38.ジョハンナ 屋敷を去ることになる
「そうかあ、ロドルフ様とリナリアが結婚……」
朝、目を覚ました私は、昨夜のことを思い出す。つとめて明るくしていようという決意はどこへやら、不安で胸が詰まる。仕事が心配で早朝覚醒していた前世のOL時代みたいね。
リナリアがダブランド家の侯爵令嬢だったことがわかり、ロドルフ様の中でどういう心境の変化があったのだろうか。夜に突然屋敷の使用人らが集められ、彼女との婚約が発表された。
私は乙女ゲーム『グレイスフル・ランデブー』をプレイしていたため、彼女が実はダブランド家の侯爵令嬢であることは知っていた。だからそれ自体には驚きはしない。
こうして外部からこの情報がもたらされるまで待っていたのは、2つの理由がある。
本来、ジョハンナが知っていてはおかしいリナリアの正体を声高に話し始めるわけにもいかなかったのがまず1つと、もう1つはいったんロドルフ様に彼女がどこかの貴族令嬢であるのではと相談したことがあったが、それがどうかしたのかという感じで興味を持たれず、それ以降は私が話題に出すことを避けていたため。
「リナリアがここに引っ越してくることになるのよね」
街のレストランで働いていたリナリアは近い将来に領主の妻。今後はこのお屋敷で住むことになる。今日からおそらく受け入れの準備が始まるはずだ。
ロドルフ様がリナリアと婚約したことについては、あまりに唐突で気持ちの整理ができていなかった。
私自身にロドルフ様を好ましく思う感情はあったことは認める。しかしそれは雇い主と雇われの関係を超えた親愛の情というか、せいぜいが友人としてのものだ。困っている友達を助けようとか、そういう感じの。
異性としての意識は……どうだったのだろう?
いろいろ困った事態を引き起こしたり、1人で抱え込んでしまうロドルフ様。彼を私が支えてあげたいと思った瞬間も、何回かあったことは間違いない。
ただ、率直に言って彼と恋人関係になった自分というのは想像ができなかった。だが、ロドルフ様とリナリアの結婚話を聞いたときには、言いようもない暗い気持ちが襲ってきたのだった。
リナリアへの嫉妬や羨望、ロドルフ様への思慕……どれとも今の自分の気持ちは異なっている。だから2人の結婚自体は祝福したいと思う。
「むしろリナリアは、よくロドルフ様と結婚する気になったわね」
独り言が出た。あの気の強いリナリアが、不可思議な言動をするロドルフ様とうまくやっていけるかが心配ではある。
それを考えると、うふふと妙な笑いが出た。私の性格もねじ曲がっているわ。
さて、もう1つ深刻な問題があるのでそちらを考えてみよう。
「私は今後どうなるのかしら……?」
ロドルフ様とリナリアが結婚するということは、乙女ゲームにおけるロドルフ様ルートのグッドエンドが確定し、2人が幸せなエンディングを迎えるということでもある。
そのルートで悪役令嬢つまり私は確か、リナリアを妨害する悪辣な行為をしすぎたためか癒しの力が使えなくなり、ロドルフ様の領土から追放される。そして別の街のギルドで評判の悪いパーティーに回復担当として加入するも、ダンジョンで自分の傷を癒やせず死亡するのだった。
癒しの力を失ったいきさつはゲームとは異なっているように思うが、今後はこの展開を実際になぞることになるのだろうか。
そうなると、回避するためには……?
コン、コン、コン
考えていたところへ部屋のドアがノックされた。慌てて身支度を調えて出るとペトロッシさんが立っている。なぜか辛そうな顔だ。嫌なことでもあったのかしら。
「ロドルフ様がお呼びです」
「あ、はい、承知しましたわ」
2人でロドルフ様の執務室へ向かう。いつもならペトロッシさんが話しかけてくれたりもするのだが、今日は無言。やや重苦しいムードである。どうしたのかしら。
ロドルフ様のドアをノックしようとしたところで、ペトロッシさんが口を開いた。
「ジョハンナさん、その、私は……」
そういったところで言葉が詰まってしまっている。
「どうかなさいまして?」
「すみません、呼び止めてしまって。その、困ったことがあったら私に何でも相談してくださいね」
ずいぶんと改まったことをおっしゃるのね。
「ありがとう。いつも、頼りにしておりますわ」
私はニコッと笑って彼に会釈し、ロドルフ様の部屋へ入る。
ペトロッシさんとは対照的に、ロドルフ様はいつもと同じような涼しい顔をしていた。そしてすぐに口が開かれた。
「ジョハンナさん、来ていただいたのはお伝えすることがあるためです」
「はい」
「今月でジョハンナさんの『癒し手』としての職務は終了となります。よって今月中をめどに屋敷から退去いただきたいのです」
うわっ……ちょっと、予感はしていた。




