8.恐怖のスムージー
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
お花見が始まってから3時間が経ってそろそろ夕方になるかなって頃、とある男性の悲鳴が響き渡った。
桜通りから外れた先、薄暗くなりつつある森の中から聞こえる悲鳴が段々大きくなる。
ズザァっと倒れ込んでくるのは、服が乱れベルトも締めきっていない格好の冒険者。パッと見たところ擦り傷以外の怪我はしていないみたい。
お酒が入っていても悲鳴を聞いてすぐに臨戦態勢を整えるウチの子と冒険者達。ギルド支部のまとめ役エレオノーラちゃんがその冒険者に何があったのか問い詰める。
「森で何があった!」
「べ、ベアが……グ、グ、グラ…あぁ、もうすぐそこに!!」
男が泡を飛ばしながら必死に指を差すその先には、森の中からこっちを覗き込む赤い眼光。薄暗い中に3メートルは軽く越えそうなシルエットが浮かび上がると、ヒッと息を呑む音が重なり合う。
震える声でエレオノーラちゃんがその巨体の名を呼ぶ。
「ま、まさか!!グラップリングベア……だとっ!?」
途端にざわめきが広がって絶望感が漂う。あまりのプレッシャーに冒険者でさえ脚が震えて立てなくなる者もいた。
人々の動揺を知ってか知らずか、そのグラップリングベアは一歩二歩とこちらに向かってゆっくり歩いてくる。
しかし、チェリッシュミミックの枝に触れる手前で「ゴゥン」という音が鳴り、何かにぶつかったように足を止めた。
頭をぶつけた先を不思議そうに眺める熊さん。
空中をジッと見てる感じはちょっと可愛く見えるんだけどなー。
周りの冒険者はもうパニック状態で、熊さんからできるだけ離れようとしたり、いつでも街やダンジョンの方に逃げ込めるようにしてる。
多分ダンジョンエリアの壁に頭ぶつけたんだと思うけど、その壁を爪でカリカリしたり指で掴んでみようとしてるみたい。
「グ、グラップリングベアがこんな浅層にいるなんて、ありえない!……ハルちゃん?ちょっと待っ、ハルちゃん!?」
トコトコと熊さんの方に近付いていって、ダンジョンの壁をカリカリもちもちしていたのが、だんだんドゴンドゴンと叩くようになった熊さんに挨拶してみる。
「熊さんこんにちは。ウチのダンジョンに何かご用?」
あたしが話し掛けると、熊さんは見えない壁を叩くのをやめてジッとこっちを見てる。
グルゥ……って唸りながら口を開けたり開いたりしたかと思ったら、急に頭の中に声が響いてきた。
『…美味そうな匂いする。食いもん寄越せ…』
「美味しそうな匂いかぁ……これかな?」
今日やってたのはBBQだし肉串かな?そう思って焼けた串を持ち上げて見せる。
『…それじゃない。でもそれも寄越せ…』
肉串を4、5本ポイポイと投げて渡すと、熊さんは器用にそれを掴み取って上手に食べ始めた。あらまぁ芸達者じゃん〜。
肉じゃないとなるとなんだろう…野菜はいつもあるし、いつもと違うって言ったらお酒かな?
「ねぇねぇ熊さん、美味そうな匂いってお酒のこと?」
お酒の入った三つの大きい樽をペシペシ叩いてみせる。
『…甘い匂いする。それ。そっちの変な匂いする奴はいらない。寄越せ…』
「でもこれお酒だよ?酔ったら暴れたりするんじゃない?」
『…酔う?ってなんだ?わからん…』
うーん、今のところちゃんとお話できてるし美味しいのを作ってあげる分にはいいんだけど、もし暴れたりしたらあたしでも怖い。
甘いのがいいんでしょ?と聞くとうんと頷いてくれるので、マイスに大きな樽とか色々と用意してもらう。
「熊さん座ってちょっと待ってて。今美味しいの作ったげるから!」
『…うぬ…』
ちょこんと座って追加の肉串を食べてる可愛い熊さんはさておき、ハルちゃん特製!花畑スムージー作っちゃうわよー!
「ハ、ハルちゃーん?あの、説明してもらっても……?」
「今忙しいから後でね!」
まずは、マイスが用意した大きな樽にウッディのトレントベリーを始め果物をドンドコ入れます!ベリーの甘味が強いから、柑橘類もしっかり目に入れて爽やかさも取り入れます。木の棒で果物を潰すのはおじいちゃんに頼んでおいて、次はお野菜!
甘いものが好きって言っても、健康に悪いんじゃあ許せない!ウチのお野菜はとっても甘味が強くて美味しいから、きっと気に入ってくれると思うのよね。
まずはよく洗った陽炎ほうれん草を魔導ミキサーに10束入れます。次に冠トマトをポイポイ入れてミキサーON!その間に甘い香りのする白銀フェンネルの毛皮を剥いて、根本の部分をザク切りにしておきます。ミキサーの中身を樽に入れて空っぽにしたら、白銀フェンネルをミキサーいっぱいに入れてギュイーン!
ミキサーにかけたお野菜を全部樽に入れたら、おじいちゃんには網で果物とかの皮をかき集めてもらっておく。
今度はめちゃくちゃ大きなお鍋をおばあちゃんに持ってもらって、果実酒と蟻蜜酒を火にかけてアルコールを飛ばします。樽を持ってお酒を注ぐアシスタントはマイスに。
フランベにならないように火の調節をして煮込んでいくと、クラっとするような濃厚な甘い匂いがしてきた。アルコールはすっかり飛んでるから、お鍋を下ろしてキャロちゃんに粗熱をとるお手伝いしてもらいましょう。
繊維や皮を濾し取って滑らかになったところに、ジュニパーベリーと砕いたナッツを入れる。
粗熱をとったお酒を樽に流し込んで、ぐるぐる混ぜたら出来上がり!
ちょっと味見を……
う〜〜〜ん!美味しい!とろりとした舌触りの濃厚な甘さの中に、柑橘類や白銀フェンネルの爽やかさが香る!トマトやほうれん草の旨味もしっかり生きてて、甘いのにくどくないね!たまに口の中で弾けるジュニパーベリーのほんのりとした苦みとナッツの食感がいいアクセントになっています!
『…おい、もういいのか。もういいだろう。早くしろ…』
もう熊さんも待ち切れないのか、お尻が浮いてソワソワし始める。
大きな平皿に大きなおたまで並々と注いで、マイスが蔓の触腕で熊さんのところまで運ぶ。
両手で平皿を抱えて一口ペロリと舐めた熊さんは一瞬動きを止めたかと思いきや、凄い勢いで舐め始めた。すぐにお皿が空になって、おかわりを要求される。
わんこそばみたいなスピードで舐めとった熊さんは樽が空になるとその樽ごと隅々まで舐めて、プハーと余韻に浸っている。
「どうだった?ハルちゃん特製の花畑スムージーは?」
『………うむ。美味かった………』
「お口にあってよかった!」
『……また来てもいいか?……』
「あたしはいいんだけど、人族のみんなは熊さんのこと怖がってるのね?だから、人族のみんなを襲わないでくれたらまたスムージー作ってあげる!どう?」
少し考えてから、熊さんは頷いてくれた。なんでも人族の肉は美味しくないから、わざわざ襲う必要もないんだとか。
それにしても、ウチのダンジョンの周りにはスケープリザードが散らばっていて何かあればすぐに連絡が来るようになってるし、あたし近くのことならなんとなく感覚で分かるんだけど、熊さんには全然気付かなかった!
もし森の中で熊さんにバッタリ出会ったら心臓が幾つあっても足りないよねぇ。
てことで、困った時のマイスさん!
「熊さんが付けれるような鈴があったらいいんだけど、すぐに作れる?」
「はい、できますよ」
懐から取り出した大きなどんぐりがモコモコと膨らんで両手で包めるくらいの大きさに。カラカラと高い音がする硬い種を中に入れたら、あっという間に鈴の出来上がり!
お座りして待ってる熊さんの首元にマイスが蔓をまわして鈴を取り付ける。大きな身体にちょこんと鈴がついてるの可愛いんですけど〜。
「はい、完成!これで冒険者の人もすぐに気付けるから大丈夫ね」
『…ふむ、また来る…』
ノッシノシと歩いて帰って行く熊さんに手を振ってると、誰かが袖を掴んで揺さぶってくる。
「ねぇ、ハルちゃん!!どういうことなの!?何があったの!?」
「んー?熊さんがまたスムージー飲みにくるって約束しただけだよ?」
はぁっ!?って一斉に言われるからびっくりして周り見渡すと、冒険者の人達はみんなびっくりした顔してる。
エレオノーラちゃんにすごい質問攻めされるから、何話してたのか伝えたら、あの熊さんがどんな存在なのかも教えてくれた。
この魔の森には主って呼ばれるすごく強いモンスターが何体かいて、あの熊さんもその一体なんだって。
元々は普通のベア種からの突然変異で生まれた手の器用な小さな熊だったんだけど、自分よりも身体の大きな相手を投げ飛ばしては首筋を噛み千切っていったらしいの。
そうやって強くなったグラップリングベアは、手を出してはいけない危険なモンスターとして手配されてるんだって。
グラップリングベアが意思疎通できることもびっくりだけど、人族には手を出さないと約束したこともとびきりのニュースみたいで、急いで街のギルドへ遣いを走らせてた。
とりあえず今の所危ないことはなさそうだからってことで、お花見の片付けをササっと済ませたらマンションのギルド支部に帰ることにしたみたい。
あたしも帰ったら今日のスムージーのレシピ書いておかなきゃ!
陽炎ほうれん草は炎のように揺らめく模様の赤いほうれん草です。熱くはない。
冠トマトはミニトマトがくっついて冠みたいになった形をしています。粒によって味の深みや甘味が異なってるゾ。
白銀フェンネルはフェンリルのような毛並みの外皮を持った香り高いハーブです。葉も茎も実も使える優秀な子。
ジュニパーベリーは地球にあるのと同じですが、甘さが強くなっていてほろ苦くらいに留まっています。




