22.ジョハンナ かばわれて喜ぶ
「それではお楽しみのもう1つ、それは、ホムンクルスの巨大化でーす」
倉庫に集まってブラン君が作ったホムンクルスを見ている私たち。
すでに成人男性並みの体格になっているホムンクルスだが、ここからさらに大きくなると言うのだろうか。
「ちょっと離れましょうか」
ロドルフ様が気の利いたことを言い、皆がブラン君とホムンクルスを囲んだ輪から少し後ずさりする。
「はーい、ホムンクルスを大きくするのに使うのが、この魔石です」
そう言ってブラン君が懐から取り出したのは、片方の手のひらに収まるくらいの玉だ。完全な球体ではなく、正四面体の面をどんどん多くしていったような、正二十面体って言うの? ゴツゴツとしたボールのように見える。
「ああっ、ブラン、お前、それは」
「兄さんが驚いているみたいだね。それもそのはずで、これは我がストルト家に伝わる……」
ここまで快調に話してきたブラン君の動きが止まる。
「どうしましたの?」
「いや、ちょっと目眩がして、ごめんなさい」
私が尋ねると、ブラン君はその場にしゃがみ込んでしまった。キャンディスさんがビンに入った水を渡し、それを飲んで一息つく。
「ごめん、ええと、この魔石はストルト家に伝わっているお宝の1つです。これをホムンクルスの額に嵌めることによって」
そう言いながらブラン君は私が運んだ椅子に乗って、立っているホムンクルスの額に魔石を埋め込んだ。ちょうどくぼんでいるのでぴったり入る。
「ホムンクルスはもう一段階大きくなるし、魔石に込められた魔力に応じてその姿を変えることができるんだ」
ブラン君が椅子から降りたあたりで、ホムンクルスがブルブルと震えだした。そしてあっという間に背丈が伸びていく。
「うわー、こんなの初めて見た……」
誰ともなくそんな感嘆の声が漏れた。
ホムンクルスはいまや2メートルを超える大きさになっている。そして、体全体が硬質化しているように見える。最初は人間の肌の色に近かったが、今はグレーがかってゴツゴツとした見た目だ。
「これが魔石の力で、ホムンクルスは大地の力を得たんだ。ストーンホムンクルスと名付けたよ」
何か凄いことが起きているのだが、私の理解が追いつかない。周りの皆もぽかんとしているわね。情報が一気に出すぎた感もある。とはいえ、このホムンクルスはかなり強そうだ。自由に動かせるのであれば、ブラン君の言っていたとおりモンスター討伐にも力を発揮してくれるだろう。
「それではこの大きくなったストーンホムンクルスを操ってみるね」
そう言ってブラン君はテレパシーによってか、ホムンクルスを動かして壁際にあった木箱を重ねて持たせたり、タルを持ち上げてスクワットさせてみたりした。
サーカスでも観ているような感覚になったのか、「いいぞー」という声や拍手が送られる。
……しかし、ブラン君がうめきながら再びしゃがみ込んでしまったときに、それは起きた。
ホムンクルスの暴走である。
抱えていたタルが後方に放り投げられ、壁にぶち当たって轟音と共にバラバラになる。ストーンホムンクルスは足元の箱を蹴りで破壊し、私たちの方へ歩みを進めてきた。
「な、なんだ!?」
「おい、こっちへ来るぞ」
「迎撃、迎撃だ」
モンスター討伐隊のメンバーの3人が武器を手に取り、ホムンクルスの前に立ちはだかる。
一斉に斬りかかるものの、ストーンというだけあって固いその体は簡単には切ることができない。腕の部分で受け止められて、逆になぎ払われてしまう。
吹っ飛ばされた3人に、少し離れた位置にいたリナリアが駆け寄り、さっそく癒しの力で傷を治し始める。
わ、私も行かないと。そう思ったが、思いのほかホムンクルスが近くまで迫っており、足がすくむ。どうすればいいの……
私の前に誰かが立ちはだかった。ペトロッシさんだ。私を隠すように前に仁王立ちしてくれている。こ、光栄だわ……胸がぎゅっと締め付けられる。
すぐに私の前に来てくれるなんて。こんな時だというのに、大事にされているのだという感覚が私の高揚感を呼び起こした。
しかし無情にもペトロッシさんを障害物と見なしたのか、ホムンクルスが腕を振り上げる。嫌、やめて……!
ザンッ!
何かが切り裂かれる音がした。目を閉じていた私がゆっくりと目を開けると、そこには右手にかぎ爪をつけた、メイドのキャンディスさんの姿があった。
しかもその向こうには、右腕の部分を切り落とされたホムンクルスの姿がある。
キャンディスさんは素早く動き、残っていた左腕を切り飛ばす。さらに背後に回り込んで距離を取り、ホムンクルスが振り向く前に助走をつけて右膝の部分を一閃。右足を切り飛ばしてホムンクルスを倒した。
巨体が倒れ込み、大きな音と共にほこりが舞う。キャンディスさんがすかさずホムンクルスの額部分の魔石を抜き取ったら、巨体はその動きを止めた。
「す、すごいな」
誰かが言う。みんなキャンディスさんの動きを見て言葉を失っていたが、合図だったかのように再び活動を始めた。私はリナリアと共に怪我をした討伐隊を魔法で治す。ロドルフ様はブラン君を床に寝かせて呼びかけている。
「ご、ごめんなさい……毎日うまく動かせていたんだけど、今日は調子が悪くて」
なんとブラン君はこのところ毎日、倉庫でホムンクルスをテレパシーで操っていたのだった。そのたびに精神力が削られていたことは想像に難くない。今日何度か見せた頭痛でしゃがみ込んだのも、頭にダメージが来ていたためだった。
今朝は元気そうだったが、あれはお披露目の当日ということでハイになっていたのだろうか。
そしてキャンディスさん。彼女があれほどまでに強いなんて知らなかったわ。田舎から出てきて、お屋敷に住み込みで働いているメイドだが、実は拳法を使えるらしいと後になって聞いた。
「ブラン様」
キャンディスさんがブラン君の方へ近寄ってきて、厳しい口調で話し始めた。
「今回のこの事態は、ホムンクルスを操るブラン様の精神力が尽きたために起きたものと推察しますだ」
「ぐっ……」
「田舎には私に拳法を教えてくれた師匠がいます。一緒に行きましょう。ブラン様はそこで精神修養をやってくる必要があると考えます」
「なんで僕がそんなめんどくさいことを!」
「ブラン君」
嫌がるブラン君に対して、ここで私が口を開く。
「ホムンクルスを動かすというのは、大変な精神力を使うものなのよね。だからこそ、ブラン君はそこを鍛えてきた方がいいわ。それによってよりうまくホムンクルスを動かせるようになれば、きっとロドルフ様や皆の力になれますわよ」
「う、うん……」
それっぽいことを言ってうまい具合に説得できたようだ。今回の一件では私の活躍の場がなかったので、最後ぐらい年長者らしいところを見せたかったのよね。
魔石を外してもホムンクルスは硬質化したストーンホムンクルスのままになっているようだ。ブラン君によると魔石が入った時の状態で留め置かれるとかなんとか。私には難しいことはわからないけれど。
キャンディスさんがバラバラにしたその体を、皆で倉庫の壁際に寄せた。次にブラン君が動かすまでこのままになるらしい。
「キャンディスさん……ホムンクルスを止めてくれたことは感謝するけれど、僕のホムンクルスをバラバラにしたことについては、僕は怒っているからね」
「はい、そのお怒りは甘んじて受け入れますが、ブラン様には修行を受けていただきますだ」
ありゃー、何か険悪になっているようにも見えますわ。ブラン君は大事に作り上げてきたホムンクルスを壊されたことよりも、むしろ結果的にホムンクルスが暴走して皆の前で恥をかいたことを怒っているようにも見えますけれど。
ともかく皆で倉庫を後にする。私は先ほど、かばう形で前に立ちはだかってくれたペトロッシさんにお礼を言う。
「先ほどは、その……ありがとうございました」
「いえ、当然のことをしただけです。キャンディスさんが出てきてくれて助かりました。あのままだったら私も危なかったですからね」
2人で少し笑う。彼は恥ずかしくなったのか、ちょっと顔が赤くなっている。普段見られない男らしいところが見られてよかったと思った。
◇ ◇ ◇
結局ブラン君はその後2週間にわたって、キャンディスさんのふるさとの山で、彼女の拳法の師匠に修行をつけてもらってきたそうだ。
倉庫を出るときに険悪なムードが漂っていたし、実際に2人で山まで移動するときも会話が少なかったそうだとキャンディスさんから聞いた。
しかし修行自体には効果があったようで、山から戻ってきたブラン君は全身に細かい傷を付けていたが、何かをやり遂げたような達成感からか顔に自信がみなぎっており、特に目がギラギラとしていた。
今後のブラン君の活躍が楽しみだ、って、そういうパワーアップイベントなの? あなた一応乙女ゲームの恋愛対象のはずなのだけれど……




