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14.リナリア 勤務先に知った顔が来て驚愕する

 ロドルフ様の領土内にある街。その中にあるレストランでリナリアは働いている。家も近くに借りているそうで、生活費も家賃も自分で働いて稼いでいるのだ。


 ゲーム『グレイスフル・ランデブー』の主人公であり、最終的にダブランド家の侯爵令嬢であることがシナリオで明かされるリナリア。令嬢の立場でもレストランの給仕係をすることを自分で決め、労働に従事するというのは客観的に見ても感心なことだわ。


 まあ、令嬢であることを本人は忘れているのだけれど、社会慣習上、労働の対価として賃金を得るということが知識としてあるので、それを自分もとなったのかもしれない。


 ということで、今日は私の仕事がお休みであるため、リナリアが働いている様子を見に勤務先のレストラン『サンピラー』で昼食をとることに決めた。名前の意味は日の出や日没頃に見られる太陽の光の柱だろう。


「ネーミングはかっこいい気がするけど、料理の内容は想像が付きませんわね。ともかく、入りましょうか」


 扉を開ける。


「いらっしゃいませぇー……えっ」


 レストランに私たち3人( ・・・・・)が入るやいなや、元気よく接客の挨拶をしたリナリアの表情が無感情→上機嫌→困惑へと変わっていったのはなかなか見応えがあった。

 そう、客としてやってきたのは、ロドルフ様とペトロッシさん、そして私なのだ。ちなみに入ったのはペトロッシさん、ロドルフ様、そして私の順だった。


 空いている席に着いた私たち3人にすぐさまリナリアが近づいてくる。そして私に小声でこう言った。


「ちょっと、なんでロドルフ様がこんな街中の一般人向けのレストランに来るのよ?」

「あら、ロドルフ様と親しくなろうとなさっている割に、調べが足りないんじゃなくって? ロドルフ様は少し前まで一般に混じって学校に通っていらしたのよ。ご学友とこうしたレストランで食事するのは自然なことではなくって?」

「そ、そうだったの」

「学校では他の貴族の子女との人脈も作れますから、最近は個人教育以外にこのパターンも増えてきているのですわ」

「勉強になったわ……」


 私も合わせて声のトーンを落としてリナリアと言葉を交わす。ああ、今の私ってちょっと悪役令嬢っぽかったわ。慣れないけれど面白い感覚。

 複雑な表情のリナリアだったが、すぐに接客業としての本分を思い出して笑顔になった。


「ご注文はいかがしましょう」

「私はアボカドポークジンジャー丼にします」


 ロドルフ様がすぐに決める。アボカドの食感とショウガの甘辛い感じがマッチしていそうだ。


「私はなすとミートソースのラザニアで」


 ペトロッシさんはなすとチーズをこんがりと焼く料理だ。


「じゃあ私は、冷製トマトのアクアパッツァにしますわ」

「かしこまりました、少々お待ちくださいませー」


 私は煮崩れしたトマトと魚の料理。

 それぞれの注文が決まったので、いったん待つことになる。


「リナリアさんはレストランの制服もよく似合いますね」

「はあ」


 ロドルフ様が、注文を取ったり料理を運んだりして店内を歩く彼女の姿に見とれている。気のない相づちをうつ私。彼女と出会って間もないけれど、ロドルフ様がこんなにご執心になるものかしら? ちょっと面白くない。


 少し経つとリナリアではない女性店員がそれぞれの料理を運んできてくれ、私たちはしばし楽しい食事の時間を過ごしていた。


「ジョハンナさんが突然、ロドルフ様と私をお食事に誘ってくれるものですから、驚きましたよ」


 そう言うペトロッシさんは笑顔だ。彼ぐらいイケメンならば女性からの誘いも多いものと思うけれど。今日は私とロドルフ様との食事という組み合わせが珍しいのでちょっとテンションが上がっていそう。

 見目麗しいロドルフ様もいるし、3人掛けのこのテーブルが店内でもひときわ華やかだ。私が一番地味じゃないかしら。


 ガッシャン


 ちょっと浸っていた私だったが、食器が割れるような音がして現実に戻る。音がした方に目を向けると本当に食器が割れていた。料理を運んでいたリナリアが転んで、お客さんに熱いスープがかかってしまったのだ。


「あっち、あっちい!」


 見るとそこには腕に熱いスープをかけられて苦悶のうめき声を上げる男性と、その隣で顔面を青白くして棒立ちになっているリナリアの姿があった。

 運んできた熱々のスープをお客さんにこぼしてしまったのは明らかだ。一緒に来ていた奥さんらしき女性もおろおろとしている。


「大変っ」


 私は急いで悶える男性に近づく。彼は服の上からスープを被ってしまっており、急いでその服を脱いでいる。


「私、治せます、任せてください」


 そう言って男性の腕に私は手をかざし、魔力を集める。癒しの力だ。幸いにして表皮までの火傷だったと見え、炎症ができていた部分が徐々に治っていく。この分なら痕も残らなさそうだ。


「おお、痛いのが消えていったよ。凄いなお嬢ちゃん。魔法かい」

「ええ、お役に立ててよかったですわ」


 そこへレストランの店長が急いで男性のところへやってきて、リナリア共々平謝りを始めた。私はそっと自席の方へ戻る。リナリアは唇を噛んでいる。


「ジョハンナさん、ああいう場面で迷わず治療しに行かれるんですね。凄いなと思いました」


 ペトロッシさんは感心した表情で褒めてくれる。褒められるのは嬉しいものだわ。


「ジョハンナさん」


 あら、ロドルフ様も話しかけてくれますの。もしかしてロドルフ様もさっきの私の行いを褒めてくださるのかしら。照れるわね。


「あの、入口のドアを開けておいた方がよいでしょうか」

「……はい?」

「ですから、火傷をしたあの方がドアを開けるのに困るかと思って、ドアを今のうちに開けておいた方がよいのかと考えたのですが」


 うーん、また脈絡のない話を始められた。

 私が治療して火傷は治ったのでドアは開けられると思うし、そもそも奥さんと思しき女性と一緒に来店しているので、ご本人がドアを開けづらくても奥さんが開けてくれるんじゃないかしら?

 いろいろ考えたが、どう言ってわかってもらうべきか思いつかないので、そうですねという相づちをするにとどめた。


 予想外の出来事はあったものの、私たちはご飯を食べ終えた。


 今日のお昼はペトロッシさんがお金を出してくれると言うことなので、お言葉に甘えてレストランの出口で待っていようとしたところへ、リナリアが近寄ってきた。


 ああ……よく考えたら、ゲーム『グレイスフル・ランデブー』では本来こうした場面では主人公のリナリアが怪我人を治して、攻略対象たちの好感度を上げていくのよね。私、余計なことしたかしらと一瞬ドキリとした。


「その、さっきはありがとう。素早く治療してくれて助かったわ」

「えっ……いいえ、困ったときはお互い様ですわ」


 意外にもお礼を言われてしまった。やはり私のしたことは間違っていなかったみたい。なんとなくいい気分で今日は眠れそうね。


「私、普段失敗することなんかないから、あんな時にどうしたらいいかわからなくなっちゃったのよね」


 ん?


「そ、そうなのね。まあ、人間誰しも失敗はするもので……」

「あなたは失敗からのリカバリーには慣れていそうね」

「それ褒めてないでしょ」


 ビシッと言ってやった。言った後で、本気の文句として受け止められたかと焦ったが、リナリアはクスッと笑った。どうやら冗談だったようだ。


 まあ失礼なことに変わりはないけれどね。ただ今回の一件で少し彼女と打ち解けられたような気がした。それでOK。やっぱりいい気分で寝られそう。

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