15. サバイバルの日々〜籠城作戦〜
快晴。
空は澄み渡り、風は涼しく、山の空気は深く肺に染み渡る。
そんな中、村の男たちが、ある“工作”を始めていた。
「見えないようにしよう。
ちょっとでも目印があったら、すぐ見つかるから」
雅彦がそう言って、国道から続く脇道の入り口に枝や落ち葉を積み始める。
“村への入り口”を封じる作業だ。
地図には載っているが、知らなければ通り過ぎてしまうような細い道だ。
実際の場所さえわかりにくくすれば、部外者の侵入はぐっと減る。
それは、この村の最後の“防御線”でもあった。
外部との道が封鎖できたことで、治安部隊の負荷はかなり軽減される。
しかし、解決しなければいけない問題は山積みだ。
集会所では「次なる対策」の議論が始まっていた。
テーマは――日照不足とエネルギー対策。
「太陽光発電は頼れなくなる。
衝突で舞い上がったチリや水蒸気で、太陽光はほとんど届かなくなる。
それも、数ヶ月か数年か、もしかしたら数十年……」
雅彦の言葉に、誰もが黙る。
「だったら、自転車発電とか、水車とか……あと風力?」
中学生の悠真が手を挙げた。
悠馬は東京の難関私立中学に通う2年生。
理系に力を入れている学校で、篤志が中学受験で目指していた学校でもある。
そんなこともあり、悠馬は篤志の憧れの存在なのだ。
「いい線いってる。水車は地形的にいける。
風車は高台に試作できる」
雅彦はノートをめくりながら、真剣に返す。
「あと、“熱”も大事だ。薪だけじゃ足りない。
今のうちに竹を乾かして竹炭を作っておこう。
意外と火持ちがいい」
―――――
食糧班の陽子たちは、保存食づくりに取りかかっていた。
・干し野菜(ダイコン、ニンジン、ナス)
・塩漬け(キュウリ、白菜)
・燻製(イワナ、鶏肉)
・甘露煮(山菜、栗)
「東京じゃ、漬物って“買うもの”だったのにね」
「それが今じゃ主力よ。人間、変われば変わるもんだわ」
陽子は頬に泥をつけたまま笑う。
となりでは、梨香子が初めての味噌づくりに挑戦していた。
「私も、味噌なんて作るの初めてよ。
でも、この感触クセになる」
そう言いながら、大きな桶に入った、すり潰した大豆と、塩きり麹を混ぜ合わせていた。
―――――
子どもたちは、村の一角でビニールハウスの改良に取り組んでいた。
「ビニールを二重にしてさ、内側に黒い布を貼れば、熱が逃げにくくなるんじゃない?」
篤志の提案に、悠馬が目を輝かせてうなずいた。
「いいね!それにさ、ペットボトルに水入れて日中に日光で温めておいて、夜になったらハウスに置くの。“ヒートバッファ”ってやつだよ!」
「すげー!さすが悠馬兄ちゃん!」
「いやいや、篤志もやるなぁ。この前会ったときは、まだ4年生だったっけ?
今すっかり知恵ついてきたな。ちゃんと勉強してたんだな」
「うん……頑張った」
その瞬間、篤志の胸の奥が、ふっと痛んだ。
鼻の奥がツンとする。
もうとっくに割り切ったつもりだった。こんな状況なんだから仕方がないって、自分に言い聞かせてきた。
でも、それは本当じゃなかった。
放課後、公園でサッカーをしている友達の横を、ひとりで塾に向かった日。
最新ゲームの話題に入れなくて、笑い声が遠く感じた日。
遊びたいのを我慢して、問題集に向き合って、できなくて落ち込んで、またやって――その繰り返し。
小学生にとっては、あまりにも高い壁だった。
何度もくじけそうになった。
でも、それでも踏ん張ってきた。
なのに――受験まであと少しってところで、全部が消えた。
「なんで、今なんだよ……」
心の奥でつぶやいた。
けれど、その直後に気づいた。
いや、無駄じゃなかった。
あの勉強で得た知識が、今ここで――ビニールハウスで、土を耕して、みんなで生きていくために、ちゃんと役に立ってる。
そのことが、少しだけ胸を温めた。
悠馬も、かつて同じ道を歩いてきた。
だからこそ、今の篤志の気持ちが痛いほど分かる。
「……うん、頑張ったな」
悠馬はそれだけ言って、そっと篤志の頭をワシャワシャとかき回した。
篤志は顔を上げた。
少しだけ泣きそうだったけれど、それ以上に、ちょっとだけ誇らしかった。
―――――
夕方。
医師の仮設診療所では、村の高齢者が血圧を測ってもらっていた。
「ここまで歩いてくるだけで運動になるわい」
「先生の顔が息子に似とるから、話しやすい」
そんな声が飛び交うなか、医師は黙々と記録を取り続けていた。
彼にとっては、患者がいる限り、ここが“勤務先”なのだ。
―――――
夜。
村の全世帯が、ろうそくの明かりだけで食卓を囲む“灯火訓練”が行われた。
「灯りを消すのは、敵を避けるためじゃない。電力が使えなくなることを想定しての訓練だ」
祖父の説明に、誰もが真剣に耳を傾けていた。
⸻
訓練のあと、篤志は外に出て空を見上げた。
「……晴れてるのに、何か不安って、変だよな」
空には星が輝いていた。
だが彼には、その星の向こうに、“もう一つの地球”があるように思えてならなかった。
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