にいた頃は、中学受験に向けて毎日塾に通い、問題集と偏差値に追われる日々だった。
「今頑張れば、いい大学に入って、大きな会社に就職できる」
そう言って背中を押してきたのは、ほかならぬ両親だった。
けれど今は、そんな“絶対的な物差し”を、二人はあっさりと手放してしまった。
そして、新しい価値観を、まるで着せ替え人形のように静かに押し付けてくる。
拓実は、ベッドに寝転びながら天井を見つめる。
ここに来たばかりの頃は、それでもよかった。
地球の危機を逃れ、親のそばで守られていることが何よりも心強かった。
だが、今は違う。
賢人に誘われて参加した「Room-Z」
あの場で交わされる言葉や視点が、少しずつ彼の世界を広げ始めていた。
「調和的すぎるって……やっぱ、おかしいよな」
拓実は、小さくそうつぶやくと、ベッドの脇に置いた端末に視線を移した。
その中には、誰も知らないエリオスの真実が、眠っている気がした。
拓実はベッドの上で、エリオスの星空を天井スクリーンで眺めていた。
「篤志、元気にしてるかな……」
ここには星はあっても空気がない気がする。
生きてるけど、生きてる“気配”がない。
それが、拓実の言葉にならない違和感だった。
―――――
そして数日後。
Room-Zに、メンバーの一人が新たな仮説を投稿した。
メンバーJ(フランス出身)
《エリオスの地形、地球のある地域に似ている。
氷が消えたと仮定した南極の地図に、驚くほど一致する》
しばらく沈黙の後――賢人が、こう返した。
《それってつまり……エリオスは、“地球”ってことか?》
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