壊れかけたヘアピン
ちょっと早く着いちゃった。…… みつきちゃんまだかな〜。
「…ふふ」
早く会いたくてうずうずして、気づけば笑みが漏れていた。みつきちゃんの声が聞きたい。笑顔が見たい。名前を呼んでほしい。頭の中がみつきちゃんで埋め尽くされていると
「あの」
知らない女の子に声をかけられた。
「…隣、いいですか…?」
鞄を置いて勝手に座られないようにしていたその場所をその子が見つめる。
「ごめんね」
ここは
「友達が来るんだ」
みつきちゃん専用だから。誰にもあげない。
おれがそう言って微笑むと、女の子は残念そうにして、その場からいなくなった。その後ろから
「琉兎くん…!」
「……!」
待ち人が現れる。
「みつきちゃん」
…今日のみつきちゃん、なんか雰囲気が違う。と、気になったけれど、早く隣に来てほしくて考えないことにした。
「ここ、みつきちゃんの席だよ」
「わぁ…!ありがとう、琉兎くん!」
用意しておいた席に座って、準備をはじめるみつきちゃんを改めて見つめる。やっぱり、なんか違う。髪型…かな。ツインテールしてるのが珍しいから?いや、編み込みかな。一人だと難しそうだからあんまりしないのかなって思ってたけど。
「その髪型、かわいいね」
ほんと、かわいいなんて言葉じゃ足りないくらいかわいい。みつきちゃんを完璧に表せる言葉はこの世には無いのかも。……ふふ。
なんて心の中で笑っていると
「ほんと!?…実はね、これゆうちゃんがやってくれたの!」
奈落へ引きづり込まれるような感覚に襲われた。
「…へぇ」
笑顔は見せられるのに…こんなに笑えないのは初めてだよ。心の中にドロドロとした何かが溜まっていく。
「とっても似合ってるよ。みつきちゃんかわいい」
「えへへ…ありがとう!琉兎くん」
「…このヘアピンは?」
「これもねゆうちゃんがくれたんだ〜。ふふっ」
それは、今にも溢れ出しそうなほどに。それでも、君の前では
「…よかったね。みつきちゃん」
「うん……!!」
いつものおれでいるからね。
ほどなくして教授がやってくると、すぐに講義がはじまった。
…困ったな。全然集中できない。
隣にいるみつきちゃんは、コロコロと表情を変えながら一生懸命話を聞いている。少し首を傾げながら眉を寄せたり、パッと目を開いてノートになにか書いたり。
……ふふ、みつきちゃんの頭の中から、心の声まで…全部聞こえちゃいそう。あぁ…本当に、聞こえたらいいのに。みつきちゃんはおれのことどう思ってる?おれのこと…好き?なんて、勝手に聞いちゃうのはずるかな。それに…みつきちゃんの口から聞きたい。いつか、聞かせてね。
─────────……………あぁ、ほんと邪魔。
ただ、みつきちゃんだけを見ていたいのに、おれの視界には、気に食わない髪とヘアピンが入る。顔だけ見ようとしても視界の端に必ず入ってきて目障りだ。特に、ヘアピン。
みつきちゃんはかわいい。当たり前に。だけど、今のみつきちゃんは─────────。
『ゆうちゃんがやってくれたの! ゆうちゃんがくれたんだ〜』
気づけば拳を強く握りしめていた。頭に血が上っているのが分かる。腕が動きかけた瞬間、不意にこちらを向いたみつきちゃんと目が合った。その瞬間
「……? ────!」
みつきちゃんがニコッと笑った。大きくて丸く、少しだけ緑がかった鮮やかな青い瞳がきらりと輝く。どんな宝石よりも美しいそれはおれの心を落ち着かせる唯一のもの。
「────……。 ……」
その笑顔への返事として笑いかけると「えへへっ」と聞こえてきそうな照れた笑顔を見せてくれた。
誰かにとっては一瞬でも、おれにとっては永遠だった。この状態のまま、おれたちを閉じ込めてほしい。みつきちゃんの笑顔を永遠に見ていられるから。どんな言葉で表せばいいのか分からない。もっと本を読んでおくべきだったかもしれないと過去の自分の恨んだ。それでもきっと、世界中の辞書から探したって当てはまるものはない。この煌めきは唯一無二だから。その中でも、この笑顔は──────最上の輝きを放っている。
握りしめた拳も、苦しくなりかけた心ももうどこにも無い。
再び、集中モードに入ったみつきちゃんを見ながら、同じように教授の話を聞いていく。頭の中でみつきちゃんに何をあげようかと考えながら。
……あ、そうだ。あれにしよう。みつきちゃんにピッタリのを探さなきゃ。ふふ、待っててね。みつきちゃん。
講義が終わるとみつきちゃんは用事があると言って、慌ただしく支度をしはじめた。なにやら友達と約束をしているらしい。口ぶりからアイツでは無いことを確認して
「琉兎くんまたね!」
「…またね。みつきちゃん」
笑顔で見送る。手を振って去っていくその背中を見えなくなるまで見つめた。
本当はもっとずっと一緒にいたいけど。……仕方ない。おれも行かなきゃ。
席から立ち上がり、廊下へ出ると途端に寂しさが襲ってきた。騒がしい場所から、一人になれる落ち着いた場所へと移動する。そこは、人がいないからかひんやりとした空気が漂っていた。深く息を吸って吐き出す。そして、思い出すのはみつきちゃんの笑顔と
「───────……」
不愉快な髪とヘアピン。
あー…危なかった。あれ、壊しちゃうとこだった。伸ばしかけた手に込められた力がどんなものなのか。それは、自分が一番わかっている。そしてその先にあるのが、みつきちゃんの涙だということも。
みつきちゃんが笑顔を見せてくれなかったらホントに─────。みつきちゃんの笑顔が消えていく。そんな光景が頭に浮かんだ。泣いているみつきちゃんの姿は、ちょっとだけ嫌だって思う。みつきちゃんの笑顔が大好きだから。それと同時に、いっそのこと壊しちゃってもよかったかな。全部とかじゃなくて、パーツをなんか取っちゃうとか。なんてことも考える。…そんなことしたらみつきちゃんに嫌われちゃいそうだけど。もし……そうなっても、みつきちゃんに嫌われても、好きって言ってくれるまでそばにいるけどね。だって……おれのこと大好きにさせれば、他のものなんて何もいらないでしょ。ね?みつきちゃん。
おれはね……もう、とっくに─────"そう"なってるよ。




