21話 行かないで、先生……っ
「落ち着いたか?」
「う、うん……」
ハルトを連れて一旦ショッピングモールの男子トイレに避難する。
相手が女である以上、さすがにここまではストーキングしてこないだろう。
「それにしても災難だったな……こういうこと、よくあるのか?」
「いや、なかったと思う……おれが気付いてないだけかもしれないけど」
ハルトたちの家のマンションはセキュリティがしっかりしているし、中学までの通学路はよりいっそう防犯の目が行き届いているはずだ。
そうなると、たまたまショッピングモールで無防備な状態のハルトを見かけてつい……みたいなことかもしれない。
「アイツ、家庭教師やってたときに手作りのクッキーとか差し入れで持ってきて……でもなんかキショイから『後で食う』って言ったらおれにだけめっちゃキレてきて……」
「ハルトに手作りの菓子を食わせたかったってことか?」
「……後で調べてみたら、中に毛が入ってた。1個だけとかじゃなくて、全部」
「うわあ……」
まあ、どこの毛とは言わないがそういうことだろうな。
男女問わず、意中の相手に渡す菓子やお守りの中にそういうのを仕込むヤツがいるとは聞いたことがあるが、まさか本当にやられるとは。
「……その後、お菓子のことは隠して母ちゃんに『あの人は嫌だ』って言ったらすぐに家庭教師辞めさせてくれて」
「そうか……メリッサさん、ナイス判断だな」
「……うん」
ハルトが菓子の件を親に言えなかった気持ちも分かるし、メリッサさんもハルトの雰囲気から何かを察したのかもしれないな。
「それからおれ、しばらく家族以外の手作りの菓子とか食えなくなっちゃって……」
「ハルト……」
思い出して気分が悪くなったのか、口元を押さえて俯くハルトの背中を優しくさすってやる。
部活のコーチにセクハラを受けたハジメといい、どうしてコイツらの周りにいる大人たちは揃いも揃ってそんなのばかりなんだろう。
「おれ、今まであのババアに会ってなかったから忘れてたっていうか、先生が家庭教師やってくれるようになってから大丈夫になったって思ってたんだけど……」
「いきなり現れてトラウマスイッチが刺激されちゃったか」
「どうしよう……まだ外にいるかな」
「ちょっと様子見てこようか」
「だっだめ……! 行かないで、先生……っ」
化粧室から外に出ようとすると、ハルトが震える手でしがみついてくる。
今はとにかく、1人になるのが怖いようだ。
「ハルト、ここまではどうやって来た?」
「チャリだけど……」
「俺の車、後ろ倒せば自転車載せられるから。家まで送っていくよ」
「先生……」
「だから、このまま一緒に行くぞ」
「……うん!」
ハルトの不安を和らげるため、手を繋いでトイレの外に出る。
「いるか?」
「……いる」
ハルトに言われてさりげなく確認すると……ああ、確かにいるな。
「とりあえず、証拠動画を撮影しておくか」
スマホのカメラを起動して、自撮りモードで正面から背後を映す。
「……先生の車って、チャリも載せられるの?」
「まあな。アウトドア用の車だからかなり広いぞ」
駐車場に着くまで雑談しながらハルトの気を紛らわせる。
「……先生、キャンプとか行くんだ」
「たまにだけどな」
「じゃあ、夏休みになったらおれも暇になるからさ、そしたらキャンプ連れてってよ」
「暇になるって……」
そうか、夏になったら3年生は部活引退だもんな。
「……いや待て、お前受験生だろ」
「いいじゃん、夏休みなんだし。おれ、ずっと部活だったから……先生と一緒に山とか海とか行きたい」
ハルトが甘えるような声を出して、俺の腕にすり寄ってくる。
『……っ!!』
「あっ……あの女、いなくなったぞ」
「ほんと?」
理由は分からないが、ハルトを尾行していた女は最後に俺を睨みつけてどこかへと立ち去って行った。
「ふぅ……何事もなくてよかったな」
「……先生、ありがとう」
「ああ。まあでもとりあえず、このままま俺の車で帰ろう」
「うん……」
スマホの録画終了ボタンを押すと、ちょうど俺とハルトの顔がカメラに納まる画角だった。
「……先生、ストーカー撃退記念に写真撮ろ」
「ははっ、なんだそれ」
カシャッ。
「……それ、おれがスマホ買ったら送ってね」
「おう。ハルトが中間試験で結果出して無事にスマホを買えたらな」
「……先生のいじわる」
そう言って膨れながらこちらを見上げるハルトのことを、俺は少しだけ可愛いと思ってしまった。




