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40(最終話).ジョハンナ 告白を受け入れる

今回で完結となります。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

 ロドルフ様のお屋敷を辞した私は、とぼとぼと港まで歩いていた。ちょうど港湾倉庫が視界に入ってきた。

 雇用されてから1年ほどの短い期間だったけど、この倉庫でもいろいろなことがあったわね。ブラン君のホムンクルスがお披露目されたり、私がアンサモンアモンにさらわれて倉庫にロドルフ様が取引に現れたり。


 自分の今後については、とりあえず港から船で実家まで帰ろうと漠然と考えているのみだった。


「我がバイロット家の再興は、儚い夢でしたかしら」


 もともと子爵令嬢だった私だが、実家が祖父の代に手を出した新事業で大損したことにより、子どもの頃から『癒し手』として働く道筋ができていた。この事情には納得した上で『癒し手』の勉強もし、こうして就職もできていたのだが、まさか1年でその道のりが断たれるとは……人生というのはわからないものですわ。


 乙女ゲーム『グレイスフル・ランデブー』でも、主人公であるリナリアがロドルフ様と結ばれるグッドエンドになった場合、悪役令嬢であるジョハンナは確か、癒しの力を失って追放されるんでしたわね。

 まあ、追放されるいきさつはゲームと異なっていても、結果は一緒ということになったのね。


 時折ため息をつきながら歩いているうちに、港まで到着した。


 船の時間を確認。一直線に実家まで帰るのも面白くないため、いっそ傷心旅行としていろんな国を回ろうかと考え始めた。


「ジョハンナさん!」


 港のベンチに座っている私を呼ぶ声がする。

 その方向を見ると、汗だくで息を切らしたペトロッシさんの姿があった。


 彼とお屋敷で会うことができなかったので、泣きたい気分になっていた。まさか港で会えるとは思っておらず私は言葉を失う。


「ジョハンナさん、行かないでください、私は……私はあなたと離れたくありません」

「えっ……」


 好意を示すはっきりした言葉を初めて彼の口から聞けた気がする。

 息を整えてからペトロッシさんが再び話し始めた。


「すみません、ジョハンナさんも大変なときなのは承知しておりますが、どうしてもお伝えしたいので、少しだけ私の話を聞いていただけませんか」

「わかりました」


 こうなると何を言われることになるのか一瞬で予想は付いたが、先が聞きたかったので彼の言葉を待った。


「ジョハンナさん、あなたと共にお屋敷で過ごしているうちに、あなたのことが好きになりました。もしよろしければ私とお付き合いしていただけませんか」

「はい、とても嬉しいですわ」


 ペトロッシさんとは話していても楽しく、また命の危機に私を守ろうとしてくれたことで信頼感も芽生え始めていた。そもそも顔もいいなとは思ってはいたが。

 率直に言って私は彼に好意を持っていたと思う。


 こうして告白されたことで気持ちは舞い上がったが、どうしても今後についての展望がすぐには浮かばなかった。それに気になることもある。


「でも、ペトロッシさんはその、私がアンサモンアモンのことを気に病んでいた日に私の部屋で夜までお過ごしになりましたけど、その、手を出されなかったので、てっきり私に対してはそうした感情はないものと……」


 言いながら私は顔が真っ赤になってくるのを感じた。


「それは……ジョハンナさんは子爵令嬢でいらっしゃいますので、一介の執事である私が思いを伝えることができかねたのです。しかし、ジョハンナさんがお屋敷を去られる前に、どうしても気持ちをお伝えしたく、このような形となりました。ご無礼をお許しください」


 生真面目な方だったのだ。


「それでは改めまして、謹んでお受けいたします、と言いたいところなのですけれど……いろいろとお聞きして申し訳ありませんが、ペトロッシさん、私はご存じのとおり『癒し手』の契約を切られて実家に帰ろうと思っていましたのよ。お付き合いするにしても、遠距離になるのは辛くありませんこと?」

「いえ、その心配はありません」

「えっ?」


 なぜかペトロッシさんはすっきりした顔をしている。


「私も、さっき執事の仕事を辞めてきましたから」

「ええっ!?」


 な、なぜ……まさか私を追いかけて仕事を辞めたとでも言うの? しかし私が告白にOKの返事をすると決まったわけでもない段階でそんなことするかしら?

 一瞬で仮説を思いついてすぐに打ち消すという感じで思考が巡る。


「い、いえ、突然決めたというわけではないのです。ジョハンナさんがお屋敷を出られる前から、辞めることは考えていたのですよ」

「そんな、いったいどうして」

「実は、私の音楽家としてのデビューが決まったのです」


 ……ずいぶん突飛な単語が飛び出しますこと。


「私が仕事の定時をきっちり守って、残業をほとんどしなかったのはご存じでしょう。実はその後には、ギターと歌の特訓をしていたのです。休日にはコンテストに出場したり、王侯貴族の専属音楽家になれないかとパトロンを探して実際に演奏しに行ったりしていました」

「は、はあ」

「そこである貴族の音楽家として雇っていただけることになったのですが、すでに各地の貴族がパトロンとして私の曲と演奏を待ち望んでいる状況であり、これから各国を巡る旅に出ます」


 あまりの展開に頭が付いていかない。


「ジョハンナさん、経済的にあなたに苦労はさせないつもりです。愛する女性に一緒に来ていただければ、私にとってこれ以上の喜びはありません。一緒に世界を旅してみませんか」

「は、はい」


 勢いで答えてしまった。不安もあることはあるが、そもそも私がいろんな国を回る傷心旅行をしようかと思っていた矢先だし、彼と一緒の方がもっと楽しくなるかもしれないわね。


 そしてまた閃きがあった。

 乙女ゲーム『グレイスフル・ランデブー』のバッドエンドでは、癒しの力を失った私は 評判の悪いパーティー『アンサモンアモン』の回復担当として彼らに同行することになるがしかし向かった先のダンジョンで自らが負った傷を癒やすことができず死亡する、という結末だったはず。


 でも、『アンサモンアモン』は私の誘拐事件によってメンバーが捕縛されて潰れている。その結果、結末自体が変化したのね。つまり、ゲームには私が知らなかった、悪役令嬢が破滅しないバッドエンディングがあった……


「では聴いてください。『ジョハンナに捧げる歌』」


 私の答えを聞いてニコッとしたペトロッシさんは、いきなりギターを片手に弾き語りを始めてしまった。考え事をしかけていた私ははっとして彼の方を見る。


「止まらない衝動~♪ 目にした全てに恋をして~♪」


 どういうこと!?


 いい感じで歌っているペトロッシさん。

 私はワンコーラスで終わってくれないかとも思いつつ、でも多くの人がその出来を認めているのだから結構良い内容なのかとも思うという、複雑な状況に置かれていた。


「あなたとの絶対的距離~♪」


 ペトロッシさんの歌が終わった。こうして歌で伝えてくるのって現実でやられるとなかなかきついものがありますわ……


 悪役令嬢の私が言うのも何ですが、ペトロッシさん、あなたちょっとズレているのではないでしょうか?


「でも好き!」


 私は演奏を終えてギターを横に置いた彼の胸に、一直線に飛び込んでいった。

お読みいただきまして、ありがとうございました!


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