21.ブラン 朝もはよから
「ついにホムンクルスが完成したんだ!」
ブラン君がそう言って、朝からノックもせずに私の部屋のドアを開けてきた。
今日は仕事がお休みの日。昨日は稽古中だった自警団の中から怪我人が続出し、癒しの力を午後から使いまくったために私の精神力はボロボロだ。回復のために早めに寝ていたのだけれど、起きるのまで早くなってはしんどいのは変わらない。
「ブラン君、レディの部屋にノックもせずに入るのは不躾ですわよ。しかも寝ている女性の……あら、私は昨晩部屋の鍵を閉めたと思ったのだけれど、閉め忘れたのかしら」
「ああ、ここは僕の家でもあるからね。合鍵もあるんだよ」
そう言ってブラン君は鍵束を持ってブラブラとさせる。本質的に私が何を嫌がっているのかわかっていないため、話にならない。私は少しため息をつく。
「ともかく、私の部屋に入る前にはノックしてくださらないこと? で、用事があるのならば身支度しますので、少しお待ちになっていてね」
「なぜノックしなければならないの? なぜ不躾ってことにになるの? どうして入っちゃいけないの?」
「どうしてもですっ」
またブラン君のなぜなぜが始まったが、血圧が上がりそうなのでさっさと切り上げたい。ブラン君にいったん部屋を出てもらい、着替えることにする。
ドアを閉めたがブラン君はドア越しに話しかけてくる。
「着替えたら、屋敷の入口のところで集合だよー」
「えっ、ホムンクルスはブラン君の部屋にあるのではなくって?」
「今日は倉庫でやるよー」
移動することになるとは思っていなかった。急いで身支度を終えて部屋を出る。そういえばまだ朝食も食べていないなあ、とここで思った。
屋敷の入口にはすでに何人も集まっていた。さすがに領主の弟であるブラン君の呼び出しだと、よほどのことがなければ断れないのだわ。
そこにいたのはロドルフ様、ペトロッシさん、メイドのキャンディスさん、討伐隊で見知った顔が数人、そして驚いたことにリナリアもいる。
「リナリア、あなたもブラン君に呼ばれて?」
「昨日彼がレストランまで来てね。ホムンクルスのお披露目をするからぜひ来てくれって」
「レストランの勤務は?」
「今日はお休みをいただいたのよ。ブラン様から呼ばれましたって言ったら簡単に休みくれたわよ」
リナリアは意外と付き合いがいいなと思ったが、よく考えたらゲーム内でもこのイベントがあった気がする。
ん、ゲームのイベント……確かこのイベント自体はうまくいかなかったような覚えがあるのだけれど。具体的にどううまくいかなかったのかしら。
その部分の記憶にもやがかかっているようで、思い出せなかった。まあ、何かあっても『癒し手』がリナリアと私の2人もいるし、大丈夫よね……
◇ ◇ ◇
屋敷を出て30分ほど歩く。ロドルフ様とブラン君は馬車に乗っており、それ以外は徒歩だ。ちょっと歩き疲れる。
「皆様、朝食がまだの方はパンを持って参りましたので、どうぞ」
ありがたいことにキャンディスさんが朝食を準備してくれた。さっそく私はいただく。見るとロドルフ様とブラン君以外全員が食べている。ずいぶん急いで出てきたものだわ。
目的地らしき港近くの倉庫に案内された。
「ここは港湾倉庫で輸送にかかる品物を置いていたのですが、最近新しい倉庫が建ちましたので、使われなくなってきています」
ペトロッシさんが説明してくれた。そして鍵も彼が持っており、ガチャリと音がして扉が開いた。
「中に入ろう」
促すブラン君を先頭に全員で入っていく。
中は荷物置き場になっているスペースがあるのみで、散らかってはいない。何かやるには十分な広さだ。
ブラン君が頼んで、ペトロッシさんとキャンディスさんが壁に立てかけてあったテーブルを持ってくる。私は同じところから椅子を持ってきてみた。
「さて、ホムンクルスについては皆にたまに説明していたんだけど、改めて話しておくね。人工の生命体で、こうやってフラスコに材料を入れて時間をおくと、生命が宿るんだ」
そう言ってブラン君は持ち込んできたフラスコをいったん掲げて、静かにテーブルの上に置いた。なるほど、フラスコの中央部分に人の形をした何かが見える。
……はっきり言って驚いた。全員が息を呑む。おおっ、という感嘆の声が聞こえる。
ブラン君は先ほどさらっと言ったが、こうして発表するに至るまでには研究にかなりの時間を費やしてきたことを私も知っている。
「よーし、安定してきているな。みんな、これで終わりじゃないよ。なんでわざわざ倉庫に来てもらったと思う? ホムンクルスがここから大きくなるんだよ」
そう言ったブラン君はフラスコを逆さにして、中に入っていたホムンクルスを手で受け止めた。ちょっと口の部分が大きいフラスコだと思っていたけれど、中のものを出すためだったのね。
ブラン君はホムンクルスをそっとテーブルの上に置く。
すると、それまで動いていなかったホムンクルスの背中辺りがビクンと震え、徐々にその大きさが変わっていく。
体育座りのような姿勢のままのホムンクルスは、成人男性と変わらないような大きさとなった。そしてゆっくりと動作を始めてテーブルから降りて、そのまま屹立する。
「ブラン、これは凄いですね。だけど、ここからホムンクルスを動かしたりはできるのですか」
皆があっけにとられてホムンクルスが大きくなって立つ様子を見ていたが、最も早く口を開いたのはロドルフ様だった。冷静ね。あまり驚いていないのかしら。
「できるよ。ホムンクルスは厳密には生き物ではないので、勝手に動き出すことはないんだ。今のも僕が動かした。方法は『精神感応』さ」
「聞き慣れない単語ね」
リナリアが話しかける。
「つまりテレパシーだよ。研究していてわかったんだけれど、ホムンクルスの近くにいると僕の頭の右側を偏頭痛が襲うんだよ。これはホムンクルスと僕の脳の波長が合っている合図なんだ。このときにホムンクルスにいろいろと命じると、その通りに動くんだ」
わかったようなわからないような話だが、ブラン君が本の読み過ぎでおかしくなってしまったのかとは思わない。先ほどホムンクルスが立つのを見たからだ。
「今日はホムンクルスが完成したことを皆に見てもらったけれど、お楽しみはもう1つあるんだよ」
ブラン君がニヤリとした笑みを皆に向けた。




