嘘と塗合いっこ
みつきそろそろかな。
今日は一緒に昼飯を食べる約束をした。アイツもいない。二人だけの時間。
中学の時も一緒に昼飯食べたな。懐かしい。クラスがずっと一緒だったから待ってる時間とかは無かったけど、みつきのことならいつまでも待てる。…………今のは、少し嘘だ。ほんとは、もっと早く──────。
「ゆうちゃん!お待たせ!」
「みつき。…講義、おつかれ」
「ゆうちゃんもお疲れさま!」
あぁ、うん。やっぱ…会えただけでいいや。隣にいられるならそれで。もっと…とか欲張ってもみつきの笑顔を見ると自然に消えていく。あの笑顔には浄化の力でもあるんだろう、きっと。
昼飯を食べながら、みつきの話を聞いていく。さっきの講義の話や、友達の話。そんな他愛もないこと。みつきの顔を見ているだけで時間が過ぎていく。食べ終わって、一息ついていると、みつきが身を乗り出し、俺の髪に触れた。そのまま優しく頭を撫でられる。
「みつき?」
「ふふっ、ゆうちゃんの髪、ちょっとふわってなってたから」
「…ありがと」
「うん!」
今……いつもと違う匂いがした。あの、手からだ。
「みつき」
「ん?」
みつきの細い腕をつかみ、白く小さな手に鼻を近づける。すると、みつきっぽくない甘い匂いが少しだけした。
やっぱ違う。優しくてほっとするようなあれじゃない。
「新しくした?ハンドクリーム」
「おぉ〜!ゆうちゃんすごい!よくわかったね!これね、琉兎くんがくれたのなんだよ。保湿力もあるし、匂いもよくて気に入ってるの!」
「……ふーん」
アイツが………。みつきとどんな会話を交わして、どんな流れで渡したのか、そんなことを考えて…考えて、考えて……そのうち腹の底からふつふつとした何かが湧いてくるのが分かった。これは会った時にも感じたものだ。みつきが他の奴と……アイツと話してるだけで頭と心にぐちゃぐちゃとしたものが広がっていく。これを形容する言葉は無数にあって、それら全てが俺の中で渦巻いていく。そんな感覚に支配されそうになった俺を
「ゆうちゃんもつける?私が塗ってあげる!」
現実に戻してくれるのはみつきだけだ。
「いい。……塗るなら、日焼け止めにして。今日忘れた。腕につけるの」
「えっ!それは大変!今日は太陽が強いんだって。早く塗らなきゃ……!」
「じゃあよろしく」
「うん!わたしに任せて!」
どうしてだか自信満々なみつきの手に日焼け止めを乗せる。まだ身を乗り出したままのみつきは、その状態で俺の腕に触れた。楽しそうに「ふふっ」と笑いながら日焼け止めを塗っている。
「ゆうちゃんの肌、白くてすべすべだね。いいなぁ」
「みつきも白いでしょ。すべすべかは知らないけど」
「えへへっ。ありがとう、ゆうちゃん。……よし。塗り終わったよ!もう日焼け止め塗るの忘れちゃダメだよ?」
こてんと首を傾げながら微笑む姿に心臓が跳ねた。その笑顔に自然と視線が吸い寄せられていく。何度見ても足りないその顔を見つめながらみつきの手から日焼け止めを取った。
「ん。ありがと。…忘れたらまた塗って。すべすべの肌触っていいよ」
「えっ!?わ、わたしでいいの?」
驚くみつきに頷いてみせた。他人に触られるのはごめんだけど、みつきだからいい。……みつきだけがいい。
「ん。みつきにも塗ってあげる」
「…!うんっ…!塗りあいっこだね!」
目の前でぱっと輝くそれは、眩しいのに目が離せない。この笑顔に多分、骨も抜かれてる。見た回数分の。目を瞑ってても見えてくるのが、みつきの笑顔だ。でも、本物には敵わない。みつきの笑顔を表せる言葉は無数にある。けれどそのどれもが力不足だ。言葉は霞んで、みつきの笑顔だけが輝いていく。その笑顔に……みつきに釘付けにされている。ドクドクと鳴る鼓動から全身に熱が広がっていく。みつきには聞こえないようにと思いながらそっと手を伸ばした。
「…………。うん」
みつきの頭に手を乗せた瞬間、自分の頬が緩んでいることに気がつく。みつきの前だといつもそうだ。知らないうちに口元がゆるゆるになっている。みつきがそうさせてくれるだけだから特に気にしてないけど。
……塗り合いっこ、か。不意にみつきが言ったその言葉が頭に浮かんできた。そして、すぐにみつきとは正反対の自分の言葉を思い出す。
『日焼け止めを塗り忘れた』
そんな嘘をついて塗りあいっこの権利を得た。みつきに嘘をつくのはあんまりしたくないことだ。けれど、あのハンドクリームの話を聞いた瞬間、吐き気がするほど嫌だと思った。その反動で口をついて出たのがあの嘘だ。
でも、いっか。みつきもなんか楽しそうだったし。それに……ほんの少しの間でも、みつきが俺に触れるから。みつきの時間を、人生を。その時だけは俺のにできる。それがたとえ、夏という短い時間の間だけだったとしても。みつきとの時間が、その空間が。いつもよりずっと特別なものに変わるから。




