5話 師匠という存在
「昔、魔族と人族に大きな戦争があって、今では北が魔族領、南が人間領になっています。そしてこの戦争をまとめたのが―――」
…………
「って聞いていますか?」
「もちろんです!」
「それならいいのですが……まぁいいでしょう。今日はここまでです」
あぁ眠い。
いまベッドに入ればすぐに寝られるだろう。
でもなぁ、もうちょっと土魔術の魔導書を読みたいんだよなぁ。
オールコースかな、今日も。
「もう遅いので、早く寝てください。明日の朝も早いので」
「もう少し、魔導書を読んでもいいですか?」
「ダメです」
「えぇなんでですかぁ」
「子供は早く寝た方が身長が伸びますよ」
「なんだろうこの説得力……」
「はい?」
「いっ! いえなんでもないです」
「よろしい。そうでした、あなたにもこれは伝えておかねばなりませんね」
なんだろう、すごく重大そうな口調だが……。
「白髪の赤目の男を見かけたら、すぐに逃げてください」
「なんでですか?」
「吸血鬼族の生き残りだからです」
ほう、吸血鬼! いかにも中世ヨーロッパっぽいのが出たもんだ。
で、なぜそこまで恐ろしがられているのだ?
十字架掲げたらすぐにでも成仏しそうなんだが。
もしかすると、この世界の吸血鬼はだいぶ違うのかもしれない。
「何がそこまで恐ろしいのですか?」
「そりゃあもう! 血族もろとも皆殺しにされるかのようなあの視線はもう……あぁ思い出すだけで寒気が」
実物見たんかい、それは信憑性あるな。
「実際、かなり危ないものですよ」
「なんでですか?」
「さっき教えた大戦において、双方を戦闘不能に追い込んだのは、実はそいつらなんです」
「えぇマジすか」
「えぇ、圧倒的だったんです」
でも、さっき生き残りって言ってたよな……。
「でもなんで彼らは減ったんですか?」
「ハッハー! あいつら最終的に共食いまでし始めたんですよ! 馬鹿な奴らですよねぇ!」
「師匠ー、落ち着いてー」
「……ふぅ、すみません。で、理性があった奴らのみ生き残り、今に至るというわけです」
そうか、だからこそ注意しなければいけないのか。
当時の通常個体よりも理性がある。
つまり彼らは、通常個体よりも自身の能力をより強く使えるということだ。
「わかりました、ありがとうございます」
「では、おやすみなさい」
「はーい」
――――――
俺は、もうすぐ十歳になる。
そういうことなので、今日から体の方も鍛えなさいと父に言われた。
毎朝ランニング、腕立て伏せ、腹筋、スクワット、ストレッチのように、メニューもガチガチに組まれている。
前世の俺なら1日も続かないだろう。だがこの体になってからは本気になると決めたのだ。
こんなことは苦でもない。
しかも、ムッキムキの男になるってなんか夢あるじゃんか!
そして魔法の練習の方だが、もう全属性上級まで使えるようになった。
たくさん練習したおかげで、体中をめぐる魔力の流れも熟知したつもりだ。
しかも、詠唱中に魔力精製が終わるようにすれば、出だしが早くなると教えてもらったので試してみれば、まぁ指数関数的に早くなったもので、驚いたこともある。
これからは魔法のコントロール、つまりはエイムを練習するらしい。
こんなに早く修行が終わる理由はもう一つある。
魔力が底をつかないからだ。そのおかげで一日中、休まず魔法の練習ができる。
素人だと、魔法を打つとなっても、魔力の燃費が悪すぎてすぐにぶっ倒れるらしい。その点で師匠は俺のことを教えやすい弟子だと感じているらしい。
正直に言えば、師匠が来る前から何回も魔法を使っていて、その度に魔力切れを起こしていたのだ。
そしてだんだん回数も減り、今に至っては何十発打っても平気というわけだ。
しかし、俺もこの魔力を持て余そうとは思わない。
なので夜は、使い果たすための実験をしている。
魔法の詳細化だ。
俺の場合、毎回放つ魔法の威力がデカすぎるせいで、近隣の住民に被害が及びかねない。
魔法を小さくして、それでも威力を弱めないようにすることができれば目標達成だ。
魔法を圧縮するのにもかなり技術と魔力を要する。
一石二鳥だ。魔力も存分に使えて、なおかつ技術も上がる。
ここ数日で、最初の時に出したものの二回り小さい大きさまでできるようになった。
そしてもう一つ、土魔術だ。これに関してはもう一つ進展がある。
小さい出力であるならばいちいち詠唱する必要がなくなった!
これは俺の適性なのだろうか? これに気づいた翌日に師匠に聞いてみた。
「魔法って属性があるじゃないですか」
「ええそうですけど、突然どうしたのですか?」
「魔法に適性ってあるのでしょうか」
「ふむ……どうでしょう。聞いたことはないですね」
そうか、もし違うのなら、これは俺の天賦かもな!
それは嬉しいことだ。もう一つチートが増えたのだ。
なので俺は毎夜、土魔術で細かい作業をしている。
細かい作業には通常の魔法発動に必要な魔力よりも、より厳密で、精度の高い使用が求められる。これにももちろん魔力が必要だ。
まずは立方体を作る。ここから変形だ。直方体、凸凹、滑り台みたいに、どんどん工程を難しくしていく。
魔法ってのは面白いもので、使えば使うほど慣れてくるし、それに伴い魔力も増える。
努力したら報われるというのはただ妄想とか言う人も多いが、魔法はマジで結果が返ってくる……!
やめられない、止まらない。
――
そして、いずれ訪れることはわかっていた日がやってきてしまった。
「私が教えられるのも、これで最後となりましたね」
「え……? 僕、まだまだ学ぶことがありますよ?」
「そうですね……でもそれは、今後大人になっていくルイが自分で学ぶことです。私が教えられるのは、魔法ぐらいでしょう」
リリィ師匠が優しく俺の頬を撫でる。
「ルイ、明日、いつものところに来てください―――」
…………ーーーーーー…………
”別れとは突如訪れるものである”
なんて言葉が存在する。
実際俺も急に死んだわけだから分からなくもない。
だがこれは……。
その時俺は改めて感じた
巣立つ日が、来てしまったのだと。
―――翌日
「師匠、きました」
「よく来ました。私はてっきり寝坊するのかと」
「するわけないでしょう」
今日は俺の転生後の超重大イベントだ。
第一、父親に毎日朝のランニングを義務付けられた時からは一度も欠かしたことはない。
「それでは、卒業試験です。私と戦い、勝利を収めてください」
「え?」
「教えられるものは全て教えましたし、ルイは私よりパフォーマンスはいいでしょう? これで負けるなんてことはありませんよね」
「……はい」
この戦いに勝つ。
それは、師匠に対する恩返しでもある。
「あなたの弟子は、ここまで強くなりましたよ」
と、自ら証明するのだ。
でもそれは、師匠との別れにもなる。
正直なところ、俺はリリィが好きだ。長い間お世話になったっていうのもあるし、ただただタイプだって言うのもある。
考えてみろ、学校で好きな女子と話すことができるだけでも、その日は退屈することはないだろう?
だから離れたくなんてない。
ずっとこうして一緒に住み、教えてもらい、ゆくゆくは俺が教える側になっていたのかもしれない。
「ほらどうしたのですか?」
だがこの戦い、リリィ師匠のためを思うなら、答えは明白だ。
「……はぁ!」
「堅牢なる岩の守りを今ここに。岩壁!」
「明成たるその輝きで指し示せ、その槍は闇をも貫かん。炎槍!」
相手が防御態勢に入ったら、間髪入れずに魔法を叩き込むこと。
師匠から教わったことだ。
「炎乱壁!」
上級魔法“炎乱壁”。鉄製の剣で攻撃すると溶けてしまうほど高温である。魔術師が剣士単体とタイマンを張るとき、何もできずに切られるわけにはいかないだろう?
だからこそ火属性の魔法のほとんどが、他属性の魔法よりも圧倒的に殺傷能力が高い。
その代わり魔力消費は半端ないが……。
さて、火属性には風魔法だったはず!
「荒々しく吹き荒れる風よ、その力を一つにし、我が敵を薙ぎ払え。風槍!」
よし!
障壁はなくなった。あとは本体……ん?
「水の神よ。
我が願い聞き届け、その力欲するとこに授けよ。
求めるは万物を押し流す濁流の波。
我が敵を打ち破り、その力を世に示したまえ!
波よ! 我が前に顕現せよ!」
なんだその詠唱は! 俺はその魔法を知らないぞ!
「……大津波!」
次の瞬間、目の前に巨大な壁が現れる。
それは流れるようにこちらに迫ってくる。
津波だ。
な…なんだこの水の量は! まずい飲み込まれる!
「巻き上がる大地の力は……うわっ!」
「や……やりましたか!」
リリィ師匠が勝利を確信したような表情を浮かべる。
まずい! どうにかしなくては……。
直撃を避けるには、今目の前にあるこの大量の水をかき消すしかない。
しかし一体どうすれば……水属性の魔法には氷結させることのできるものもあるのだが、この大量の水がここで凍ってしまっては、気候にまで影響しかねない。
いっそ蒸発させてしまおうか……いやダメだ。水蒸気爆発でここら一帯がどうなるかわからん。
「…………?」
いや待てよ、割とアリかもしれん。
土地に影響が出なければいいのだ。
空中で使えばいいのではないか?
ええい! ままよ!
「天高く登りし炎帝の手よ! 我が前に渦となりて、全てを飲み込め!
炎旋風
最大出力じゃあァァァァァァ!」
「きゃっ!」
俺が放った上級魔術”炎旋風“は、師匠の魔法をつつみこんだ。
その途端、激しい水蒸気爆発が起こり、双方反対方向に飛ばされる。
「ぐぅぅぅ!」
「きゃあぁぁ!」
師匠の叫び声が辺り一面に響く。
まずい! まともに受けたか!
咄嗟に風魔法を落下地点に放つ。衝撃緩和材のような役割を果たしてくれればいいが……。
――
リリィ師匠は地面に伏せていた。
やばい、やりすぎたか……
「師匠! 師匠、大丈夫ですか……」
「…………」
「し……師匠……?」
おいおい嘘だろ!? 俺ほんとにやりすぎたのか……!
「………ふがっ!」
ほっ……よかった。
「師匠! 大丈夫ですか? 起きられますか?」
「うっ……ん……はは……私のより大きい魔法を使えだなんて言ってませんよ……」
「それは……はい……どうしようもなくて……すんません」
ここまで大きい爆発が起きるとは思っていなかった。未熟者だな、俺もまだ。
「まあいいですよ。こうなるとは思ってましたし……合格です。これで私の教師期間も終わりです。長い間、ありがとうございました」
「もう……終わりですか……」
寂しい。もっと一緒にいてほしいと深く思う。
でもそれは俺のためであってリリィ師匠のためにはならない。
「負けちゃったので、約束通り一つ願いを叶えて差し上げましょう」
……? していたか? そんなの。
まぁいい、これはチャンスだ。残ってほしいと言えば残ってくれるのだろう。
…………
いや、それはもう諦めよう。迷惑をかけてはならない。この人生では誰にも迷惑はかけたくないのだ。
「なら一ついいでしょうか」
「なんでしょう」
「最後に見せてくれたあの魔法を教えてくださいますか」
「あれですか……あれは天級魔法”大津波“です。あれを学びたいのですか?」
「はい。そうです」
「……これも覚えられちゃったら、わたしはもう何もシュウを超えるものを持っていませんね……」
そんなことはない。リリィは俺にとっての師匠であり、俺の人生の救世主だ。
この人ほど俺のことを気にかけてくれた人はいない。
「そんなことはありません。師匠は存在自体が僕のはるか上の次元の生物です」
嘘偽りのない本音だ。
「そんなことは言わないでください。余計惨めになりますから……」
「はあ、まあ分かりました」
なぜだろう。悪気はこれっぽっちもない。
「それでは一度しか見せません。何回も打てるほど私に魔力はないので……」
「分かりました」
師匠との最後の思い出になる魔法だ。しっかり目に焼き付けてやる。
「……」
さっきとはまるで別人のようだ。かなり集中している。空気の流れでわかる。魔力を身体中から集めているのだ。
「水の神よ。
我が願い聞き届け、その力欲するとこに授けよ。
求めるは万物を押し流す濁流の波。
我が敵を打ち破り、その力を世に示したまえ!
波よ! 我が前に顕現せよ!」
長い詠唱の末、放たれるもの……。
「大津波」
突如、何もないところから水が集まってくる。そして横一列になり、一斉に走り出す。
それは荒々しく、そこら一帯の草原を根こそぎ持っていく。
「……すごい…」
さっきは焦ってよく見ていなかったが、普通にすごい。
魔物が複数体いたとしても、これで全部一掃できそうだ。
「……はぅ」
師匠が倒れた! それもそうだ。これほどの魔法を2回も使って、常人が保つわけがないのだ。
「お疲れ様でした。師匠」
「……はい。それじゃああなたもやってみてください」
俺は立ち上がり、師匠を岩牢で囲う。
少し離れたところで試してみよう。どうせコントロールできずにとんでもないことになるのだから。
「それでは、やります……」
さっきの師匠の言葉を一つずつ口に出す。
「水の神よ。
我が願い聞き届け、その力欲するとこに授けよ。
求めるは万物を押し流す濁流の波。
我が敵を打ち破り、その力を世に示したまえ!
波よ! 我が前に顕現せよ!」
よーし、逃げろー!
俺は師匠を抱えて、わき目も降らず走った。
―――
そのあとはもうめちゃくちゃだった。
は横幅数百メートル、高さは18メートルはあった。
ここの土地に所有者がいなかったことが大変幸いである。
でなかったら今頃は牢獄行だ。
「私のより数十倍は大きかったですね……はあ」
「なんかすいません」
「これで私が教えられることは本当にないです。よく出来ました」
いつも通り、撫でられる。
これがいつも通りと言えなくなってしまうのは、やはりつらい。
小さくて、弱くて、それでも頼り甲斐のある、優しい手だ。
「……へへ」
―――翌日
「それでは私はもう行きます。2年半の間、お世話になりました」
「あぁ……気を付けて帰るんだぞ!」
「
ブラインとシーラが呼び止めようと必死
リリィ師匠は俺に話しかけてきた。
「シュウも将来どんどん成長していくと思います。いつか私の身長を超えるでしょう。そこで、一つだけ忠告しておきます。決して魔法を人に向けて故意に使わないこと。吸血鬼に会ったらすぐに逃げること。そして……」
「僕、絶対に師匠のことは忘れません」
リリィはまたいつも通り、師匠呼びを止めようとしたのだろう。
そして俺も、いつも通り返す。
そう、いつも通りなのだ。
「次会う時にまたそう呼んでくれたら、私も諦めますよ」
最後に師匠は目に涙を浮かべていた。俺までつられて泣いてしまいそうだ。だが男に涙は似合わない。そんなプライドがどこかにあった。
「それでは、また!」
「いつでも帰ってきていいんですからね!」
「ウチでずっと待ってるからな!」
師匠が手を挙げて揺らす。
この人には本当にお世話になった。
魔法を教えてもらった。
馬の扱いを教えてもらった。
礼儀作法を教えてもらった。
算術、読み書きを教えてもらった。
あとはそうだな……乙女心とかも。
そして…
何より俺に人の温かみを教えてくれた。
俺を街に連れ出してくれた。
この人がいなければ、俺は結局どこにも行けずにここにとどまるだけのつまらない人生だっただろう。
あの小さい背中には、ちゃんと重みがあった。
とても頼もしい背中だ。
尊敬しよう。あの小さい魔術師を。
崇拝しよう。我が師匠……いや……神を。
…………―――――…………
母日記
「ルイの部屋を掃除していたら、誰のか知らない下着が出てきた。問い詰めたらしどろもどろしていた。
私の息子にも思春期があるのかしらねえ」




