13. サバイバルの日々〜新参者〜
朝5時。村の空は澄みきっていた。
「朝ごはん、炊けたよー!」
陽子の声が、古民家の台所から響く。
かまどで炊いた米は、香りだけでもごちそうだった。
「……なんか、キャンプっていうより、もう“暮らしてる”って感じだね」
篤志が呟いた。
「でしょ? 東京にいたときより、よっぽど規則正しい生活してるもん。
さぁ、今日も働くわよー!」
陽子は割烹着姿で胸を張る。
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朝食を食べ終わると、まだ朝露の残る畑で、篤志と春馬は初めて手にしたクワを握っていた。
「ほい、それじゃ、こっちの畝からだぞ」
祖父の泰三が、掛け声とともに土を掘り返す。
腰は曲がっているが、動きは妙に機敏だ。
というより、やたらと速い。
「おじいちゃん、待って、全然追いつかない!」
「これが追いつかないなら、こっちの頑固爺さんになんて一生追いつかんぞ!」
そう言って笑ったのは、近所の田中さん。
70代半ばとは思えぬ大声で、篤志の肩をバンバン叩いてくる。
「お前さん、あれか?東京っ子か?クワなんて初めてだろ?ハハハ、オレなんか小2の時から米の苗運びしてたぞ」
田中さんはそう言って豪快に笑った。
篤志は一瞬、苦笑いしかけたが、ふと気づいて言った。
「でも、雑草にも役立つのあるんですよ。
たとえばカラスノエンドウは、空気中の窒素を根に取り込んで土を肥やすんです。マメ科だから」
「な、なんだって……?」
田中さんが目を丸くした。
「あと、こっちのスギナも、土壌の酸性度が高いと生えやすいんです。
土のバランスを見直した方がいいかも」
「なんだお前……農協の回し者か!?」
「違います。理科の教科書に書いてあっただけです」
畑の空気に、少しだけ感心の風が吹いた。
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午後。
村の外れにある空き家に、2組の新しい家族がやってきた。
1組目は、40代の夫婦と10代の娘。
夫は大工。手には革の道具袋がぶら下がっている。
以前、この村で増築工事を担当したことがあった大工の石田。
標高が高く、きれいな川が流れ、充分な畑が耕せる平地もあるこの村だったらと、ふもとの市街地から家族で避難してきたのだ。
2組目は、30代の医師とその妻、それに5歳の息子。
医師の西野は、ふもとの街に診療所を構えていた。
村のほとんどの住人が、西野にお世話になっているし、医師としての評判も良い。
そんな顔見知りの2家族でも、村人たちは最初、警戒していた。
「“誰でもかれでも”受け入れてたらキリがないぞ」
「人数が増えれば、食料の計算が狂う」
「性格の合わない奴らと暮らすのは、ごめんだ」
そんな声が飛び交った。
だが、実際に彼らが村に入ると――。
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「ここの梁、完全にシロアリ食ってますね。明日までに補強しときます」
大工の石田は、古民家の天井裏に軽々と登って作業を始めた。
「診療室は、こっちの納屋を改造すれば使えるかも。
薬は多くないですが、最低限の応急処置は可能です」
看護師として医師の夫を支える妻も、テキパキと道具を並べていく。
医院にあった医薬品と医療器具を持てるだけ持ってきてくれたのだ。
もちろん、村人たちの持病も把握しているとあって、心強い新入りに、村人たちの目が輝いた。
「これは……ありがたいな」
祖父が深くうなずく。
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夕方。畑で汗をかいていた陽子は、いつの間にか作業着姿の医師夫人と並んで鍬を振っていた。
「看護師さんなのに、普通に鍬持つの?」
「ここだけの話、この村の老人は元気だから、医者はあんまり役に立たないのよ」
「確かに、私なんかより、よっぽど体力あるもの。
あの急な坂だって、お米担いでスタスタ登っちゃうのよ。
私のほうが励まされちゃった。」
「今さらだけど、私、梨香子です。西野梨香子。よろしくお願いします。」
「あっ、私は桜井陽子です。こちらこそ、よろしくね。」
笑い合う二人のそばで、子どもたちも自然に打ち解けていた。
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その夜、村の大人たちは再び話し合った。
「役立つ人は、受け入れるべきだろ」
「でも、役立つかどうかを誰が決める? 何を基準にする?」
感情と論理のバランスは難しい。
最終的に祖父はこう結論づけた。
「空き家も埋まって、これ以上に人が増えるのは食料の確保や、他のいろんなこと考えてもリスクが大きい。
これ以上の受け入れはしない。村は封鎖するってことでどうだろう。」
みな、無言でうなずいた。
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その頃、篤志は縁側に座り、冷えた麦茶を一口すすった。
昼間の作業で指先はひび割れ、腕はじんじんと重い。
鶏小屋の掃除に、畑の水やり、土起こし――体は正直で、日々少しずつたくましくなっているのを自覚する。
ポケットからスマホを取り出し、そっと画面を開く。
唯一の息抜きとも言える、エリオス配信者・賢人のチャンネルをチェックするのが日課になっていた。
その日、アップされた最新動画のサムネを見た瞬間、篤志の目が見開かれた。
「……拓実?」
動画を再生すると、そこには見覚えのある親友の姿があった。
エリオスの透明な街並みの中で、賢人や翔太と並び、緊張した面持ちでカメラに向かって話している。
「――日本に残った親友に、オレが元気でやってるって伝えたい。だから、こうして出させてもらいました」
その言葉に、胸が熱くなった。
篤志はすぐに家の中に飛び込み、「お母さん!お父さん!拓実が!拓実が映ってるよ!」と叫んだ。
雅彦と陽子も駆け寄り、三人並んで画面を覗き込んだ。
久しぶりに見る拓実は少し痩せたようにも見えたが、目の奥にはどこか決意のようなものが宿っていた。
あれほど一緒に勉強して、悩んで、笑った東京での生活――すっかり忘れていたような日々が、どっと押し寄せてくる。
最後に拓海と別れたとき、篤志は「動画、あげるから見てくれよ」と言った。
あの時は、きっとまたつながれると思っていた。
けれど実際には、村の場所を知られないようにと父に止められ、動画を公開することはできなかった。
その言葉を守れなかったことが、心の奥でずっと引っかかっていた。
涙が頬を伝い、ぽたりとスマホに落ちた。
篤志は袖で目元を拭いながら、コメント欄にそっと一言を打ち込んだ。
「がんばってるの、ちゃんと伝わったよ。」
そして、画面を静かに閉じた。
夜空には星が瞬いていた。
どこかで、拓実も同じ星を見ているだろうか――そんなことを思いながら、篤志はそっと目を閉じた。




