16.ジョハンナ 相手にすごむペトロッシの態度に驚く
「それでヤムシブさん、今日は何の用事なのですか」
「いえ、へへへ、ロドルフ様もお元気そうで。皆さんもお変わりございませんかねえ」
突然お屋敷を訪れた小柄な男性。ロドルフ様とは旧知の仲であるようだ。
屋敷にも来たことがあるのか、ロドルフ様の後ろに付いてくるようなそぶりだが、キョロキョロすることもなくスタスタと応接室までやってきた。
応接室ではヤムシブさんの他にロドルフ様、執事のペトロッシさん、そして私が入った。私がこの場にいるのは少し不思議だが、財産に関する話だということでペトロッシさんが私の同席についてロドルフ様に進言したのだ。
ヤムシブさんはロドルフ様の方を見るだけで、私の方には目もくれない。要するにいないも同然の扱いだ。軽く見られたものね。
ところでヤムシブという名前には聞き覚えがある。さっきのペトロッシさんとの会話の中で出てきたからだ。
確かロドルフ様のお父上の代から、領地の財務関係を任されていた男性ということだった。横領の疑いがかかってロドルフ様に首にされたんだったわね。
ペトロッシさんの方を見たら目が合った。唇を「この人が?」と動かしてみたところ、頷かれた。
「ヤムシブさんと会うのは久しぶりですね。最近はどんなお仕事を?」
「いろいろ手広くやらせてもらってますがね。最近はお得意様への仕事の斡旋とか、交渉ごとの仲介とかもしてますよ」
自分で首にしたはずのヤムシブさんを目の前にしても、ロドルフ様は全く臆するとか後ろめたさを見せる様子がない。彼を首にしたいきさつとか、もしかしたら自分が彼を首にしたことすら忘れているのかもしれないけれど。ロドルフ様の場合はそれがあり得るから怖い。
口元を右手で覆っているため感情を読み取るのが難しいわ。切れ長の目で相手を見据えているのは泰然自若としていていいと思う。
一方のヤムシブさんも、ロドルフ様に恨みを抱いていてもおかしくないはずだけれど、そんなそぶりも見せない。遺恨が全くないとも思えないのだけれど。
「実はその仕事の関係で、本日はロドルフ様に取引のお話を持って参りました」
「ふむ、どういうことでしょうか」
「はい、私のクライアントでモーヤンという方がおりまして、彼がロドルフ様の所有する土地を売ってほしいと言っております」
「土地ですか……」
ロドルフ様が眉をしかめた。自分の土地を売るのが嫌だからではなく、判断が難しそうな案件が来たのでそれが面倒だと思ったのだろう。
「場所はバスクの森の、隣の領地と境になっているあたりです。広さは……」
ヤムシブさんの言う、対象の土地の面積と提示金額を聞いて私は驚いてしまった。土地の相場には詳しくないが、森の一部を売るだけにしてはずいぶんと高い金額に思えた。
そして私はあることを思いだした。
「えっ、森のあのあたりって……」
思わず小声で呟いてしまった私を、ペトロッシさんが手で制する。
「ん? そちらのお嬢さんはどうかされましたかね」
「い、いえ、私の勘違いです。失礼いたしました」
私が反応したのには理由がある。以前のモンスター討伐会議で聞いていた話だが、この土地近くにはダンジョンの入口があり、モンスターが無限に湧き出てくる危険地帯になっているのだ。
しかもモンスター達はバスクの森の方へやってきて、ちょうど売買対象になっている土地周辺をねぐらにしている。ちなみに乙女ゲーム主人公であるリナリアが記憶喪失状態でロドルフ様たちに発見されたのもこのあたりだ。
「しかし、そのモーヤンという方はなぜあの土地が必要なのでしょうか」
ペトロッシさんが問いかける。彼も金額や場所について疑問を感じているのだろうか。
「さあ……私は依頼を受けて動いているだけでございまして。そこで何か珍しい果物でも採れるのではないでしょうかね」
「ほう」
そんなことでわざわざ森を買うかしら? どうも目的が見えてこないわ。
少し考えたような表情になるペトロッシさん。一方、ロドルフ様は顔をしかめたままだったが、口を開いた。
「返事はいつぐらいまでにすればいいのでしょうか?」
「そうですね。さきほどの話を書面にした契約書をここでお渡しいたしますので、契約しても問題なければ、署名をお願いいたします。モーヤン氏側の署名は済んでおります。一週間後に取りに伺いますので」
「わかりました」
契約書を受け取るロドルフ様。
「ああ、それと、契約書は必ずロドルフ様の方で確認して署名してくださいね。ペトロッシ殿やそちらのお嬢さんに代わりに見てもらうことはないとは思いますが。お父様もかつてはしっかりご自身で確認していらっしゃいましたし」
ヤムシブさんが念を押してくることに妙な引っかかりを感じる。彼からすると過程はどうあれ、ロドルフ様の押印があれば契約成立して、報酬ももらえるということになるのではないのだろうか?
「それでは私は今日のところは失礼いたします。時間を取っていただいてありがとうございました」
席を立ち、屋敷を出て行こうとするヤムシブさんだったが、出口の扉の前でペトロッシさんが呼び止める。
「ああ、ヤムシブさんちょっと待ってください」
「はい?」
「あなたに聞き忘れたことがありましてね。すぐ済むのでこちらに来てくれませんか……ああ、私の方で彼に少しの用事があるだけなので、ロドルフ様とジョハンナさんは戻っていてください」
そう言ってペトロッシさんはヤムシブさんを連れて廊下の奥の方へ向かう。ロドルフ様はスタスタと自室へ戻っていくので私も行こうとしたが、ドガッという壁に何かを打ち付けるような音がしたため、そちらへ向かった。
音の出所がペトロッシさん達が行った方向なのでちょっと嫌な予感はしたのだが……
彼がヤムシブさんの胸ぐらを掴んで壁に押しつけているのが見えた。長身のペトロッシさんと小柄なヤムシブさん。身長差があるのでいじめが行われているようにも一瞬見えた。
「モーヤンという人の本当の目的は何なんです? 買いたいと言ってるのはただの森ですよ? 何か裏がありますよね? あなた何か知ってますよね? 知ってるよな?」
「や、やめてくださいよ乱暴は。昔のあなたはそんな喧嘩っ早くなかったと思いますよ」
「馴れ馴れしいことを言うものですね。とにかくモーヤンが土地を必要とする理由がわからないのなら、あの土地も売るわけにはいきません」
胸ぐらを捕まれたままのヤムシブさんは目をそらして少し黙ったのちに、観念したように口を開いた。
ペトロッシさんが荒い口調で喋るのを初めて聞いて、私は動悸が激しくなってきた。いつも優しかった彼だけれど、怒るとああやって責めるような態度も取るのね。彼を、怒らせたくない。
気を落ち着かせたかったが、ともかく物陰に隠れて話しの続きを聞くことにした。おそらく重要な話だ。
「実は、あの森の近くにダンジョンがあるんです」
「ああ、そんなことは私も知ってます」
「ダンジョンからモンスターが出てきているのですが、それを王国側がよく思っていないのです。ダンジョン近くに砦を築いて戦士達を常駐させ、モンスター退治にあたるという計画があるらしいと聞きました」
「初耳です。いい情報網ですね」
「あくまで噂ですから」
私もそんな話は初めて聞いた。ただ王国側がダンジョンの対処に当たってくれるのならば少し安心できる。私の『癒し手』としての需要はなくなるかもしれないが。
「モーヤン氏は砦に常駐する戦士達向けの商売を考えてまして、そのために近くの森を切り開いて店を開くつもりみたいです。これも本人に聞いたわけではなく、彼の机の上にあった計画書をたまたま目にしただけですが」
「なるほど、そういう裏があったのか。だが、あの周辺の土地を持っているのはロドルフ様のストルト家だけではないでしょう。領土が隣接するアゴスティニ家の土地でもいいはずです」
またヤムシブさんが考え込む顔をする。
「うーむ、実を言うとロドルフ様が交渉相手ならば、前に私を首にしたという負い目から、すんなり交渉に応じてくれるかと思ったんですよね。私はアゴスティニ家とはつてがないですし」
「まあ、わからない話でもないですね。だが私が話を聞いてしまったからにはそれをロドルフ様に報告しますよ」
「ええ、私に止める権利もないですからね。では、もうお暇してもいいですかな。いいお返事を期待しておりますよ」
すでにペトロッシさんは胸ぐらを掴んでいた手を放していたため、ヤムシブさんはすっと彼の横を通っていく。私は思わず身を隠すが、特に気にした様子もなくヤムシブさんは屋敷から出て行った。
私はペトロッシさんの方へ駆け寄る。
「ジョハンナさんも話を聞いていたんですね。すみません、お見苦しいところをお見せしました」
「いえ……ちょっと驚きましたけれど。あの、こんな契約、受けないですよね」
「ん? なぜそんなことを言うのですか?」
「単に直感的なものなのですが……モーヤンという人がその土地に店を建てて設けようとしているなら、むしろそれをさせずにロドルフ様達の方でその土地に店を建てた方がお金が入るのではないでしょうか」
私がそう言うと、ペトロッシさんは少し笑う。
「まあ、それも一つの考え方ですよ。私はむしろこの件はいい話かと思っています」
「というと?」
「森のあのあたりって、モンスターがねぐらにしているんですよ。前にお話ししましたからご存じかと思います。モンスター討伐もあまり成功していないし、そのモーヤンっていう人があの土地に何か建てるのならば、モンスターの処理もしてくれるでしょうから、こっちの手間が省けることになります」
「そううまくいくでしょうか……?」
「まあ、最終的にはロドルフ様が契約書を読んで決めることですけれど」
ペトロッシさんの見通しには何か問題があるような気がしたが、私は上手く言語化できないままこの日はここで話が終わった。
まあ、彼のいうとおりロドルフ様が決定することだし、あまり悩んでも仕方ないわよね。
でもロドルフ様、ちゃんと契約書を読むのかしら?




