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20.ジョハンナ もっとほめてもっとほめて

 ヤムシブさんが去り、部屋には私とロドルフ様、ペトロッシさんの3人が残された。


「ジョハンナさん、今回はいろいろと手を打ってくれたようで助かりました」

「いえ、皆さんのために当然のことをしたまでですわ」


 ロドルフ様がお褒めの言葉をくださる。もっと言ってもっと言って。


「ですが……委任状があるからといってヤムシブさんに契約書通りの違約金を払うように迫るのは、かなり危ういですね」

「えっ!?」


 お褒めの言葉が続くのかと思ったら、ダメ出しが来そうな流れで驚いてしまった。


「もともとモーヤン氏が存在しないわけなので、この契約自体が無効となる可能性の方が大きいですね。ヤムシブさんに契約無効の主張をされたら、そもそもの契約書にこうあるから、というのが根拠にできません」

「は、はい。そうですわね」


 あれれ、雲行きが怪しいわ。


「ですから契約外のところで、賠償金を取れるかどうかの問題になってくるでしょう。その場合は裁判に持ち込むしかないために時間と費用が掛かります。私としてはもう彼とのやり取りは避けたく思いますから、できればそうなるリスクは取りたくなかった」


 こんなに穴を突いた発言をしてくるロドルフ様は初めて見た。先ほどの脅しめいたセリフといい、やけに理知的。今日はどうなさったのかしら。


「まあ、そうは言いつつもジョハンナさんは本日はよくやってくれましたね」


 そう言ってにっこりと笑い、ロドルフ様は自室へと引き上げていく。

 私がきょとんとしていると、残っていたペトロッシさんが笑いかけてきた。


「あはは、ロドルフ様はその気になって鋭いことを言い出しましたね」

「その気になって……?」

「最後にヤムシブに追い込みをかけたセリフ、あれ実は、昨日ロドルフ様と打ち合わせしましてね。私がおおまかな台本を全部書いてたんですよ。それを事前に読んでもらい、念のために手の中に忍ばせておいてもらったんです」

「はあ……」


 私の知らないところでもいろいろと起きていたらしい。


「ジョハンナさんが勝ち確定になったと思しきタイミングでロドルフ様に台本通りに喋ってもらうよう、段取りしていたというわけです。結構、内容を覚えていただいていたようなので、カンニングペーパーも必要ありませんでしたかね」

「そうでしたのね。ロドルフ様、あんなに怖い感じで話すこともできるのかと驚きましたわ」


 私は本当に驚いていたので、ペトロッシさんの筋書きも介在していたことに納得した。


「私が彼を断罪しようとしても所詮は執事。場を納めるには力不足です。ですが権力のあるロドルフ様が出てくればまた効果も違います」

「確かにそうですわね」

「それにしても、ロドルフ様にはなるべくドスの利いた有能上司みたいな感じでお願いしますと言っていたのですが、後からジョハンナさんにまでそのノリで指摘してくるとは思いませんでしたね」

「ええ、本当に! 面食らいましたわ。ふふっ」


 私はペトロッシさんと2人で笑い合う。


「改めて、ジョハンナさんの鋭い着眼点と行動力があったので、私もロドルフ様も騙されずにすみました。ありがとうございます」

「いえ、そんな……」

「私もジョハンナさんを見習って、もっと物事の裏について考えてみるような習慣づけを行うようにしたいですね」


 ペトロッシさんが真面目な顔でお礼の言葉を言ってくるので、ちょっとドキッとしてしまった。やっぱり真面目系イケメンね。こうして率直に褒めてくれるとやっぱり気分は上がる。

 ロドルフ様からはいまいち評価された感じがしなかったけれど、こっちで褒められたからよしとしようかな。


「ああ、短い時間だったけど疲れたわ」


 私は自室に戻り、安堵しつつこの1件のことを思い返していた。


 今回のヤムシブさんの作戦は、契約書をロドルフ様だけが読んでいたらうまくいっていたと思った。つまりはロドルフ様の読解力のなさに依存して不利な契約で嵌めてやろうとしていたのだ。


 実際に途中までは彼の思惑通りに進んでいた。契約書を読むのに慣れているレジスが不在の瞬間に屋敷を訪れたのはたまたまかもしれないが、結果的に功を奏していた。


 土地を売る気満々だった上に面倒くさがりのペトロッシさんは契約書の内容まで吟味しなかったし、ロドルフ様は自分だけが読むと言って私が読むことすら許さなかった。もちろん他の使用人にも契約書は読ませなかっただろう。


「しかしロドルフ様の本心は、わからずじまいだったわね」


 土地を売るか売らないかについて、私が尋ねてもロドルフ様がはっきりした返事をしなかったのはなぜだろう。自分の土地のことを身内以外に教えたくなかったのだろうか。

 あるいはただ単に、契約書を読んでも損か得かもよくわからなかったので答えられなかった、ということはないだろうか。


 最近どうもこのような考え方が多くなっているのが自分でもちょっと嫌だが、先ほどみたいに鋭い指摘をしてくるのが、もしかしたらロドルフ様の真のお姿なのかもしれない。

 近くにいるペトロッシさんすらも欺くロドルフ様の隠れた有能さが、今日は見られたのかも!?


 まあ、どっちでもいいわ。


「今度面倒ごとが持ち込まれたら、ロドルフ様がどのように対処なさるのか見てみたいわね」


 急に眠気が来たので、私は自分がビシッと決めたシーンを反芻しつつ、眠りについた。

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