第13章:洋子との出会い(6)
・・・1993年2月。
ぼくはこのときまだ、
農業大学校に在籍していた。
前年暮れの12月に、
当時あった「栃木食糧事務所(= のちの宇都宮食糧事務所)」から正式に採用通知をいただき・・・
1993年4月からは、
晴れて、
「国家公務員三種職員」として働けることが決定していたことは、
ずっと前の章でもお話したとおりだ。
この2月になると・・・
いわゆる『卒論騒動』も落ち着き、
(そのあたりの「苦痛で不愉快なエピソード」につきましては、ずっとあとで、『しげちゃんの農業大学校日記』にて、くわしく語っていきます)
あとは、
学校の田んぼや畑での「農業実習」もなかったので、
就職後のための、
パソコンによる、
『一太郎』の操作法や、
キーボードの入力法などの授業がわずかに残っている程度だった。
その当時は、いまのような、
「ウインドウズ」もなかったから、
マウス操作ナシの「手入力」あるのみ。
複雑な計算式や「コマンド」も、
いちいちキーボードで直接、カタカタと入力する格好だった。
記録媒体だって、
でっかい「フロッピーディスク」だったしな・・・。
まだ覚えているよ。
そういったコンピューター関連の授業のとき、
1月5日に出会った、
源氏名「あや」こと・・・
のちの「〇〇洋子」のことを、
ぼんやりと考えていた自分をね。
1990年8月12日に最後に接触を試みた美絵子ちゃんのことは・・・
このときは、
「もうあきらめていた」からね。
1月5日には、
いずれは必ずおとずれる、
あやとの別れがつらくなるだけだ、と判断したから、
そうした「未来の別れのつらさ・さびしさ」を事前に回避しておこうと思ったんで・・・
「もうここへは来ない」
「愛情が芽生えてしまう前に、その芽を摘んでおく」
と心に誓って、キャンパス7をあとにしたけれども・・・
美絵子ちゃんとの縁が、完全に切れてしまった状態のぼくは、
やっぱり、さびしかったんだよ・・・。
それで、
「恥を忍んで」また、
あや・・・すなわち、
洋子に再び会いに行くことに決めたんだ。




