30話 もしかしてハジメ先輩だけでは飽き足らず……!?
「いや~、川沿いは気持ちいいねえ」
「……そうですね」
「このまま海まで行っちゃうか? なんてな」
「……それもいいですね」
…………。
「(くそ、なんでこんなことになったんだ……)」
泊りがけの家庭教師バイトを終えた俺は、偶然出会った中学生男子を車の助手席に連れ込んでのんびりとドライブを楽しんでいた。
いやまあ、向こうが駐車場で張ってたからそんなに偶然でもないし、ドライブを楽しめる雰囲気でもないのだけれど。
「あー……俺はたしかに、昨日から今日にかけてハジメとハルトの家に泊まっていたよ。2人にお願いされてゴールデンウィーク限定・勉強合宿の家庭教師をやっていたんだ。勿論、ハジメたちの親から許可を貰っている」
「そう、でしたか……それじゃあ、自分が変な早とちりをしていたのですね」
「まあでも、知らない大人を疑うというのは悪い事じゃないさ」
実際、ハジメもハルトも悪い大人たちから肉体的、精神的に害を受けたせいで、俺と出会った頃はだいぶ荒んでいたのだから。
「鮎川くんは、ハジメにバスケ部に復帰して欲しいと思っているんだろ?」
「そうです……ハジメ先輩は後輩想いで面倒見が良くて、チームのムードメーカーで……自分の憧れの人だから」
「アイツ、バスケはそんなに上手くないって言ってたけど」
「そんなことありません! ハジメ先輩のドリブルムーブはキレがあってすごいんです! パス回しだって上手いし、スリーポイントも安定してて……!」
「わ、分かった分かった」
後輩からそこまで言われるっていうことはハジメ自身、自分で思っている以上に実はやれていたのかもしれない。
ただ、強豪で活躍するハルトの『サッカーが上手い』と比べると……って感じだろうか。
「……北条八雲は、ハジメ先輩の事情を知っていますか」
「なんでさっきからフルネーム……まあいいけど。ハジメの事情って、コーチにセクハラされたってやつか?」
「はい……自分たち部員は何度か目撃していたのですが、最初はバスケ部の顧問に言っても信じて貰えなくて、最終的に自分のスマホを使って証拠映像を盗撮して、それで発覚しました」
「それはまた、なんというか。とりあえず鮎川くんはお手柄だな」
「ハジメ先輩を守るためならこれくらい、なんでもありません」
鮎川くんの話によると、セクハラ疑惑が出たバスケ部のコーチは新年度を迎える前に既に中学から追放されていて、今は新しいコーチが来て問題なくやれているらしい。
「だから、今はもう安全に部活ができるので。またハジメ先輩にも来てほしくて何度かお誘いしているのですが、逃げられてしまって……」
「一度植え付けられたトラウマはそう簡単に消えるものじゃないからな」
「それは……そうですね」
こればっかりは、ハジメ本人が大丈夫だと自分で思えるようにならないとどうすることもできないだろう。
彼の中の傷が癒えるまで、俺たちは生温かく見守るしかない。
「今、夏の地方予選に出るメンバー決めをしているんです。それで、今度の練習試合で最終調整をすることになってて……だから、ハジメ先輩にも来てほしくて」
「そっか……アイツ、今年の夏が最後の大会だもんな」
本人が納得してるならいいけど、大人になって『あー、やっぱ出とけば良かったな』と後悔するのも辛いものがある。
もちろん、俺たちがハジメに強制することはできないけど。
「鮎川くん、スマホ持ってたよな。チャットアプリのコード教えてくれないか?」
「えぇっ!? ももも、もしかしてハジメ先輩だけでは飽き足らず……!?」
「なんだよ飽き足らずって。俺も家庭教師で定期的にハジメとは会うから、部活の様子とか君から教えてもらって情報交換できればって思っただけだよ」
「そ、そういうことでしたら……」
というわけで、俺は鮎川くんと連絡先を交換した。
何ができるわけでもないけど、これだけ後輩に好かれているハジメをこのままの状態で終わらせてしまうのはやっぱり少し、モヤモヤするから。
「それじゃあ鮎川くん、何かあったら気軽に連絡してくれよ」
「……じ、自分の自撮りとか送りませんからねっ」
いや俺もいらねえよ。
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