17.ジョハンナ 契約を怪しんで動きまくる
ヤムシブさんがやってきた翌日。
寝る前には、彼が持ち込んできた契約について悩んでも仕方がないと割り切ったつもりだったが、起きて早々再び不安な気持ちになってきた。
私はペトロッシさんに相談することにした。
「何をそんなに不安がってるのかわかりませんが……」
「ロドルフ様と確執があった相手が持ち込んできた取引なのですよ。何か裏にあると考えた方がいいと思いますわ。ヤムシブさんの身辺調査とかはできないでしょうか」
「一週間以内に契約を決めなければならないのですし、身辺調査は無理ですね。あの土地はモンスターがねぐらにしているのですから、買い取る人がいるならばさっさと売り払った方がいい。あの提示金額ならば儲けが出るほどです。願ったり叶ったりだ」
ペトロッシさんはよほどあの土地を手放したいらしい。その心がはやるあまりに細かなところに目端が利いていないのではあるまいか。
「それに、最終的にロドルフ様が契約内容を確認して取引を行うかどうかを決めるのだから、我々が気にしても仕方ないでしょう」
そのロドルフ様の判断力が問題なのよ……
そう思ったが、雇い主を貶すようなことを執事に言うわけにもいかない。こうなったら、ロドルフ様に直接聞いた方がいい。
◇ ◇ ◇
「昨日ヤムシブさんから預かった契約書ですか? お見せできませんね」
その足でロドルフ様の執務室へ向かった私は、ヤムシブさんが持ってきたモーヤン氏との契約書内容を確認したいと伝えた。しかしロドルフ様から帰ってきた言葉は、このように意外なものだった。
「な、なぜでしょうか、私も契約内容を確認した方がよいかと思うのですけれど」
「ジョハンナさん、昨日のヤムシブさんが言っていたことを聞いていたのですか? 彼は『契約書は必ずロドルフ様の方で確認してください』と言ったのですよ。ですから、私が確認しなければなりません」
うーん、また理解に苦しむことを言い始めたぞ。
「それならば、ロドルフ様も確認して、そのあとに私も見た方がダブルチェックになりますし……」
「いえ、『そちらのお嬢さんに代わりに見てもらうことはないとは思いますが』とも言っていました。ですからジョハンナさんにはお見せできないというわけです」
ロドルフ様の話は理屈になっていないような気がする。そもそも私が見ては駄目だとヤムシブさんが言った理由も明確でないのに。
しかし、彼に理屈の説明をしてもわかってもらえないように思うので、ここはこちらも無茶な理屈で対抗だ。
「い、いえ、私ではない方が契約書を見せてほしいと言っているのでした」
「ほう? それは誰でしょうか」
「レジスさんです。レジスさんはご友人としてロドルフ様が重要な決断をする手助けをしたいとおっしゃっていました。ですから契約書を見るのに慣れている自分にも確認させてほしいと。彼については、ヤムシブさんも契約書を見せては駄目だとは言っていませんでしたよね。」
考え込むロドルフ様。私がレジスの名前を出したのはこの場での思い付きであり、この話はもちろんレジスにはしてはいない。契約書を無事に確認出来たら、あとでレジスに口裏を合わせてくれるよう頼んでおこう。
「……レジスですか。なるほど、それならばヤムシブさんの言うことにも反していません。わかりました」
よかった!私も一安心だ。
ロドルフ様は机の上にあった書類の中から昨日預かった契約書らしき紙を出してくる。そして封筒を準備している。うん、これに契約書を入れて持っていくってことなのね。
あれ? 封筒を糊付けして、何かハンコを押しているみたい。……これは封緘印!?
「あのー、ロドルフ様、その封筒に押されたハンコは」
「レジス以外の人がこれを読まないように、封印しているのです。当然ながらレジスのところに封筒が届いた時点で、封印が破られているようなことがあれば重大事件となります。あとでレジスに、この封筒が破られていなかったか確認しますので」
な、なんなのよこの人は……!
これでは私がこっそり封筒の中身を見ることもできない。変なところで愚直に進めようとしているその姿勢にだんだんといら立ってきた。
◇ ◇ ◇
「それで、わざわざ俺が取引先に会いに出張しているこの街まで、急いで馬車でやってきたってわけか」
ロドルフ様の屋敷を出てレジスの家まで向かったが、彼は取引先に会いに前の日からすでに出発していたと聞いた。私は大急ぎで馬車を手配し、行先であるリンベルの街まで向かったのだった。
もちろん契約書が入った封筒は封印がされたままだ。要するにレジスが読んでいるところで一緒に確認してやれと考えたのだった。
彼が宿泊している宿でようやく再会できた。レジスが少し呆れた表情をしているのは想定済みだ。しかしそこにはレジス以外にも意外な人物がいた。
「ジョハンナ、あなたそんなにレジスと私の仲を邪魔したいわけ?」
うう……出た。やたらと気が強く、私に本音をぶつけてくる主人公。ゲーム『グレイスフル・ランデブー』の主人公であるリナリアだ。
彼女がこのリンベルの街にいる理由は明らかだ。レジスに同行して町まで来ていたのだった。これ自体はゲーム中のイベントの中に含まれていたため、私もプレイ中に見たことがあったような気がする。
海に近いこの町は、沈んでいく夕日をとても綺麗に見られる。レジスがその景色を見せたいと言って、仕事にかこつけてリナリアを誘ってくるというイベントがあるのだ。
今はレジスの部屋に3人集まって話をしている。
「レジス、あなたまさかリナリアさんと同じ部屋で寝泊まりを?」
「だあっ、違うよ。さすがにそこまでは考えてなかった。これはマジな話だ」
「あたしは構わないんだけどねー」
出張先に仲の良い女性を同行させるという、会社だったらコンプライアンス的にどうなんだということをやってのける大胆さもあるが、肝心なところは奥手なのがレジスらしい。
なぜか私は少しホッとしてしまった。これはおそらくレジスルートでリナリアがグッドエンドになると、悪役令状の私が悲惨な目に遭うのだが、まだグッドエンドまでは遠そうだから安堵したのだろう。きっとそうだ。
レジスには土地売買契約の事情を話した。リナリアも一緒の部屋にいるので話を聞いている。彼女もこの話にかなり興味を持っているようなので、混じるのは仕方がないわ。
「……なるほど、ヤムシブには何度か会ったことがあったが、あんなことがあったのにロドルフの屋敷に来るのはなかなか厚顔というか、あるいは恨みでもあるのか」
「そいつ怪しいわよ。あたしだったら絶対にロドルフ様を嵌めるために準備してやってくるな。ついでにペトロッシさんも一緒に破滅させてやったら面白いよ」
巻き添えにされるペトロッシさんについては気の毒だが話を進める。私はロドルフ様から預かった契約書入りの封筒を出す。
「おおっ、さっき言ってた封印がこれか。ロドルフもいろいろ考えるな」
「あたしが破ってあげよう」
リナリアがいきなり手を伸ばすので、私は慌てた。
「ちょっと待って、ロドルフ様にはレジスにだけ見せるという約束でこれを借りてきたのよ。いきなりあなたが読むのはまずいわよ」
「んー? 大丈夫でしょ」
きょとんとした顔のリナリアだ。
「だって、私がこれを読んだってロドルフは許してくれるし」
……この娘、自分がロドルフ様に好意を抱かれていることを知っていて、それを利用しようとしている。言動に子どもっぽいところはあるが、かなりしたたかな一面もあるわ。私もいつ何かに利用されるかわからない。
「まあいいや、ではリナリアから契約書に目を通してもらうことにしよう」




