4話 師匠と弟子
「ということで、師匠役が登場しましたー!」
「いやー天に願いが届きでもしたのでしょうか」
「おそらくそうでしょうねぇ」
心の中で勝手に実況するが、本当に驚いている。
マジか、ここまで理想的とは思わなんだ。
正直何が何でも魔法は会得したいから、真面目にはやるつもりでいたが、目的が変わってしまいそうだ。
「よ……よろしくお願いします! 師匠!」
「その呼び方……リリィでいいですよ」
「わかりました。リリィ師匠!」
「わかってないじゃないですか!」
――――――
近くの草原が、今日からの稽古の場所になった。
まだ覚えてるだろうか? そう、俺が目覚めたところだ。
「今から簡単な魔法を見せていきます。よく見て学んでください」
「わかりました!」
「火の神に我が名を連ね奉る。
求めるは永劫の赤、純粋の玉となりて、
我が前に顕現せよ。
“火球”!」
さすがは現役の魔術師、母が見せてくれた倍の威力はありそうだ。
よし、俺もやってみよう!
「次はあなたの番です、あの木を倒せるまで何回でもいいので撃ってみてください」
「何回でもいいんですか?」
「まぁこの試験の目的はあの木を倒すことではないので、あなたの魔法の威力、コントロール、そして何回撃てたかで魔力量を図るためです」
「へぇそうなんですか」
「……倒せるなんて思ってませんから」
「何か?」
「別に……なんでもありません」
あれ、なんか見下すような目線してくるぞ。
俺が一回見ただけでできるようになるわけがないって思ってんのか?
チッチッチー、前にも言ったが俺は全ての属性初級までは使えるようになってんだよ。
「では……。<詠唱>
“火球”!」
彼女が指定した的は大炎上し、灰になった。
ふっ、どうだ見たか!
わざわざ低い木を選んでどうもありがとぉう!
「な、ななな、何ですか今の大きさは!」
「ど、どうでしたか?」
「ま、まぁまぁなんじゃないんですか? ……何が起きてるっていうんですか」
「何か言いました?」
「い、いえなにも……えぇ……」
「ち……ちなみに聞くんですけど、他の系統もいけたりしますか?」
「もちろんです!」
「いけッ!?……あぁそーですかーふぅーん}
「どうかしましたか?」
「いいえー別に何でもないですよーはいー」
その後俺は他の属性の魔法も見せた。
その度にリリィは驚いていた。
帰ってきたら、母がリリィ師匠に問い詰めた。
「どうでした? どうでしたかうちの息子ちゃんは?」
「ひっ! ま……まあそこそこですよ……これでこそ教え甲斐というものが……そこそこだったんですよ」
――
それからの日々は穏やかだった。
朝は魔法の練習、昼は師匠と散歩、夜は母の作ったスープを飲む。
そんな繰り返しが、少しずつ日常になっていた。
そして、師匠から昔の体験談を聞いた。
「実は私……自分の師匠と喧嘩して、それで別れて……そのまま会えずに……死に別れしたんですよね」
「それは……お気の毒に……」
「いえいえお気になさらないでください。私が言いたいのはその……なんと言いますか……師匠って呼ばれるのはちょっと気が引けます。私とあなたにも、もしかしたらそういう……」
「いいえ。それは絶対にありません。私はリリィ師匠を慕い、敬っているからこそ、師匠と呼ばせてもらっています。師匠の言うことに反論なんてしませんし、ましてや喧嘩などは絶対にしません。だから師匠と呼ばせてください」
「……そうですか。それなら……いいです」
そう、こんな素敵なお方を”師匠“と呼ばずして、しかも手放すなど……そんなことをする俺が想像もつかない。
大事にしよう。この関係を。
そう思えた日だった。
……――――――……
そんなこんなでもう二年経った。リリィ師匠との練習は順調だ。
上級魔法の理論と詠唱法はひと通り頭に入った―――だが“無詠唱で自由に扱える”レベルとはまた別物だ。
師匠も驚いている。
「私は8年かかったのに……」
とか言って悔しがってた。いやあすまないねえ。
魔法というものの感覚というのが手に取るようにわかる。なぜだろう。前世の記憶のおかげで理解が早いのか、それともこの体の才能が富んでいるのか。どちらにせよ好都合だ。
―――
だがある日、事件は訪れた。
「街に行きませんか」
街。王都の城下町のことだ。
それを聞いた時、俺は想像した。たくさんの人混みの中を歩く俺。
―――無理だ。
もう何十年見たことがない“人の集団”。
「街……ですか?」
「そうです。王都の城下町まで行って魔法書を漁りに行きましょう」
「師匠お一人で行ってくればいいじゃありませんか」
「いえ、今回の目的は算術の訓練です。買い物はそれに一番効果のある方法です」
「……いやです」
思えば転生した後も俺はこの村から一度も出たことがなかった。
「この子、買い物しに行く時もそうだけど何でかしらねえ」
「もしかして算術が苦手なんですか?」
「別にそういうわけじゃ……」
「いいのですよー?、私が払いますし」
なんか久しぶりに見た気がする。師匠の得意気な顔。
「ほら行きますよ」
「ちょっと! 待ってくださいよ! ねえってば!」
師匠は問答無用で俺の腕を掴んで引っ張り出した。
―――
王都まではそう遠くはなかった。
目を閉じて夢だと思い込んでいるうちに、王都の入り口、大堂門まで来てしまった。
「ほら中に入りますよ」
「帰りましょうよ師匠……」
「大丈夫ですよ」
そのまま腕を引っ張られて中に連れてこられた。
やだ。見たくない。誰かに心の中で嘲笑われてるに決まってる。
このみすぼらしい様子じゃ、ニートだ引きこもりだと言われて冷たい視線を送られるんだ。
だから俺は逃げた。
外界から身を遠ざけ、存在感を徹底的に消そうとしたのだ。
「ほら、目を開けてください。前が見えないと歩けないでしょう」
もうここまできたんだ、今際の際だぞ?
どうせもう慣れているんだ。
「くッ……!」
おそるおそる目をあける。
町にはたくさんの人がいた。
皆市場で買い物をしたりすれば、楽器の演奏を見ている人もいる。
子供を連れて歩く歩行人。
値段交渉で頭を悩ます商人。
みんな各々のやるべきことをしている。
俺のことを気にかける暇がありそうなやつは一人もいない。
その時改めて思った。
(俺、転生したんだったな)
そう、前の俺はもういない。今の俺は磯垣亨じゃない。ルイゼル・アルスエイルだ。
高校時代の悪い記憶を思い出す。
だがここにはもう、俺の知るあいつらはいないのだ。
当たり前じゃないか。
何で今までこんなに恐れたのだろう。
「ほら、大丈夫だったでしょう」
「………はい」
「行きますよっ! 宝の山じゃぁい!」
「うりゃぁぁぁぁ!」
師匠は魔法の話になるとたまに羽目を外す。
なら、思いっきり楽しもう。初めてのおつかいだ。
…………――――――…………
その日は師匠と町中を探索した。
俺も師匠も王都の町は初めてだったから、情けないことに大出費と大量消費を繰り返してしまった。
気づけばもう暗くなっていた。
とてつもない量の魔導書を乗せた馬は非常につらそうな眼をしている。
すまん、俺のせいじゃないんだ。
責めるのは師匠だけにしてくれッ……!
「星が綺麗ですね」
「私の故郷だと、あの星が今の時間は真上に来ているんですよ。不思議ですね」
「……師匠ってこの世界はどんな形をしてると思いますか?」
「そうですね……考えたこともありませんでした」
帰路では星の見え方について議論した。
この星で、場所によって星の見え方が違うのは、この星が丸いからだと言ったら、そんなわけないじゃないですかって鼻で笑われた。
これがかつてのコペルニクスやガリレオの気持ちか…………なんて思ったりもした。
楽しかったな。今日は本当に。
帰ってくれば、父に肩をつかまれて色々聞かれる。
「お前…城下町に来ていたのか! なんで連絡よこさなかったんだよー」
「少しはしゃいでしまいました」
「それは構わないんだが――」
予想はしていたが、やはり俺の遠出は割とビッグニュースだったようだ。
夕飯の会話はとても盛り上がった。
夜風が頬を撫でる。
遠くで、母がランプを消す音がした。
俺は小さく息を吸い、呟いた。
「……俺の、新しい人生かぁ」
まぎれもない。この世界の俺なのだ。
そんな簡単なことだ。だが俺にとってはこれ以上ない重要なことだ。
…………――――――…………
母日記
「今日はルイがリリィさんと一緒に出かけた日、そして記念すべき日! ついに! 街の市場に行ったのよ! 何で今まで行きたがらなかったのかはさっぱりなのにねぇ……あの可愛い子ちゃんが結構効いているのかしら」




