23.リナリア 気を遣う
「そろそろ皆が戻ってくる頃ね」
今日は恒例の(?)領地内のモンスター討伐の日だ。ロドルフ様とゴールディさんたち討伐隊数人が、目撃情報のあった場所へ向かい、倒して帰ってくるのだが、今回は執事のペトロッシさんも珍しく同行している。
「いつもならペトロッシさんは行かないはずなのに。心配だわ」
そう、彼は普段はお屋敷での仕事にかかりきりであるはずが、こうして自らの手でモンスターを倒しに行くなんて。しかも本人の希望ということらしい。
もしかしたらこの前の、ブラン君のホムンクルス暴走の時にあまり活躍できなかった(失礼!)ことを気に病んでいるのかもしれないわね。私としては彼が私をかばおうとしてくれたことが嬉しかったけれど。
で、なぜ回復役の『癒し手』である私が討伐に同行していないかというと、今日はリナリアが行く番だからだった。最近は当番制であるかのように彼女と私とが交互に討伐に同行し、傷ついた皆さんの治療を行っている。
今日は私は事務仕事が残っていたので、そちらを片付けつつ、皆の帰りを待っていた。
お屋敷の入口の方が騒がしい。どうも帰ってきたみたいね。
「あら……?」
ロドルフ様とペトロッシさん、討伐隊が5人、そして最後尾でリナリアが入ってくる。
なぜかロドルフ様が1人元気で、他のメンバーは傷を負って疲れた顔をしているわ。
屋敷の入口付近がロビーのような雰囲気になり、ロドルフ様は椅子に優雅に腰掛けたのに対して、他のメンバーは直で床に座っている。
ペトロッシさんはロドルフ様の後ろで立っている。屋敷に戻ると執事の本分が蘇るのね。ほーっと感心した。
ロドルフ様、傷1つないようでお顔もつやつやとしているわ。さらに頬の弾力もぷるぷるとしているわ。ああ、これは、リナリアね。直感的にそう思った。
「みなさまお疲れ様でした。怪我のひどい方から治療いたしますので」
私はさっそく前へ出て、状態の悪い人は誰なのか判断しようとした。そこへリナリアが近づいてくる。
「一応私の癒しの力で、傷を負った人も全員歩ける状態にしてから帰ってきたよ」
そう言われて全員を見ると、確かに疲れてはいるものの大怪我を負った類の人はいなさそうだ。ベッドに担ぎ込まれる人がおらず、入口付近で座って話し込んでいるのがその証拠か。
「ロドルフ様がとっても元気そうに見えるんだけれど」
「そりゃあ、我らがボスですもの。お元気でいてもらわないといけないわよね」
ロドルフ様のつやつや具合を見るに、おそらくリナリアは彼を過保護なぐらい回復して回っていたのだろうと思うが、それでも他のメンバーも十分回復させられるぐらいの配分も考えていたというわけね。さすがだわ。
「ところで……」
リナリアがさらに近寄ってきて、私の耳元で小声で言う。
「愛しの彼は、あんたが自分で治したいんでしょ? 私の治療は控えめにしといたからね」
そう言ってリナリアが視線を向けた先にはペトロッシさんがいた。
「やだもー、私たち、そんな関係じゃないわよー、もー、いやねー」
女学生かっ!
と、懐かしいノリでごまかしてはみたものの、私は顔が真っ赤になっていくのを感じた。ただペトロッシさんのことは心配だ。左腕に怪我をしているのか、右腕でさすっている。
しかしすぐさま彼の元に向かうのも、リナリアに動かされているようでちょっと面白くない。悩んだ末に私は少し間をおくことにした。
「そ、そんな特定の人を贔屓するみたいなことはできませんわよ。ほら、こちらのチアゴさんなんか変わった包帯を巻いていらっしゃるわ。これは即刻、癒しの力で治療して差し上げないと」
「いや、俺はこれ、慢性的な腰痛なのでコルセットを巻いてて」
「……」
私は無言でチアゴさんの腰あたりに手をかざし、癒しの力を送る。
「おー、こりゃ気持ちええわー」
まるでマッサージ屋にでもいるかのような感想が彼の口から漏れている。
「おうおう、ありがとのう、ねえちゃん」
口調まで爺さんみたくなっているチアゴさんだった。そもそも慢性的な腰痛の人がよくモンスター討伐に行けるわね。
彼の治療を終え、他に治療が必要な人はいないかしら~と周りを見てみるも、すでにリナリアが治療を施したと聞いたとおり、割と元気そうな人ばかりだ。
「も、もういいかしら」
独り言を言いつついよいよペトロッシさんのところへ向かう。
私がウダウダしているうちにリナリアが改めて彼を治療してしまっていたら元も子もないが、幸いにしてそういうことはなかったようだ。
「ペトロッシさん、お怪我をされたのですか?」
「あ、ジョハンナさん。すみません、ちょっとオークの棍棒が当たってしまいました」
「大変。腕は動きますの? 骨に異常があっては今後のお仕事にも差し支えます。すぐに私が治して差し上げますわ」
「恐縮です」
そして私はペトロッシさんの左上腕あたりに手をかざし、癒しの力を送り込む。該当の箇所はあざになっているが、折れてはいないようだった。優しい光が腕を包んで、あざがなくなっていった。
「これでOKですわ」
「いやあ、初めてジョハンナさんに治療してもらいました。ありがとうございます。温かくて、いいものですね」
「お安いご用です」
ニコニコとしてペトロッシさんが言う。私もお役に立ててよかった。
「では、私は今日の討伐について報告書を作ってきますので、いったん失礼しますね」
「はい、お疲れでしょうから、早めにお休みくださいね」
「ありがとうございます」
ペトロッシさんが去ったところで、後ろから視線を感じた。見ると先ほどのチアゴさんが立っている。
「いやあ、執事のペトロッシさん、彼も意外と若いわりに戦えるものだったな」
前にリナリアが森で見つかったときに、ペトロッシさんにその報告をしていたのがチアゴさんだった。そのときは仕事中だからかお互い敬語だったけれど、ベテラン然としたチアゴさんからするとやっぱり若造という思いもあるのかしら。
「あの、ペトロッシさんもモンスターを倒せたのでしょうか?」
「ああ、割とまともな剣さばきをしていたとは思う。ただ、こっちがオークを倒すときに、そいつが持っていた棍棒が彼の顔面に飛んできて命中したのさ。それでバランスを崩して倒れて、木の切り株で腕を強打した」
「えっ、顔に棍棒? でも顔については彼は特に何も言っていなかったわ」
不可解な話だ。
「そこから先は私が教えましょうか」
いつの間にか近づいてきたリナリアが言う。
「ペトロッシさんは腕より顔面の怪我の方がひどそうだったんで、私はとりあえず顔を癒しの力で治したのよね。腕も治してあげようかと言ったんだけど、なぜか『ジョハンナさんに頼んでみようと思う』とか言い出すので、譲ったってわけ」
「つまりペトロッシさんは」
「あんたに癒してほしかったけど、かっこ悪いエピソードは話したくなかったってことね。ちょっとガキみたいかも」
彼のちょっと子どもっぽい一面が見られて面白かった。




