26.ジョハンナ 誘拐犯と渡り合う
「私を誘拐しても、レジスがあなたたちにお金を払うなんてことにはならなくてよ」
「あん?」
「私はヴィンフロスト領の領主である、ロドルフ・ストルト侯爵の女なのですから」
こういうときには『女』よりも『恋人』とか『妻』とか言った方がよかったかなと思ったが、もはや取り消せないのでそのままいく。
「ろ、ロドルフ・ストルト侯爵……聞いたことがあるぞ、だが、お前がそのロドルフの女だと?」
「ご存じなかったの? てっきりロドルフ様との関係から私はさらわれたものかと思っていましたのに。ロドルフ様は私に夢中ですから、私のためならいくらだって払うに決まっていますわ」
完全にでまかせだが、私に人質の価値がないことがバレてしまうと、この場で始末される可能性がある。価値を保ちつつも、私はレジスとあまり関係がないことを理解してもらおう。
「最近、ロドルフ様に請われてお屋敷で住み始めましたの。それこそロドルフ様に溺愛されて困るぐらいですわ。まあ、レジスのことも知らない仲ではないけれど」
銀髪の男が入口付近の筋肉質の男の方を見る。筋肉質の男が無言でうなずいた。
これはおそらく、私がロドルフ様のお屋敷に住んでいるかどうかの確認を取ったのだろう。今日はお屋敷から買い物に出たときに襲われたわけだが、お屋敷に出入りするのも以前から見られていたのだろうか。ということは私を殴ったのは筋肉質の男か。許さん。
「ほ、本当なのか。じゃあ、お前……」
口ひげ中年男がたじろぐ。あら、はったりが利いてきたかしら。
「おい、ロドルフ侯爵とレジスは親友だと聞いたことがあるぞ。お前、親友同士の両方の愛人なのか……」
「ただれた関係だな」
短髪の男がうなずく。
って違うでしょ! ただれた関係って何よ!?
いや、冷静に冷静に対処だ。
「レジスとは会ったことがある程度なのです……皆さんとレジスとの間に何があったかは存じませんけれど、私そろそろ家に帰りたいですわ。お金が欲しいのならばロドルフ様にお願いしてみてはいかがかしら?」
核心であるお金のことを切り出すのが早すぎたかしら? ちょっと馬鹿女っぽくなってしまった。
「なあ、レオポルト、こう言ってるがどうするかね?」
口ひげ男が銀髪の若い男に話しかける。ということはこの銀髪はレオポルトという名前なのね。
「ふふ、俺はどちらでも構わないよ。金をレジスからもらおうが、そのロドルフっていうのからもらおうが」
「それもそうだな」
「ロドルフとレジスは親友なんだよね? では、ロドルフに金を肩代わりしてもらって、あとは親友同士で融通すればいい。金の切れ目が縁の切れ目で、それを機会に2人の美しい友情にひびが入ったとしても、それはそれで面白いじゃないか」
レオポルトと呼ばれた男はニヤニヤとしている。あまり性格はよくなさそうだ。
この男たち、強盗で手に入れたものをすぐに取引で出してきたり、私をさらうのに思い切り頭をぶん殴ったり、こうしてあっさり仲間の名前を言ってしまったりと、どうも短絡的なところがあるように思う。そこにつけ入って、なんとかできないだろうか。
「じゃあ、ロドルフとの取引に切り替えて、この女と引き換えに金を要求するという感じでどうだろう」
「異議なしだ」
男達はそれでまとまったらしい。
「決まったのかしら? では、私を早くロドルフ様のお屋敷まで送り届けてくれませんこと? お金はお屋敷で受け取ったらよろしくてよ」
「アホか、脅迫しに行くんだぞ。お互い友好的じゃないんだ。むざむざ相手のホームグラウンドで取引ができるか。兵を伏せといて俺たちが行った途端に襲ってくるかもしれないだろうが」
口ひげの男が立腹だ。最初に襲ったのはあんたたちの方だろうがと思うが。
とにかくこの路線で相手の選択肢を狭めていこう。
「それなら、ロドルフ様をこちらに呼べばいいですわ。私、手紙を書きますわよ」
「いやいや、アジトに乗り込まれるの我々にとってよくないね。ここの場所は秘密なんだ。教えられないな」
「あら残念、ちなみにここはヴィンフロスト領の隣の、ブロドライン領かしら?」
「いや、違うけど」
今度は銀髪の男が答えた。否定されたものの私の質問には一瞬驚きの顔が見えた。
「ではレジスの家はいかがでしょう?」
「お前、無茶苦茶な提案をするな……レジスは金を出さないといったのはお前だぞ」
レジスからロドルフ様にターゲットを切り替えたようだ。レジス、これでは家の壊され損になってしまいます。解決したら修理代をしぼりとれるとよいのですけれど。
「じゃあ、今から取引場所を探しに行きますの? 私は早く帰りたいのですけれど。ロドルフ様も心配しておられますし、少なくとも明日には帰りたいわ」
「うるさい女だな……おい、殴るか?」
「いや、人質に傷をつけると相手が逆上して交渉に応じなくなる可能性が出てくるし、その場で俺たちを消しに来るかもね」
銀髪の男が止めたため、男たちが黙りこくってしまう。そこで私はさらなる誘導を行う。
「ねえ、もともと私を人質にしたレジスとの交渉は、どちらで行うご予定でしたの?」
「それはどこか人気のない倉庫とかでやろうと思っていた。レジスはどこでも来るだろうからな」
「なるほど、ロドルフ様は領主ですから、遠くへ呼びつけてもほいほいとは来ないということですのね。だから皆さん悩んでいるのね」
「君、察しがいいね」
銀髪の男が褒めてくる。どこまで本気かわからないが。さらった側とさらわれた側だが、軽い会話を楽しんでいるようでもある。
「そういえば、最近ロドルフ様から、用がなくなって持て余している倉庫があると聞きましたわ。お屋敷からはちょっと遠いんですけれど」
「お、そこでいいんじゃないか」
口ひげの男が食いついた。
「ええ、確か古い港湾倉庫だったと思いますわよ。今はタルとか木箱とか、石とかしか置いていないはずですわ」
「ふーむ、じゃあそこに金を持ったロドルフだけが来るように仕向けるか。おい女、ロドルフに手紙を書いてもらうぞ」
「承知しましたわ」
では、取引とまいりましょうか。きっと彼なら私の意図に気づいてくれるはず。




