12.乙女ゲーム主人公 登場
モンスター討伐に向かっていたロドルフ様たち一行。彼らが領土内の森にて、怪我をした女性が倒れているのを発見したとの一報がお屋敷に届いた。
ロドルフ様たちがその女性を連れ帰ってくるようなので、こちらの屋敷側は受け入れ態勢を整えておくことが求められている。
ちょっと気になることはあるが、私の癒しの力を使うことになりそうだ。少し緊張してきた。
しばらく屋敷のエントランスでペトロッシさん達と待っていると、討伐隊の兵士の男性に背負われて、主人公と思しき女性が屋敷にやってきた。長い金髪の女性だ。目を閉じており、眠っているように見える。
後ろからロドルフ様も入ってくる。モンスター討伐の前に女性を発見したようなので、討伐隊は誰も怪我をしていない。
「ロドルフ様、お帰りなさいませ」
「あ、ジョハンナさん。はい。女性を連れて帰ってきました」
見ればわかることを言うロドルフ様である。
女性が屋敷内の医務室に運ばれ、ロドルフ様、ペトロッシさん、私も同行する。いつから来ていたのか、ブラン君も後ろから付いてくる。
寝台に寝かされた女性。まだ気を失ったままであるようだ。胸が規則正しく上下しており、眠っているだけのようにも見える。
ペトロッシさんが手早く傷薬や包帯などを棚から取り出してくる。私も治癒魔法学校での経験を活かして、まずは怪我の箇所の確認を行うことにする。
「腕に怪我をしていますわ。他は……特に目立った外傷はなさそうに思えます」
「それはよかったです。もしかしてジョハンナさんの癒しの力で、この怪我も治せたりするのでしょうか?」
「はい、できると思います」
ロドルフ様の問いかけに答える。
やはりここでも私の力を使う機会が訪れた。お屋敷に雇われてからはモンスター討伐自体は今回が初であるため、怪我の治療と言っても屋敷やその周辺で起きた訓練での負傷や日常生活における怪我などが対象だった。
モンスターに怪我を負わされた場合の対処って、初めてね……
「では……」
女性の左腕の傷ついた部分に私は手をかざす。そして口でブツブツと唱えながら指先から癒しの力を彼女に送り込んでいこうとしたが……女性の方が先に目を覚ましてしまった。
「えっ、あんた誰? 何する気? 魔法? いや、そういうのはいいから」
「えっ」
彼女は私の手を振り払う。目を覚ましたばかりだというのに勢いのある女性の物言いに面食らって、私の手が止まる。
「腕痛いなー。治そうとしてくれてるんだろうけど、この程度の怪我ぐらいは自分で治せるから」
そう言った女性の右手から光が放たれる。彼女はその手を自らの左腕の傷のところにかざしたところ、なんとみるみる傷が塞がっていくではないか。
ロドルフ様もペトロッシさんもブラン君も、私ではなく金髪の女性の魔法によって傷が治っていく様子に見とれているようだ。
「あなたも『癒し手』なの……?」
声を漏らす私に女性が答える。
「うん。さっき魔法をかけようとしていたところからすると、あなたも癒しの力を持ってるみたいだね。でももう治っちゃったから、あなたは何もすることないよ」
もうちょっと言い方があるんじゃないかと思ったが、私はこの女性について核心に迫ることを思いだしていたため、いちいち物の言い方にこだわるのはやめておくことにした。
「いやあ、目が覚めたようでよかったです。しかも自分で傷を癒してしまわれるとは驚きました」
ここまでの一部始終を見ていたロドルフ様が、まとめ役であるかのように話を進めようとする。
「あら、もしかしてこのお屋敷の方でしょうか? こうして手当までしていただいて、感謝の言葉もございません……申し遅れましたが、私はリナリアと申します」
「リナリア。素敵な名前ですね」
急に女性の口調が変わった。さらに彼女に対して思い切った褒め方をするロドルフ様だ。なんか初対面の相手を口説いてるみたいだぞ。
「私は確か森でモンスターに襲われて腕を怪我してしまいました。逃げようとしたものの転んでしまったところから記憶がないのですが、もしかしてあなたが助けてくださったのですか?」
「はい、私が助けました」
実際に彼女を運んできたのはモンスター討伐隊の1人だが、ロドルフ様はそういう説明はしないらしい。ちらっとブラン君の方を見ると、なかなか白けた表情をしている。珍しいことではないみたい。
「それで、リナリアさんはなぜ森でモンスターに襲われていたのでしょうか」
これまであまり喋っていなかったペトロッシさんが口を開いた。リナリアさんはそちらをちらっと見たがまたロドルフ様の方を向いて話し出す。
「自分でもわからないのです。なぜあの森を彷徨っていたのかも……それ以前のことを思い出そうとすると、うっ、頭が痛く」
「ああっ、大丈夫ですか! 今はゆっくりお休みになって、落ち着いて思い出された方がいいですよ」
最も彼女を心配しているのはロドルフ様だ。それはいいとして、リナリアさんはやはり(・・・)記憶喪失なのか。
私と同じ『癒し手』の能力を持つ女性を目にして、私には再びゲーム『グレイスフル・ランデブー』の記憶がよみがえっていた。
『倒れていたところを森で助けられる』
これはゲームを始めた時に主人公が最初に体験するイベントだ。主人公は記憶を失った状態で森に倒れており、領主の若い男性に助けられてお屋敷で治療される。
ゲームのシナリオだと、主人公は目覚めてから癒しの力を披露する場があって、これによりこの世界でも数の多くない『癒し手』であることが判明する。
彼女は領主であるロドルフに屋敷にとどまるよう頼まれるが、街での生活を選ぶ。
「今思えば、これはロドルフ様以外のゲーム攻略対象の男性とも接点を作るための措置よね……」
ボソッと口にしてしまったが、誰にも気づかれなかったようだ。
とにかくゲームにおいてリナリアはロドルフとはその後も交流があって、モンスター討伐などに力を貸す展開になっていく。他にもイベントを経て出会った男性たちと恋愛模様に発展していくというのがこのゲームなわけだ。
もはや言うまでもないが、ゲームの主人公が先ほど倒れていたところを救助されたリナリア。邪魔者として先に『癒し手』として領地内の屋敷に入り込んでいるジョハンナがいわゆる悪役令嬢で、私だ。
ゲームではこの私ことジョハンナは、主人公に出会った当初は親切ぶってアドバイスをしたりするのだが、次第に『癒し手』はロドルフの近くに2人もいらないとばかりに妨害工作を働くようになる。
まあ、実際問題として2人はいらないとは思うけれど。そこの状況にどうやって折り合いをつけていけばいいのだろうか。
とにかくついにゲーム主人公のお出ましってわけね。
主人公の出現がなければ、私がゲームに用意されていた結末のような悲惨な目に遭うこともないかと思われたのだが、その希望的観測も儚く消えた。もうなるようになれだ。
まあ、領地内で生じた怪我人を癒すことが私の役割なのだし、今は悪役令嬢の運命のことは脇に置いといて、やるべきことに集中したい。
しかしリナリアってこんなにきつそうな性格だったかな。ずっとこんな対応が続くならばむしろ私よりも悪役令嬢向けに思えたりする。
ゲームのプレイヤーには、ゲーム内の主人公の感情の機微がわからなかったけれど、内心はいろいろ不満を抱えてる主人公だったのかしら。
さっきの態度からしても彼女とうまくやっていけるかどうか……屋敷の常備薬に、胃薬ってないかしらね?




