36.ジョハンナ 驚くことばかり
目を覚ましたとき、私はお屋敷のベッドの上だった。
自分の部屋ではなく、客間にベッドが置かれているように見える。屋敷内には怪我人が運び込まれて私たち『癒し手』の治癒を待つ医務室もあるが、そことは違う。
どうやら、私はドラゴンとの闘いの後も生き残れたらしい。
「あっ、気がつかれましたか」
「よかった、本当に」
私のベッドの横には、椅子に座ったブラン君と、その脇に立ったペトロッシさんの姿があった。ブラン君は目に涙を浮かべ、ペトロッシさんは疲れている様子ながらも安堵の表情だ。
「私は……どれぐらい寝ていたのかしら」
「丸2日ですね。無理もないでしょう。凄い魔法を使われたみたいでしたから」
2日……回復魔法の使いすぎで疲れたことはあるが、意識を失ったのはこれが初めてだ。だから2日眠ったままだったというのが、長いのか短いのかは判然としない。
「みんなは、他のみんなは無事だったのかしら!?」
自分の状況がわかった途端に、共にドラゴン討伐に行った仲間のことが気になり始めた。私は上半身を起こして尋ねる。意外とどこも痛くない。自分の回復魔法が効いていたのだろうか?
「死者は出ずに、全員帰還できましたよ。ほら、まだ傷が治りきっていない者はこの医務室にいますよ」
「ジョハンナのおかげだね。あの全体回復魔法がなかったら、おそらく全滅してたんじゃないかな」
「よかったわ……本当に」
私は胸をなで下ろす。犠牲者が出なかったことが何よりも救いだ。涙がこみ上げてくるので、袖で拭う。
この部屋にあるのは3つのベッドで、いずれも女性が眠っていることから医務室では主に男性達が寝ているのだろう。
周りのベッドを見ると、討伐隊として共に森へ向かっていた顔があった。入口に近い方のベッドには派遣されてきた回復術士の女性の姿。こちらに気づいて手を振ってきた。
そして反対側のベッドでは、闘うメイドのキャンディスさんが眠っている。
どうやら全体回復魔法を放った時点では、全員息も絶え絶えな状態だったはずだが誰も死んでいなかったらしい。間に合ってよかったと心から思った。
「ところで、ドラゴンはどうなりましたの?」
「それがね、凄いんだよ。リナリアが……」
◇ ◇ ◇
ブラン君とペトロッシさんが、私が気を失った後に何が起きたかを説明してくれた。
なんと乙女ゲームの主人公であるリナリアが突如覚醒。体が光り出し、空中へ浮遊。
そして手から砲弾のようなエネルギーをぶつける魔法を繰り出し、ドラゴンの体を撃ち抜いたらしい。
それを聞いて思わず「うへえっ」と声を上げてしまった。自分でも恥ずかしい。
もともと討伐隊の攻撃や自らの火球を体に受けたりしてダメージを負っていたドラゴンは、リナリアの一撃が決め手となって倒されたということだ。
信じがたいことに、彼女は単なる『癒し手』ではなく、オールマイティに攻撃魔法も回復魔法も使いこなせる天才魔術師だったようなのだ。そういえば火球をバリアのようなもので防ごうともしていたわ。
「うー、見てみたかったわ。気を失っていなければ見られたのに」
「まあ、その代わりに他の人たちはジョハンナの魔法を見てないよ」
「それもそうですが……」
何が『その代わり』になったのかさっぱりわからない会話になってしまった。
しかしながらあのゲームで、リナリアがそんな強力な魔術師だなんて設定があったのかしら? 恋愛主体ゲームでありながらも少しバトルの要素があるというだけかと思っていたし、肝心のバトルもミニゲームのような、反射神経をテストする程度のものだった。
思っていたより奥が深いゲームだったのかもしれないわね。
ともかく、リナリアの魔法が決め手となってドラゴン討伐に成功。皆が引き上げてきたのが一昨日の夕方だったという。
命に別状はないとはいえ、怪我が重い者はこうして医務室で治療を受けている。元気な者は昨日から平常業務に戻っているそうだ。
ロドルフ様はドラゴン討伐成功の旨を伝えにゴールディさんと王都へ向かっている。リナリアは大幅に魔力を使ってしまったようなので、この2日間は癒しの力を使わずに家に戻って静養していると聞いた。
◇ ◇ ◇
「ジョハンナさんは目を覚まされたばかりですし、あまり私たちが話し込んでも疲れてしまいますから、そろそろおいとましますね」
ペトロッシさんはまだまだ話したいことがあるようだったが、目を覚ましたばかりの私の体調をおもんばかってくれ、先ほど医務室を後にしていた。
ブラン君はというと、私よりも奥のベッドに眠るキャンディスさんの容態が気になるらしく、そちらにチラチラ視線を送っている。ははあ、この部屋を去りたくなさそうなのは、キャンディスさんと離れたくないからかしら。
結局ブラン君がしばらくいてもキャンディスさんの様子に変化はなかったため、彼はスタスタと部屋を出て行った。
2人が帰り、改めて先ほど教えてもらった話について考えてみる。
「リナリアは攻撃魔法も使えたのね……では、私にも実はそういう才能があったりするのかしら」
不意にそう考え、指先に放出するための魔力を集めるイメージをしてみるが、何も集まった感じがしない。
「あら?」
おかしい。攻撃用に放つ魔力を集められないのは、ダメ元だったので構わない。しかし、普段だったらこのように力を込めたら、癒しの力が指先に集まってくるはずなのに……?
「ふんっ、ふんっ」
およそ令嬢らしからぬ掛け声とともに再度力を込めてみるものの、いっこうに力が集まらない。
「やっぱりダメね。魔力がもうないのかしら?」
魔力を増幅させるという魔石を3つも使って全体回復魔法を放った私。自分でも無茶をしたと思うが、あれによって限界以上の魔力が消費された、ということが考えられる。
しかし2日も寝ていたならば、その間に魔力が回復してきているはずだ。だが今の自分には全く魔力を集められる兆しもない。
最悪の状況が頭をよぎる。
「私、癒しの力を失ったのかも……」
そして追い打ちをかけるように、この日の夜、ある知らせが私を大いに驚かせた。
ロドルフ様がリナリアとの婚約を発表したのである。




