27.ロドルフ 取引場所の倉庫に現れる
私をさらった男達とロドルフ様の交渉場所は、うまい具合に港付近の倉庫に決まった。
あそこには前に行ったばかりで、何があるのか知っている。
今ここで行われているのは私を取引材料とした営利誘拐。
予定ではロドルフ様にお金を持って倉庫に来てもらい、そこでお金が私の身柄と交換されるということになる。
男達に命じられ、ロドルフ様を呼び出すための手紙を書く。私がさらわれていることを私の筆跡で証明する意図があるようだ。
「ロドルフ様への手紙を書きますわ。ただ、あなたたちの素性というか説明も書く必要があるでしょう。なんて書けばよろしいのかしら」
「ああ、『シルバーレイク盗賊団』だ」
「そ、そうですのね。わかりました」
シルバーレイク盗賊団……? レジスと揉めているパーティーの『アンサモンアモン』かと思ったのだけれど、ごまかそうとしているのね。ただ、レジスとのつながりが希薄であるという話を私がした以上、名前について疑義を唱えるのは危険だ。
手紙に書く他の内容は、時間と場所と身代金の金額さえ伝わればいいということなので、あとは男達に検閲されてもいいよう、自らの状況をできる限り辛そうに書いておけば済んだ。
ただ、最後に一行書き加えた。
『この手紙は、執事の人にも必ず見せてください』
「おい、この最後の執事に見せろとかいう文章は何だ?」
「それは……あの領地の財政は執事が取り仕切っていると聞いたことがあるからですわ。名指ししておいた方がすぐにお金を動かせると思いましたの」
「ほお、そんなもんかね」
もちろん嘘だけど。
ロドルフ様だけが手紙を読んだ場合に、私の期待する展開通りに事が運ぶとは思えなかった。
彼が手紙が本物かどうかを疑い始めるとか、私の行方を捜すとか、そういう方向に行く程度であればかわいいものだ。
ロドルフ様の場合は、この手紙に返事を書くかどうかという、私からするとそんなことをしてどうするのかという点でまず悩み始めるのだ。しかも数日に渡って。
その間に倉庫に行くかどうかとか、金策とか、それこそ私をどうやって助けるかとかの検討はどこかに置き去られてしまう。
だから執事のペトロッシさんに手紙を読んでもらうことにした。さすがに執事に見せろと書けば、ロドルフ様でもまずは彼に見せてくれるはずだ。
最も信頼できるのがペトロッシさんと直感的に思ったのでそうしたけれど……彼も危険にさらすことになるため、今更ながら心配になってきた。
考えている間に筋肉質の男が屋敷まで行って、手紙を石と共に窓から投げ入れてきたらしい。あとは指定した取引日に、ロドルフ様たちが倉庫に現れるのを確認できれば、なんとかなるわ。
◇ ◇ ◇
手紙がロドルフ様のお屋敷へ届けられてから1日が経過した。
私は相変わらず囚われの身だったが、すでに椅子からの拘束は解かれ、部屋から出ることもできた。監禁されていたのは小屋の中だったようで、常に男たちの2人以上が小屋に待機していたために逃げることはできなかった。
暴力を振るわれることもなく、食事も与えてくれたために思ったより不自由しなかったのが正直なところ。
「もし、取引が不成立であなたたちがお金を得られなかったら、わたしはどうなりますの?」
最初に監禁されていた部屋に、レオポルトという銀髪の男と筋肉質の男と共にいたときに尋ねてみた。
「そのときは、しばらくしてから逃がすかな」
レオポルトが答える。意外な答えだった。てっきり私は用済みとして殺されるかと思っていたのに。
「意外とお優しいんですのね」
「さすがに殺しまでする気はないからな。今後の仕事がやりにくくなるし」
レジスの家を焼いておいてそのセリフはちょっと違和感があるが、本人達の中ではレジスが金を払わなかったことへの制裁だとして、筋が通っているのかもしれない。
「ただ、君に俺たちのことを覚えて帰られても困る」
そう言って彼は手元に瓶を取り出した。中には茶色く丸い薬のようなものが入っている。ちょっと調味料の瓶のようにも見えたが黙っておいた。
「これはある植物から採取された成分で作られる忘れ薬でね、飲めばこの1週間に起きたことだけを綺麗に忘れるという作用があるのさ。君と俺とが出会ってからまだ2日。だから明日の交渉が決裂しても、君を逃がすときにこれを飲んでもらえれば、俺たちのことはすっかり忘れてることになる」
なるほど。私をなぜ逃がしてくれるのか理解はできた。『出会ってから』とか言い出すから口説き文句かと思って焦ったけれど。
ただ、忘れ薬を飲ませるつもりだということを考えると、ちょっと彼らとの話の中で違和感を覚える箇所があった。
◇ ◇ ◇
そして、取引の当日を迎えた。
私は銀髪のレオポルトと筋肉質の男と共に取引場所である港湾倉庫へ向かう。
一方、口ひげの男と短髪の男はここに残るようだ。ちなみに筋肉質の男の名前はマクファーソンということがわかった。他の人たちについては知らない。
久々の外だ。あいにく天気は曇ってどんよりとしているため、開放感はそれほど感じられなかった。
「今から一緒に歩いて取引場所に向かってもらうけど、逃げようなんて考えない方がいいよ」
レオポルトはそう言って、左手に何か石のようなものを握りしめ、右手を少し離れた木の方向へかざした。
そして息を吐く音と共に、彼の右手から火の玉が木に向かって飛んでいく。
炎が木を包み、一瞬で消し炭へと変えてしまった。
「これでいつでも君を狙うことができるのでね」
「……」
「ふふ、驚いたかい? 俺が持っているこの石は魔石と言ってね。持つ者の魔力を増大させるという効果を持った貴重品なのさ」
「ええ……知ってるわ」
ブラン君が使ってるのを見たもの。まあさすがにここでそれを口に出す意味はないけれど。
レオポルトの方を見ると、私の反応が悪かったからか落ち込んでいるみたい。黙って魔石をポケットにしまっている姿がちょっと哀愁を感じさせたわ。
気まずい雰囲気になってしまったけれど、まあ私だけのせいじゃないわよね。
倉庫近くに着いたが約束の時間よりだいぶ早い。
すぐに倉庫に入るのかと思いきや、積んである木材の影で私は筋肉質のマクファーソンと共に待機させられた。
私が逃げないように監視しているマクファーソン。私の腕を掴んでいる。
「いたっ」
私がそう言って恨みがましい目で見てやると、渋々という感じで手を放された。
その間にレオポルトが、ロドルフ様側が兵士を伏せたりしていないかを確認しに行っていた。誰もいないことがわかったのか、戻ってきたようだ。4人の男の中心かと思っていたけれど、斥候みたいなこともするのね。
どうやら自分たち以外はここに誰も来ていないようなので、レオポルトが問題の港湾倉庫に入る。そして私、マクファーソンの順で中へ。
日中ということもあって天井に近い位置の窓から明かりが射しており、中は暗くなかった。
以前にブラン君が使ったテーブルがそのままだ。私たち3人は奥へ進み、倉庫入口の人の出入りが見える位置で待つことにした。
私はほど近い位置の壁に立てかけられている石のような塊の存在を確認し、一人頷く。
しばらくして複数の足音が聞こえ、倉庫の扉が開く。
ロドルフ様、ペトロッシさん、ブラン君が姿を現した。
自分が手紙で呼び出したとはいえ、ペトロッシさんの姿を見ると安堵の気持ちが込み上げてきた。同時に胸が締め付けられる。彼を危険にさらしていることへの心配からか、あるいは彼がどんな気持ちで私を助けに来てくれたのかという、考えてもわからないことへの悩みからか。
彼は心なしか不安そうな顔をしているように見える。私の身を案じてくれているのかしら。
ロドルフ様は……いつも通りの冷静な表情ね。そしてブラン君が来てくれて私はホッとした。ここでの鍵を握る人物なので、大役ではあるけれど頑張ってほしいわ。なぜ私が取引場所にこの港湾倉庫を選んだのか、ペトロッシさんと2人で話し合って答えに辿り着いていてくれればいいのだけれど。
こちらの姿を認識したらしいロドルフ様が口を開いた。
「ジョハンナさんを返していただきますよ。それでは交渉といきましょうか」




