第28話 放課後にて
「……やってくれますね、あの御方も。想像以上に心臓に悪い講義でしたよ」
嵐のような一コマが終わり、放課後の静寂が戻りつつある職員棟の一室。
特別演習の担当教官、ギルバート大尉は、立ち上る湯気が視界を揺らすカップを手に取り、隠しようのない苦笑を浮かべて漏らした。
「何か教育上不都合な箇所でもありましたか?」
向かいの使い込まれた革ソファに浅く腰を下ろしたリュネルが、無垢な色を装って首をかしげる。
ここは校舎の喧騒から隔絶された、特別演習の最終調整用にあてがわれた応接室だ。
壁には重厚な書架が並び、古びた紙とインクの芳香が微かに漂っている。
「不都合など、何ひとつありませんよ。むしろ痛快ですらあった。ただ――我が校の“一部”の機嫌は、少なからず損ねることになるかもしれませんね」
「それは……具体的に、どの発言が彼らの逆鱗に触れそうでしょうか」
「『戦場を知らない上の命令から、部隊を守る術を持て』……このあたりですかね。あまりにも露骨に本質を突いている」
ギルバート大尉は重い肩をすくめてみせた。
その仕草には、組織の歯車として磨り潰されてきた男の哀愁が滲んでいる。
「ですが、それが動かしがたい現実であると、前線を知る者たちは皆、骨身に染みて理解していますよ」
「……そうですね。現場では、理屈よりも先に生存本能がそう告げています」
二人は視線を交わし、短く、そして乾いた笑みを共有した。
そこにはかつての過酷な情勢下で、泥を啜りながら地獄を這いずり回った者たちだけが分かち合える、特有の諦観と連帯感が横たわっていた。
「軍学校の教育指針に、近頃は随分と極端な改変が加えられていると小耳に挟みましたが」
リュネルが赤茶色の茶面を見つめたまま、あえて淡々と水を向ける。
「ええ。議会や――さらにその奥、国の中枢を担う“さらに上”からのご意向というやつですよ。現場の空気など、彼らの政治判断の前では霧散してしまう」
「それはつまり、“余計な思考の種を与えるな”という通達ですか?」
「言い方はもう少し、甘言で包まれていましたがね。
『兵士には、与えられた崇高な任務を完璧に遂行する練度だけがあればよい。複雑な判断は中央が一括して行う』と」
「なるほど。統制の効率化、と言えば聞こえは良いですが」
表現を剥ぎ取れば、それは『自ら考えることを放棄した、従順な兵という名の駒を量産したい』という野心の現れだ。軍事的合理化という名の、現場に対する“致命的な手抜き”に他ならない。
「現場で教鞭を執る教官たちは、その現状をどう受け止めているのですか?」
「……そりゃあ、誰ひとりとしていい顔はしていませんよ」
ギルバートは飲みかけのカップを卓に置き、指先で苛立たしげにこめかみを揉みほぐした。
「私たちが学生に授けたいのは、綺麗に整理された“教科書に載っている定石”だけじゃない。
むしろ、『教科書から意図的に削ぎ落とされたからこそ、彼らの命を繋ぐために教えなければならない知識』が沢山あるのです」
リュネルはカップを置き、その眼差しに鋭い理知を混ぜて問い直す。
「例えば、それはどのような?」
「先ほどあなたが熱弁を振るったような、“マナ霧の根源的な脅威”や、“有毒な植生の緻密な判別法”。そうした知識は現在、公式には『特定の専門職種のみが共有すべき領域』として、一般教養からは排除されました」
「専門職の保護、とでも言えば聞こえは良いですが……」
「ええ。『専門的な知識は、厳選された少数の管理下に置くべきだ』とね。
――その結果はいずれ、“無資格者”による事故や、モラルを欠いた粗悪な傭兵稼業の横行に繋がるのでしょうね」
(無資格者による事故、か…)
各国の裏側で囁かれる不穏な動向、そのパズルがリュネルの頭の中で音を立てて組み上がっていく。
「だからこそ、今回のあなたの招聘による特別演習は、私たち現場の人間にとってほとんど“奇跡的にこじ開けることの出来た抜け道”なんです」
ギルバートは自嘲気味な笑みをその端正な顔に浮かべた。
「“王族自らの提案による、民間専門家の招聘”。この公的な錦の御旗がある限り、いかに保守的な教頭といえど、議会の意向を盾にしてこの機会を握り潰すことは叶わない」
「その、こちらの教頭先生は……一体どのような人物なのでしょうか?」
リュネルはあえて、この学校の防波堤であり、同時に枷でもある人物の名を唇に乗せた。
ギルバートは一瞬、適切な形容を選ぶように睫毛を伏せ、それから感情を排した声で答えた。
「極めて有能ですよ。事務処理能力も、組織内での人事掌握術も。“上”の意向を瞬時に汲み取り、それを最も効率的な形で現場の末端まで浸透させる、完璧な歯車のような御仁です」
「……それは、純粋な褒め言葉として受け取ってよろしいので?」
「実務家としては、ええ。ただ――彼は現場の土を踏んだ経験が決定的に欠落している。
戦場を紙の上の数字と確率論でしか捉えられない人間は、時に悪意なき“最適解”という刃で、無辜の命を容易く断ち切ります」
それは湿り気を一切帯びない、枯れ果てた響きだった。
怒りや恨みは、長い年月の中でとうに摩耗し、冷徹な観測へと昇華されている。
「だから、こちらの陣営としては――あなたのような“世界の裏側まで知り尽くしている様な外の人間”が、この閉塞した学舎に風穴を開けてくれるという事が、正直、涙が出るほどありがたい」
「期待以上の波風を立てられるよう、最善の努力を尽くします」
「いや、そこは“努力”ではなく、どうか“いつも通りのあなた”でいてください」
ギルバートは、ようやく緊張の糸を解いたように微かに口元を緩めた。
「あなたのその“いつも通り”の振る舞いこそが、敵対する者にとっては一番厄介で、味方にとっては一番頼もしい。今日の講義の熱量を浴びて、私も確信しました」
リュネルは返す言葉を苦笑の中に溶かすしかなかった。
応接室を後にし、静まり返った廊下を独り歩む。
冷ややかな石畳に規則的な靴音が反響し、高く重厚な壁には、かつての栄光に彩られた歴代功労者たちの肖像画が威圧的な沈黙を守って並んでいる。
「主よ」
不意にルーガルの低く抑制された声が静かに鼓膜を震わせた。
「右前方の角を曲がった先に、鼻をつくような“澱んだ匂い”が漂っている」
「……そう。ありがとう、ルーガル」
歩調を乱すことなく、肺の最深部まで冷たい空気を引き込み、思考を研ぎ澄ませる。
角を曲がった先――
そこには、手を後ろで組み、薄く貼り付けたような笑みを浮かべた中年男が待ち構えていた。
皺ひとつない、過剰なまでに整えられた軍服。
実戦からは程遠い生活を物語るややふくよかな体躯。
磨き上げられた眼鏡の奥に潜む双眸は、対面する者の人格を問うのではなく、その“利用価値”を精査するような眼差しだった。
「おやおや。これはこれは……件の“特別講師”様ではありませんか」
その声は上質な絹を滑らせるような柔らかさを持っていたが、舌触りだけが異常に滑らかで気味が悪い。
「失礼。自己紹介が遅れましたね。私当軍学校の教頭、ベリオ・ハインツです」
「はじめまして。錬材師のリュネルと申します。お招きいただき光栄です」
リュネルは、相手の自尊心を逆なでしない、計算し尽くされた深さの会釈を返した。
教頭はその“完璧な礼節”を纏ったリュネルの所作に、一瞬だけ不愉快そうに目を細めた。
「いやはや、先ほどの講義。公務の合間に廊下の陰から、ほんの僅かですが拝聴させていただきましたよ」
やはり獲物を待つ蜘蛛のように潜んでいたか、と内心で肩をすくめる。
しかし、表向きの仮面は微塵も揺らがせない。
「身に余る光栄です。軍務など専門外の未熟な私見が、お耳汚しでなければ良かったのですが」
「いえいえ。実に刺激的で、知的興味をそそられる内容でした。
“戦場を知らぬ上位者の命令から部隊を守る”……などと、なかなかに扇動的で、危険な薫りのするお言葉も飛び出しておりましたがね」
唇の両端は吊り上がっているが、その瞳の奥には冷徹な拒絶が満ちている。
これは、魑魅魍魎が跋扈する政治の舞台でリュネルが幾度となく対峙してきた人種の視線だ。
「……現場で戦う方々の口から、切実な願いとしてしばしば漏れる表現を拝借したまでです」
リュネルは無害を装うように少しだけ首を傾げてみせた。
「現場の指揮官たちは、皆一様に『自らの大切な部隊を守り抜きたい』と願っています。
私は錬材師として、彼らがその願いを成就させるためのささやかな“判断材料”を提示しているに過ぎません」
「なるほど、材料ですか。……しかし、“材料”の配合を誤れば、時にそれは“劇物”へと変貌する。教育の場においては、そのリスクを考慮せねばなりません」
朗々とした声の底に、冷たく鋭利な針が隠されている。
「おっしゃる通りです。だからこそ、私のような国家資格を有する錬材師が必要とされるのだと自負しております」
返す声はあくまで穏健だが、その言葉の刃は寸分も引いていない。
過度に卑屈になるのは、この手の男に付け入る隙を与えるだけだ。
「資格を持つ者は、『危険な素材を、安全かつ有効な形へと昇華させる責任』を負います。
軍学校の教育も本質は同じではありませんか? いかに“鋭利な知識”を、どのように次世代へ継承するか。それを決断することこそが、導く者の真髄でしょう」
教頭は不気味な微笑を崩さぬまま、数秒間の沈黙を置いた。
そして、微かに肩を揺らして喉の奥で笑った。
「いやはや。やはり界隈の噂に違わず、“言葉の錬金術”にも長けていらっしゃる」
「しがない素材屋ですから。口も手も止まれば、たちまち商売あがったりになってしまいます」
軽妙なジョークの形を借りた、音のしない牽制の応酬。
互いに、今はこれ以上の衝突を望まぬ賢明さを持ち合わせていた。
「明日の実地演習、心より楽しみにしておりますよ。
――未来の精鋭たちの“生存確率”が、貴殿の手腕でどこまで向上するのか、ね」
吐き捨てるような含みを持たせ、教頭は淀みのない所作で踵を返した。
その背筋は確かに伸びているが、そこには数多の命を背負う者特有の重圧や温もりは、欠片も感じられなかった。
「主よ」
ルーガルの声が地を這うような唸りとなって響く。
「あの男――『生命』としての息吹が極めて希薄だ」
「……わかっているよ。彼は“死線に立つ側”の人間じゃない。“安全な高みから死を弄ぶ側”の人間だ」
リュネルは肺に溜まった澱みを吐き出すように、深く吐息した。
「だからこそ、明日はあの教官たちの想いに応えたい。学生全員を、無傷でこの門まで連れて帰ろう」
陽が傾き始めた午後。
リュネルはギルバート大尉の案内で、明日の演習で使用されるジャングル探索区専用の装備庫を視察していた。
「これが、明日の学生たちに支給される標準装備一式ですか」
整然と並ぶ棚には、サバイバルナイフ、軍用水筒、レーションのセット、タクティカルグローブ・ゴーグル、一人用小型テント、ロープ、そして簡易型の魔導灯。
どれも軍の規格品らしいベーシックなお手本の装備だった。
「軍務経験、ということでは彼らに劣るとは思っていますが……コレで探索区にいくのですか?」
リュネルの忌憚のない評価に、ギルバート大尉が苦い笑みをこぼす。
「ええ。本来なら、訓練地の状況に合わせて柔軟に装備をカスタマイズさせたいのですが。
上からは『統一規格の遵守こそが、集団管理と補給の要石である』という厳命が下っておりまして」
「管理側の利便性を優先すれば、現場の負担が重くなる。……どこの組織も抱える、普遍的な病理ですね」
リュネルは装備のひとつひとつを実際に手に取り、重量のバランスや細部の構造を確認していく。
魔導灯に填め込まれた魔石の純度と持続時間。
水筒の合金材質による断熱性能。
ロープの素材・編み込み密度と耐荷重。
(質は悪くない。冒険者の装備と比べれば明らかに良い装備だ。…でも、適した装備かと言われると微妙な気もする)
「彼らが装備できるのはここにあるものだけでしょうか?」
「いえ、こちらはあくまで共通で持っていく装備です。各々のスキルや適性に合わせた個別の装備があります」
「…なるほど」
リュネルは、彼らに“机上の空論ではない、現実的な生存の技術”を叩き込みたいと切に願った。
「明日は、この支給品をベースとしつつも、各小隊の判断で“装備の追加・削減”を許可したいのですが、いかがでしょうか」
「軍の“規定外持ち込み”に抵触しますが……」
ギルバートはリュネルの決意に満ちた横顔を一度だけ見やり、力強く頷いた。
「“特別講師の全権委任事項”として、私が責任を持って通しましょう。流石の教頭も現場の機微までは監視の目を光らせることは不可能です」
「心強いバックアップ、感謝します」
リュネルは手元のメモ帳に、「小隊別パッキング演習:取捨選択の合理性」と書き足した。
(“何を携行するか”という選択は、同時に“何を捨てるか”という決断でもある。これは、実戦における状況判断を養うための、最高の教材になるはずだ)
その時、装備庫の堅牢な扉が開き、控えめな声が響いた。
「失礼します。あの、特別講師の……リュネル先生はいらっしゃいますか……」
扉の隙間から顔を覗かせたのは、先ほどの講義において、誰よりも鋭く食らいつくような質問を投げかけていた学生――ネレウスだった。
「ネレウスか。こんな時間に何の用だ?」
大尉が応対しつつ振り返ると、リュネルは穏やかな微笑を浮かべて彼を迎えた。
ネレウスは僅かに緊張した面持ちで、完璧な角度の敬礼を捧げた。
「第4学年、α組、ネレウス・ヴェルデヒュムです。明日の演習の評価基準について、事前にお伺いしたいことがあり、参りました」
大尉はリュネルへ視線を送り、無言で判断を仰いだ。
リュネルは静かに、そして包容力のある頷きで返した。
「私に聞きたいこととは?」
「……あの」
ネレウスは一拍の間を置き、その澄んだ瞳を真っ直ぐにリュネルへ向けた。
「明日の演習、最終的な評価は“何をもって”下されるのでしょうか。数値化できる指標があるのでしたら、教えていただきたいのです」
「指標、ですか」
「はい。これまでの軍事教練では、“敵対対象の撃破数”や“敵陣営に与えた損害規模”が評価の絶対的なものでした。もし明日もその基準が踏襲されるのであれば――早期に“撤退の境界”を引いた小隊は、著しく評価を損ねる懸念がありまして」
その問いを聞き、リュネルは“この青年はなんと誠実に『優秀』であろうとしているのか”と、胸の内で感嘆した。
(目標を達成するために、まずゲームのルールを精査しに来る。その姿勢は非常に理性的で、軍人としての高い資質を証明している)
「結論から言えば、明日の演習における評価の柱は3つです」
リュネルは細くしなやかな指を三本立てて示した。
「第1に、小隊全員の完全な生還率。第2に、課せられた任務目標への接近度。そして第3に――最も重視するのが、“状況判断の論理的妥当性”です」
「状況判断の……妥当性……」
ネレウスは眉間に皺を刻み、未知の評価基準を咀嚼しようと難解な表情を浮かべた。
「要するに、『なぜその時、その行動を選択したか』を、客観的な根拠を持って説明できるかどうかです。例え早期に撤退の決断を下したとしても、その理由が全滅を避けるための合理的な判断であれば、私は最大級の評価を与えます。逆に、どれほど華々しく任務を達成したとしても、それが無謀な博打の結果であり、仲間の命を危うくした上での幸運に過ぎないのであれば、私はそれを最低の判断として切り捨てます」
ネレウスの瞳の奥に、かつてないほど真剣な光が宿った。
「この特別演習の評価シートは、私とギルバート大尉の独断的な権限で作成されます。
――そして、その詳細な採点基準は今回協力頂いている教官方にしか届けていません」
最後に僅かな悪戯心を込めて付け加えると、ギルバート大尉が慌てたような咳払いで笑いを誤魔化した。
「……ありがとうございます。胸のつかえが取れました」
ネレウスは、深々と頭を下げた。
「正直に申し上げれば、“より多くの敵を倒せ”と命じられるよりも、はるかに重く、恐ろしい試練ですが……。でも、それこそが、私たちが本当に向き合うべき課題なのだと確信できました」
ネレウスの声は微かに震えていたが、その表情には確かな熱を感じた。
「恐怖を感じることは、決して弱さではありませんよ」
リュネルは慈父のような穏やかな微笑みを投げかけた。
「本当の怖さを知っている者こそが、誰よりも慎重に、そして確実に、勝利への細い道を繋ぎ止めることができるのですから」
ネレウスは晴れやかな顔で再度敬礼を捧げ、引き締まった足取りで装備庫を後にした。
「いやはや……すっかり、心まで奪われてしまいましたね。彼のあんな顔は久しく見ていませんよ」
ギルバート大尉が親しみを込めてからかうように言った。
軍学校の喧騒が遠のき、藍色の帳が降りる頃、リュネルは教官用宿舎の一室を借りる事になった。
宿舎とはいっても、専ら宿直用に使われる部屋という事らしく家具は最低限、過度な調度品はなかった。
「……静かすぎるな」
硬いベッドに腰を下ろし、リュネルは小さく息を吐いた。
窓の外には、月光を跳ね返す無機質な訓練場が広がっていた。
今日の講義で学生たちの瞳に灯した火。
それが明日、鬱蒼と茂るジャングルの湿った闇の中で彼らを導く光となるか、あるいは焦燥となって自らを焼くか、それは彼ら自身の選択に委ねられている。
「主よ。外壁を伝う視線は途絶えた。少なくともこの階層に、不埒な潜入者の気配はない」
影の中から染み出すように、ルーガルが頭だけを覗かせた。
「ありがとう。……探索区で野営するより、ここは落ち着かないね」
リュネルは気を紛らわせる為か机の上に、明日の演習の地図と、日頃持ち歩いている魔法薬の小瓶を並べ始めた。
「主よ、…流石に休まねば明日持たぬぞ」
ルーガルはリュネルを労るような鳴き声と共に足元に滑り込んできた。
「少しだけだよ、本当すこしだけ」
教頭が口にした「生還率」という単語。
彼のような実務家にとって、それは紙の上の統計に過ぎない。
しかし、現場で泥を啜り、仲間を背負う者たちにとっては『明日を生きるためのすべて』だ。
(…英雄なんて、この国にはもう必要ない)
かつて自分が歩まされそうになった、後悔と硝煙に塗れた道。
それをネレウスのような若者たちに繰り返させるわけにはいかない。
リュネルは静かに瞼を閉じ、ジャングルの土壌に含まれる魔力分布や、予測される魔獣の回遊ルートを思考の海に展開していった。
空気の揺らぎ、土の湿り気、そして学生たちそれぞれの能力。
それらすべてを考慮し、「生存」という名の難解な術式を編み上げていく。
素材屋としての意地が、静かな炎となってリュネルの内で熾ってきていた。
軍学校の夜は、深く、冷ややかだった。
リュネルは静かに、夜の闇とひとつになり、明日の夜明けを待ち続けた。




