8話 俺、なんかマズったか?
「ただいまー……って、あれ? 八雲もう来てんの?」
『んっ……くぅぅ……っ』
『この辺は……どうだ……?』
『はぁ、はぁ……んぅぅ……っ』
「な、なんだ? 部屋の方から……ハルト?」
『そ、そこはダメ……っ』
『少しガマンしろって……』
「――っ!?」
ガチャガチャッ……バンッ!!
「な、何やってんだお前らっ!?」
「はぁ、はぁ……あ、ハジメ帰ってきた」
「おう、おかえり」
「……えっ?」
―― ――
「っつーわけで、ハルトの足をマッサージしてた」
「……マッサージされてた」
「そうだったのか……」
何かを勘違いしたのか、慌てた様子で部屋に入ってきたハジメに今の状況を説明する。
ハルトの左足は怪我をしていた影響で右足よりも筋力が低下していた。
「今の状態でサッカーのような激しい動きを続けていると、余計に負荷がかかって炎症したりバランスを崩して調子が悪くなってしまう」
「……だから、マッサージをしてもらってたんだ」
「なるほどなあ……って、それもおかしいだろ! なんで家庭教師がマッサージすんだよ!」
「それはまあ、確かにそうだ」
家庭教師やりに来て整体マッサージみたいなことしてたらそりゃおかしいか。
「ど、どうせマッサージとかそれっぽいこと言って、ハルトの身体に触りたかっただけだろ!」
「いや、それは……」
「結局お前もあの変態野郎と一緒じゃねえか!」
バンッ!!
「待て、ハジメッ……ああ、行っちまった」
「…………」
一度は俺の説明に納得しかけていたハジメだが、最終的に激昂して部屋から出て行ってしまった。
「あー……俺、なんかマズったか?」
「……アンタは色々間違えてるけど、今のはハジメの問題」
飛び出して行ったハジメを追うでもなく、ハルトは冷静に話を続けた。
「……ハジメのやつ、前にバスケ部のコーチからセクハラまがいの事されたらしくてさ」
「えっ……?」
「それから部活、行ってない」
「そうだったのか……」
アイツ、母親似で整った顔立ちしてるもんな。
勿論、だからといってセクハラされて良い理由には絶対にならないが。
「前に頭ガシガシ撫でちまったのも悪かったかな……」
「多分、そういうのは平気」
「そうか?」
「……部活終わりにクールダウンのストレッチとかでマッサージされて、なんか色々触られたって」
「なるほどなあ」
まさに俺が今さっきハルトにしていたような状況に近かったということか。
それでトラウマが刺激されて……いや、マジで申し訳なかったな。
「さすがにこの状態、俺と一緒に勉強するのは無理だよな……悪い、今日は帰るわ」
「……大丈夫。ハジメは放っておいて、アンタは普通に家庭教師やってればいいから」
「そ、そうか……?」
よく分からんが、ハルトがそういうなら一旦従っておくか。
……。
…………。
「……ここ、分からない」
「ん? ああ、そこはこっちの公式を当てはめてだな」
ハジメが部屋を飛び出して行ってしまった後、俺はとりあえずハルトの勉強を見ることに。
奇しくもこれで前回の訪問時、部活の練習試合に行っていたハルトに教えられなかった部分がカバーできたわけだが。
「じー……」
「……先生、ハジメが覗いてる」
「戻って来たのか」
視線を動かさず、ハルトの小声に耳を貸す。
どうやらハジメがドアの隙間からこちらの様子を観察しているらしい。
「どうする?」
「……おれが言うセリフを、ハジメに聞こえるように繰り返して」
「わ、分かった」
ハルトに勉強を教えつつ、少し大げさなリアクションで演技をする。
「すごいなハルト、正解だ!」
「……ふん、これくらい余裕だ」
「この問題はハジメが躓いた難問なのに、スラスラと解けたじゃないか!」
「ぐぬぬ……!」
多分悔しがってるな、ハジメのやつ。
なんだかんだで負けず嫌いだし。
「……先生にマッサージしてもらったおかげで、血行が良くなって頭の回転も早くなったのかも」
「えっ? いやそれは……」
「今テストやったら、ハジメより高得点間違いなしだ」
ガチャガチャッ! バンッ!
「お、おいっ!」
ハルトが予定にないセリフを呟いたところで、慌てたように部屋の扉が開いてハジメがやってくる。
「ハルトばっかりズルいぞ! オレにも勉強教えろよ八雲!」
「……単純」
「あはは……ほら、じゃあこっち座れ」
この日の2人は、びっくりするほど素直に勉強してくれた。
「雨降って地固まる、か……」
「……は? 意味わかんな」
「なに言ってんだ八雲? 今数学やってんだけど」




