62話 ……先生の家の匂いがする
「お邪魔しま~すっ!」
「……お邪魔します」
「邪魔すんなら帰れ帰れ~」
「へへっ! 絶対帰らねえし!」
「ハジメは別に、帰ってもいいよ」
「なんだと!」
8月初旬。
期末試験の約束通り、俺の家にハルトとハジメがやってきた。
今までも何度か来てはいるのだが、今日は初めての泊りがけということも相まって、いつにも増して2人のテンションが高かった。
「……先生の家の匂いがする」
「そりゃそうだろ、俺の家なんだから」
「……身体が火照りそう」
「クーラーの温度下げるか? あ、冷凍庫にアイスあるぞ」
「先生のばか」
なんでだよ。めちゃめちゃ気遣ってやってるだろ。
「あ、これ母ちゃんから八雲に渡すようにって」
「おう、ありがとう……えっマジ? うな重弁当?」
ハジメから渡された紙袋の中には、駅前のうなぎ屋のうな重弁当が3つ入っていた。
めちゃめちゃ嬉しいけど、なんでだ……土用の丑の日は先週だぞ。
「……ん、なんかメモが入ってるな」
≪八雲くん、うちの子の面倒よろしくね☆ うなぎ食べてしっかり精つけて頑張ってね!≫
「どういう意味?」
あまり深く考えると怖いので、夏バテしないようにしっかりメシを食え的な意味としてありがたく受け取っておこう。
「……先生、腹減った」
「うなぎ食おうぜうなぎ~!」
「さすがにまだ夕食には早いって。宿題持ってきたんだろ? 少し進めといたらどうだ」
「「え~?」」
今回の双子たちのお泊まりはただ遊びに来たわけではなくて、一応俺の家庭教師も兼ねている。
とはいえ直近で何か試験があるわけではないので、夏休みの宿題を見てあげるということになった。
「つっても3年だし、宿題もそんなにたくさん出てないんだろ?」
「……まあ、去年に比べたら」
「それじゃあちゃっちゃと片づけて、メシ食って遊ぼうぜ。分からないところは俺が教えるから」
「八雲……」
「……先生がそう言うなら」
よし、なんとかうまいこと言って大人しく机に向かってくれた。
2人の家庭教師を始めて約半年。言い方は悪いが、コイツらの丸め込み方も少し分かってきた気がする。
「……宿題終わったら、ご褒美ちょうだい」
「そうだそうだ! 褒美をよこせ~!」
「おまえら、なんでもかんでも対価を求めすぎだろ」
そもそも宿題はご褒美とかなくてもやらないといけなものだからな。
「八雲は大学の宿題ねえの?」
「俺はなんもないよ。大学は前期と後期で履修してる講義も変わるからな」
「うわ~ズルッ!」
「……おれも大学生になりたい」
「大学生になりたきゃ、今の内にしっかり勉強しておくんだな」
まあ、俺が中学のときはスポーツ推薦で高校行くのがほぼ決まってたからそんなに勉強してなかったのだが、ここで言ってもプラスにならないので伏せておこう。
「……先生、小腹空いた。エネルギー切れで宿題に集中できない」
「オレもオレも~」
「ったくしょうがねえなあ……ほれ、これでも食ってろ」
わがままな教え子たちの為に、冷蔵庫に入れていた最後までチョコたっぷりなスティック状の菓子を出してやる。
「なんで冷蔵庫にトッポ入ってんの?」
「だって夏だし、チョコが溶けちゃうだろ」
「……夏に売ってるチョコ菓子は、溶けにくくするためにチョコの配合を変えている」
「マジで!?」
「……らしい」
いや本当か? めちゃめちゃ都市伝説っぽいけど。
「オレ、ちょっとトイレ~……うわあっち~!」
「そっちはクーラー効いてないから灼熱だぞ」
ハジメがトイレに行った途端、ハルトが菓子を咥えて近づいてくる。
「……先生、ん」
「んってなんだ」
「口開けて」
「いやお前、何しようとして……んむっ!?」
「……ぽりぽり」
ハルトのやつ、俺の口に菓子の端っこ突っ込んで、反対から……
「(てかこれポッキーゲームじゃねえか!)」
「……ぽりぽりぽり」
「ちょ、ちょっと待っ……」
「八雲~コーラ飲んでいいか~……って何やってんだお前ら~!」
「むぐっ!?」
……ぽきっ。
「……あ」
あと数センチで唇同士が触れてしまう……というところで菓子が折れて、ハルトとのキスは未遂に終わった。多分。
「……ちぇっ」
「セ、セーフ……」
「アウトだろ!」
この後2人してめちゃめちゃハジメに怒られた。




