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海底の都 その8

「お前たちか!海底にいた人間というのは!」

 でかい声で叫ぶのはポシェイド王だった。確かにでかい。ほかの魚人の倍ぐらいあるだろう。その横に、壮年くらいであろう魚人が浮かんでいる。よく見ると右腕の部分がほかの魚人兵と違う。たぶんダムザに腕をちぎられたザバンとかいう奴だろう。


「人間が、このネプティエの地を踏むなど、断じて許せん行為である!」


 蓮たちは鎖で体を巻かれており、四人一体で動けない状態であった。メローラは必死に口を動かしているが、どうにも通じていないらしい。そもそも、声が出ないのだから仕方ないのだが。


「即刻処刑せよ!」


 王が言うなり、檻に入れられた海洋生物が蓮たちの元へと向かう。蓮たちの高さよりもはるか上にいるポシェイドは、上から自分たちが食われるのを見届けるというわけだ。


 檻の生物は、サメだった。


 この瞬間、三人の気持ちは一つになった。


「新しいサメに鞍替えか、このクソジジイ!」

 蓮の叫びに、ポシェイドはひるんだ。

「何?」

「娘に手ぇ出す聞き分けの悪いサメ追い出しといて、よくまたサメ飼おうなんて思えるな!神経腐ってんじゃねえの!」

「そうよそうよ、立場が弱いのを利用して、無理難題をふっかけておいて!」

「私たちは知っているぞ、そこの男が、汚いやり口で彼の尊厳まで踏みにじった卑劣漢であるということをな!」

 口々に言葉を飛ばすが、それでも届くのは三分の一に過ぎない。

 だが、王の怒りを高めるには、三分の一でも届けば十分すぎる。


「殺せ!殺してしまえええええええええええええ!」


 王の怒号ともに、サメは解き放たれた。解き放たれたサメは、一直線に蓮たちに向かう。


 だが。


 蓮が「ふんっ」と鎖を引きちぎり、サメの突進を鼻っ柱を掴んで受け止める。蓮が外して緩んだ鎖を、ほか三人も容易に外して抜け出した。

「おんなじサメでもなあ…………!」

 逃げようとしたサメを、蓮は抱えて持ち変える。つかみやすい尻尾をひっつかんで、蓮は上へと駆け上がった。

「サメ面の海賊の方がよっぽど手ごたえあるんだよおおおおおおおおお!」

 重力をエターナルの魔法で補助されている蓮にとって、今の環境は地上と何ら変わりない。エターナルから離れすぎなければ、思う存分水中でもおぼれずに動ける。

 地上同然の跳躍で王の上を取った蓮に、その場の誰も対応できなかった。いや、対応できても、水の抵抗が邪魔をして、蓮ほど機敏には動けない。

 ポシェイドが、とっさに両手を回して渦を形成しようとするも、それすらも間に合わない。


「おっせえんだよ、ダボがあああああああああああああああ!」

 

 一応断っておくと、死なないように手加減はしている。ポシェイドはおろか、サメも。


 とはいえ、メローラの表情は、かなり複雑だった。

 いくらダムジャルクにひどいことをしたとはいえ、自分の父親なのだ。


 それを娘の目の前で、サメで頭をしばくのは、いかがなものだろう。

 頭をぶっ叩かれたポシェイドは、その場に崩れ落ちた。蓮はサメから手を放すと、今度はポシェイドの髪をひっつかむ。

「き、貴様!王に何をする!」

 衛兵たちは叫ぶが、蓮が睨みつけると途端に黙ってしまった。ちょうどよかったので、その場にいたザバンも「来いオラ!」と左腕をひっつかんで下へと連れて行った。

 下に戻ると、アイシャたちが待ち構えていた。アイシャもアイシャで軽く暴れたようで、聖剣を持っていた衛兵を投げ飛ばしたらしい。ひっくり返って伸びている衛兵を見て、初めて出会った時のことを思い出した。そういえば、あの時も巨漢をぶん投げていた気がする。

 ポシェイドとザバンの武器を取り上げて、念のためポシェイドの両手を鎖で縛っておく。

 その場に座らせると、蓮も胡坐をかいた。


「さて、こっからようやく話しあいだ」


 最初に口を開いたのは、ポシェイドだった。

「……そなたら、奴を……ダムジャルクを知っておるのか……」

 さっきまでのいかつい声とは違う、弱弱しい声だった。ちょっとやりすぎたかな、と蓮は少し心を痛める。

「あいつなら、地上で元気にやってるよ」

「……そうか、……死んでおらなんだ……」

「どっかの誰かさんにぼこぼこにされた挙句、これまたどっかの誰かにぶっ飛ばされたって聞いてるけどな」

 蓮はそう言いながらザバンを睨んだ。彼も身を縮こまらせている。

「残念だったなあ?厄介者が生きててよお」

 蓮の敵意むき出しの発言に、ポシェイドたちの身体はどんどん小さくなっていった。

「……わしは……」

 ポシェイドの声が、どんどんとか細くなる。


「……嬉しい。あ奴が、生きていてくれて……」


 その場にいる全員が、黙り込んでしまった。


「……ああ!?」

 声を上げたのは蓮だ。とはいえ、ポシェイドの言葉がわかるのも蓮とメローラだけなのだが。メローラも、驚きを隠せないでいた。

「なんでだよ……お前があいつを追い詰めて、追放までもっていったんじゃねえか!」

「そ、そうです、王よ!」

 以外にも同調してきたのはザバンだ。彼の表情は、明らかに焦りを隠せないでいる。


「私は……私は、あなたとメローラさまを御守したいがために、彼に八百長をもちかけて、一切手を出さないようにと約束させたのです!それはあなたも承知だったではありませんか!」

 ザバンの告白に、蓮の表情は険しくなる。つまりは、こいつらは最初から結託して、ダムザをぼこぼこにして、さらし者にした挙句、追い出そうとしていたわけだ。彼にチャンスを与える気など、さらさらなかったらしい。


「それを言うなら、私こそ被害者です!無傷で勝てるからと闘った挙句、暴走した奴に、私は右腕を食いちぎられてしまったのですぞ!」

「……うむ。十年前、わしは幼かった奴が娘に近づいたと聞き、頭に血が上っておった。どうにかして、奴を排除しなければという思いだけで、お前に誘いをかけた。すべてを持ち掛けたのはわしじゃ。奴を追い出し、痛めつけ、辱め、心をへし折り。二度と城に近づくまいと思わせるまで追い詰めよう、とな」

 周囲の視線はさらに冷たくなる。ザバンはおろか、ほかの衛兵もここまでとは思っていなかったらしい。「ええ、そこまでやるの……?」という顔で、王の告白を見つめていた。


「あの憎しみに満ちた顔で睨む奴の目を見てからの、夢に出てくるのじゃ。水の中でも消えぬ炎の揺らめきが。あの時の炎は、わしの心を今も焼き続けておるのじゃよ……それは、奴が死んだと思ってからも、ずっとな……。だから、わしは思っておるんじゃ、わしらはとんでもないものを殺してしまったのではないかと…………」


「……だから、生きててよかったってか?」

 

 ポシェイドは力なくうなずいた。蓮は首を横に振る。駄目だこりゃ。


「あのなあ爺さん、いいこと教えてやる」

 蓮は彼の耳元に近づいて、叫んだ。


「あいつはなあ!どこで生きてようが死のうが、てめえらへの恨みを一生忘れねえ!地上だろうがあの世だろうが、どこにいてもだ!あいつの炎は、てめえを死ぬまで苦しめる!今更生きててよかったとか、善人ぶってんじゃねええええええええ!」


 叫ぶ蓮の目には、うっすら涙がにじんでいた。何の涙だこれは。この爺への怒りか。ダムザへの哀れみか。それとも、こんな悲しみと、こんな形でしか向き合えない現実への無力感か。わからなかった。それでも、蓮には叫ぶことしかできなかった。

 今度こそポシェイドは座る力もなく倒れ伏した。うつ伏せになり、嗚咽を漏らしている。

「……一生焼かれてろ」

 蓮はそう言い捨てて、元の位置に座りなおした。


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