24.ジョハンナとロドルフ レジスの頼みを聞きに行く
今日はロドルフ様と共にレジス邸にやってきた。レジス側が仕事のトラブルを抱えており、協力を頼みたいとのことでロドルフ様が呼ばれた。資金や知見に頼りたいということだった。
レジスとは何度か会って、今回とは逆に私がアドバイスをもらったこともある。彼の家まで行くのはこれが初めてだ。ロドルフ様のお屋敷からはそう遠くないため、徒歩でもやってくることができた。
前の土地売買契約の件ではいろいろ助けてもらったが、あれ以降まともに話ができていない。お礼を言わないととは思っていたのだけれど。
レジスの家は2階建てと思しき割と大きな邸宅で、家の回りを高い塀がぐるりと取り囲んでいる。それによって1階部分が完全に外からは遮断されて見えなくなっていた。
「門が高いんですのね。ちょっと珍しく思いますわ」
「中を見られたくないのでしょう。あるいは敵の襲撃に備えているということかもしれません」
「て、敵ですって?」
「私はよくは知りませんけれどね」
ロドルフ様と話しつつ門扉をくぐると庭が目に入る。木が植えられている意外は特に珍しいものがあるわけでもなく、意外とこざっぱりしている印象だ。プールがあったり大岩があったりするわけでもない。
彼はすでに親元を離れ、駆け出しの商人として働いているはずだが、若いのに大きな家に住んでいるのはそれなりに儲かっていることの証左だろうか。
家のドアをノックすると、使用人であろう初老の男性が出迎えてくれる。ロドルフ様の顔を見るとすぐに中に通されたあたり、顔を覚えられていることがわかる。
応接間に案内されるが、レジスの姿はない。だが、留守とは言われていないから家にはいるのだろう。
椅子に腰掛けて少し部屋を見回しているところに、レジスがパタパタと入ってきた。
「ロドルフ、悪い。つい先ほどまでお客さんと話があって」
「ああ、いいえ、忙しいようなら改めますが」
「いやいや、こちらが頼んで来てもらったんで、今からでもお願いするよ。おっ、ジョハンナも来たのか。この前のヤムシブの件はうまくいったらしいじゃないか。よかったね」
「はい、その節は大変お世話になりました」
私は頭を下げて素直に感謝を示す。
「役に立ててよかった。すまん、俺はまだ昼メシも食べていないんで、少しパンでも食べてくるよ。お前らは昼ご飯は?」
「こちらに来る前に食べてきましたよ」
「そうか、じゃあすぐに食べてくるから、本でも読んで待っててくれるか。そこに買ったばかりの本もあるし」
そう言ってレジスは椅子の脇にある本棚を指し示す。
彼はどんな本を読むのかしら……? 似たような文学趣味だったら話ができるかも。ちょっと楽しみになりつつ私は本棚を見てみた。
「ちょっ、これは男性向けの本じゃないの?」
「そうだよ」
まだ食事に行っていなかったレジスが答える。
「まさか女性のあられもない姿とかが載ってる本を薦めたわけじゃないわよね」
「当たり前だろう」
「そうかしら……あっ、でも何よこの表紙の! 『特集:ポーションに手近なものを混ぜてハイになろう!』って! あなたまさか、薬に手を出して……」
「それはポーションを調合したらより回復量の多いハイポーションになるよという、ライフハック系の特集記事だ」
真顔で反論された。
「そ、そうですのね」
「ははは、俺はそんなヤバいことはしていないよ」
「レジスは昔から、アウトローに憧れているんですよ。根は真面目なんですが」
しばらくして食事を終えたらしいレジスが戻ってきた。
「さて、こちらから呼んだのに待たせて悪かった。頼み事というのは」
ここまで言ってレジスが一呼吸置く。ロドルフ様も私もごくりと息を呑む。
「実は俺は命を狙われているのかもしれない」
……レジスの思い切った一言だったが、逆に弛緩した雰囲気が流れた。本人からすると不本意極まりないだろうけど。
「命ってそんな、大げさではないですか?」
ロドルフ様は冗談と受け止めたようで半笑いだ。私もまだ信じ切れず、とりあえず話を聞くことにする。
「これは本当の話でな。実はこのほど貴重な薬の原料の輸入取引も行うようになってきたんだ。なかなか入手が難しくて、隣のブロドライン領のギルドを介して、あるパーティーに入手を依頼していた」
「なるほど」
「原料というのが希少な花なので、このパーティーも頑張って探しに行って採ってくるものかと思ったらそうではなかった。どうもこの花の取引のために他の商会が輸入している船の情報をどこかから入手して、その船自体を襲撃して花を強奪したらしいんだ」
「……それじゃ、強盗犯じゃないの」
先ほどレジスをアウトローまがいとからかったばかりだが、こっちはれっきとした犯罪に思える。
「ああ、ただこのパーティーが船から強奪したという証拠はないんだ。ただこの取引日の少し前に船が襲撃されたという情報が別口で入って、取引当日にこのパーティーが原料の花を準備してきたという状況だけで」
「うーん、でも不正の可能性がある以上、取引するのはリスキーに思えますわね」
「ああ。こちらとしてもそんなモラルのない手段で入手した品物は受け取れないということで、取引自体を断った」
おお、偉い。そうなるとこのパーティーを強盗の罪で捕らえるべきだろう。
警察は……と私は言おうとしたところでやめた。この世界では警察組織がなく、各領地の中でその領主が組織する自警団があるのみだ。
ロドルフ様の配下にも自警団はあるが、そちらはロドルフ様が直接指示を出しているわけではなく、自警団のボスがいる。決裁の権限はロドルフ様なのだろうけど。
今回の場合は別の領地であるブロドライン領内の自警団に頼ることになるのだろうか。
「しかし、こちら側から一方的に契約を無効にすることは受け入れられないと反論された。指定の品を入手したのだから代金を払えと言われているんだ……もっと契約時点で不法行為について詰めておくべきだったよ」
レジスは話しながら疲れてきているようだった。この件で精神的にダメージを受けているのだろう。
「高額だし、不法行為の可能性が高い以上代金の支払いは受け入れられないと言ったんだが……」
「言ったんだが、何?」
「『夜道に気をつけろ』と言われたよ」
なるほど。これは確かに怖い。私の前世だったら脅迫罪。しょっ引かれてもおかしくない言葉だわ。
もっとも、私の隣で聞いていたロドルフ様はこの言葉の意味するところがよくわからなかったようだ。「夜道は暗くて危ないですからね」とか言い出さなければいいけれど。
「それで、そのパーティーっていうのはどういう人たちなのですか」
「アンサモンアモン(召喚されないアモン)っていう、武闘派らしいパーティーだよ。結構活動実績はあるらしいんだけれどあまり評判がよくない。ギルドの受付からも、ここに仕事を頼もうとしたときにはちょっと渋い顔をされた」
ロドルフ様が尋ねてくれたパーティーの名前。アンサモンアモン……どこかで聞いたような覚えがある。
結局レジスがロドルフ様に頼みたかったことは、いざアンサモンアモン側が武力を行使して代金を払えと迫ってきた場合に、ロドルフ様のヴィンフロスト領の自警団に守ってもらいたいというものだった。
この日はまだ実害が出ていない以上、自警団を動かせないという結論になり、ひとまずアンサモンアモンとの交渉を続けることで収まった。
しかし、ここで取るべき決断を先延ばしにしてしまったことで、私がこの件に巻き込まれることとなるなんて思ってもいなかった。
私たちがレジスの家から帰ったその日の夜、不審火によって彼の家の3分の1が灰になった。
幸いなことに死者は出なかったが、使用人とレジス本人が火傷を負ったことが知らされた。




