29.ジョハンナ いろいろと気を遣われる
港湾倉庫にて、誘拐された私を巡る闘いとなったが、厄介な炎魔法を使うレオポルトはブラン君のホムンクルスによって倒された。
あとはロープで私の手を縛っている筋肉質のマクファーソンだけが残っている。
「ぐう、何だあの化け物は……レオポルトがやられるなんて」
強力な一撃をお見舞いしたホムンクルスを見て、マクファーソンは落ち着きを失っているようだ。
「やあああぁーーー!」
大声を上げたロドルフ様が剣を携えてマクファーソンに突進してくる。
相手の注意力が散漫になっている状況なのに、わざわざ大声で自分が攻撃することを知らせるものなのかしら? 私は疑問を感じたが、ロドルフ様もこれまでのモンスター討伐で経験を積んでおられるし、かわされない自信があるのかもと思い直した。
しかし、案の定というかロドルフ様が迫ってくることに気づいたマクファーソンはすぐさまそちらに注意を向ける。ああ……
そして私を突き飛ばして、腰から抜いた2本のナイフをそれぞれの手に持った。2本のナイフを交差させる形にしてロドルフ様の振り下ろす剣を受け止める。ギィィィンと金属がこすれる音が響く。
「くううっ」
「へっ、領主様、惜しかったな」
膠着状態が続くかと思われたが、マクファーソンが力を抜いたと同時に斜めに倒れ込む体勢を取り、そのままロドルフ様の足を払った。
ロドルフ様はバランスを崩して倒れ込むが、マクファーソンは横にごろりと転がってすぐに立ち上がる。
「あの化け物はどうしようもないが、とりあえずお前だけならなんとかなりそうだ」
ホムンクルスはこちらへ歩を進めているがまだ距離があり、ペトロッシさんはレオポルトの動きに目を光らせていなければならず、こちらもすぐには来られない。
私は先の2人の攻防の際にロープを放されたために、手は縛られているとはいえ動けるようになった。
マクファーソンが倒れたロドルフ様の剣を踏みつけ、ナイフを振り下ろそうとする。ロドルフ様が殺される? なんとか止められないか、私はマクファーソンに向かって体当たりしようと走り出す。
その瞬間。
シュッと風を切る音がして、マクファーソンの右肩に矢が突き刺さっていた。
「ぐわぁっ! こ、これは!?」
右手からナイフがこぼれ落ちる。
矢は入口方向から飛んできており、そちらに目をやると、ボウガンを持ってマクファーソンに狙いを定めたレジスの姿があった。
「ナイフを放すんだな。うかつに動けばその眉間から矢を生やすことになるぜ」
◇ ◇ ◇
私はロドルフ様達と一緒にお屋敷へ戻ってきた。
倉庫でレジスの助けが入り、マクファーソンとレオポルトはこの直後に駆けつけてきたヴィンフロスト領の自警団によって捕縛された。
驚いたことにレジスは邸宅を燃やされた直後から、復讐のためにアンサモンアモンについて調査を開始しており、アジトがどこにあるのかも割り出していたのだった。
私が監禁されていたアジトを今朝に襲撃し、そこに残っていた口ひげの男と短髪の男を倒し、レオポルトとマクファーソンがこの港湾倉庫にいることを聞き出して急いで駆けつけてきたそうだ。
アンサモンアモンにさらわれたのが、ロドルフ様の屋敷にいた若い女性であることを聞いて、倉庫に来る前にロドルフ様の屋敷に寄って事情を聞き、自警団も手配してくれていた。
そして。
「その……私の代わりにあなたがさらわれたみたいで、迷惑をかけたわね」
レジスと共にリナリアも倉庫までやってきていた。そして私の後ろに立ち、後頭部の傷を癒しの力で治してくれている。
レジスは倉庫で私に申し訳ないと謝ってきて、今はロドルフ様ともども自警団と捕らえたアンサモンアモンメンバーの処遇について話をしている。
「リナリア、あなたが責任を感じることはないですわよ。悪いのは私をさらった男たちですから」
「まあそうね。わたしも何に対して謝っているのかよくわからなくなっているところだったし」
微妙に居心地が悪い会話になってしまっているが、後頭部はじんわりと治っていくのを感じており心地よい。殴られた傷の血は止まっているものの、手を縛られていたために自分で治すことができなかったのだ。
ちなみにリナリアはたまたまロドルフ様のお屋敷に遊びに来ており(ゲームの主人公らしく自由に行動している)、そこへやってきたレジスから事情を聞いて港湾倉庫へ同行したそうだ。
「治し終わったわ。じゃあ、私はこれで帰るわ。レジスが街まで送ってくれるそうだし」
「リナリア、ありがとう」
もしかしたら彼女がアンサモンアモンにさらわれていたのかもしれない。その場合に彼女はどうしただろうか? ゲームの主人公だから殺されはしないのだろうか? 誰かが助けに来てくれるのか、それとも自分で窮地を切り抜けるのか。
そんなことをぼんやりと考えていると、横にブラン君とペトロッシさんがやってきた。2人とも私の無事を確認してニッコリとしている。
「いやあ、今日はまさか魔石まで手に入るとは思わなかったよ。まあこっちも殺されかけたし、戦利品と言えなくもないよね」
ブラン君はレオポルトが戦闘中に落とした魔石を確保していてご機嫌だ。これでホムンクルスに装着できる魔石が増えたということになるらしい。
「よかったですわ」
「ところでジョハンナ、あのレオポルトという奴が持っていたこっちの薬の方なんだけど」
レオポルトが忘れ薬だと言って取り出していた小瓶をブラン君が持っており、私に見せてくれる。
「ああ、それは忘れ薬だそうで……」
私は忘れ薬のこととその前後に何があったかを彼に説明したが、ブラン君はいぶかしげな顔をしている。
「これは忘れ薬じゃないと思うよ」
「えっ、どういうことですの?」
「ビンにラベルが貼ってあるんだけど、『コリアンダーの種子』って書いてあるよ」
コリアンダー……セリ科の植物で葉っぱはパクチーとなり、種子は粉状にしてスパイスに使われる。
「僕がさっき瓶を開けて粉の匂いを嗅いでみると、コリアンダーの種の独特の甘い香りがしたんだ」
「じゃあ、忘れ薬というのは嘘だったの?」
「うん、僕が思うにこれは……」
「ブラン様」
急に声を上げて話を遮ったのはペトロッシさんだ。ブラン君に向かって深々と頭を下げている。
「割り込んでしまい申し訳ありません。ですが、その先のことはお話にならない方がよろしいかと存じます」
「う、うん、わかったよ。じゃあ僕は部屋に戻ってこの魔石について調べようかなっと」
ブラン君が離れる。そこで会話が途切れたが、私にはブラン君が何を言わんとしていたか、そしてペトロッシさんがなぜ続きを止めようとしたのかがわかってしまった。
奴らは私を殺すつもりだったのね。
「忘れ薬の話は、私を安心させるための嘘……」
「ジョハンナさん、これ以上は」
「いえ、考えを整理させていただけませんこと。レオポルトがそんな嘘をついた理由は」
「……おそらくは、ジョハンナさんを安心させることで、想定外の動きをさせないように精神的に制限をかけたのでしょう。自分が殺されるとわかっている人は、ナイフを突きつけられていても自己犠牲の精神で何か反撃しようとするかもしれませんから」
私を殴って気絶させて取引の場に連れてくることもできたとは思うが、すでに一度殴打されている私をさらに殴るのは、死の危険性があるから避けたのだろうか。
「ジョハンナさん、大丈夫ですか?」
監禁されていた私の体に手を出さなかったのは、取引材料である私を傷物にして取引不成立になるのを防ぐためと解釈していた。そして取引材料である限りは、私は殺されないだろうと高をくくっていた。だからこそあんなに大胆に誘拐犯とも話せたのだ。
しかし実際は、取引がこじれた瞬間に殺されるという危険と隣り合わせだったことを実感し、今更ながら体が震えてきた。
机の上に置きっぱなしだった私の手が震えている。
その上に、ペトロッシさんが自分の手を重ねてきた。はっとして私は彼の顔を見つめる。
「今日は私が、お側にいさせてください」
◇ ◇ ◇
……結局、その晩はペトロッシさんが私の部屋に来てくれた。
正直言って艶っぽい展開になるのを一瞬想像してしまったのだけれど、彼は私が眠さの限界に来るまで、椅子に腰掛けて私の話を聞いてくれていた。そのおかげで、私は悪夢にうなされることもなく翌日まで眠ることができた。
実に紳士的だったけれど、彼は私に興味はあまりないのかしら? 少しそこは気になった。




