海底の都 その7
「……それが、海の「魔女」だ。奴も、俺と同じくネプティエから追放されたって言ってたが」
長い話が終わるころ、海賊の島はにわかに騒がしくなっていた。ちょうどアイシャたちが攻め込んできた時間だったのだ。
長い長い話の中で、メローラは何も言うことができなかった。
父や王宮の者がした行いなど、もはや通り過ぎてかけらも残っていない。
そこにあったのは、ただ、悲しみだった。
もはや何か言葉を紡ぐこともなく、ただ、目からは涙が零れ落ちていた。どうして泣いているのか、自分にもわからなかった。だが、止まらなかった。
「俺は、地上に行くことを海の「魔女」と契約した。契約条件として、ネプティエ近海には二度と行かないことを条件としてな。……そんで、同じようにネプティエ近海で親とはぐれたケイトスと出会って、一緒に地上に行って、海賊の島に流れ着いて……まあ、そんなところだ」
最後の方を流して説明したのは、騒ぎが大きくなってきたからだろう。ダムザはだんびらを担いで、外に出る。
「まあ、その兄ちゃんが起きるまで側にいてやれ。おとなしく待ってろよ」
結局、そのあとは勇者の怒りが凄まじすぎて、話を聞くことはできなかった。
『……っていうことが、今朝あったわけ』
ケイトスの口の中でメローラの回想を一通り聞いた蓮は、ネプティエに着く前にぐったりしてしまっていた。
(……と、とんでもなく重い話聞いちまった…………!)
蓮はあたりを見回した。どうやらアイシャもエターナルも、自分の考え事は終わっていたらしい。こちらに注目している。
「れ、蓮、大丈夫?なんだか、みるみる顔色が悪くなっていっていたけど……」
じろり、と二人を見て、蓮は軽く「ハハっ」と笑った。表情は全く笑っていなかったが。
「……聞きたいか?」
「や、やめてよ、怖い!」
「れ、蓮。世の中、知っていいことと、知らなくていいことがあると思うんだ。違うか?」
「何言ってんだ。情報共有しないとダメだろお。……俺たち、仲間だろ?」
互いに抱き合ってガタガタと震える二人に、蓮は死んだ表情で近づいた。
何よりこんな重すぎる話、自分だけ知っているのでは不公平にもほどがある。
長い話が始まり、終わるころには、誰もが死んだ目をしていた。
ネプティエの都は、もうすぐそこまで迫っている。
ケイトスの口の中が揺れ、動きが止まった。どうやら、海の底とやらにたどり着いたらしい。
「……着いたみたいだな」
「……ええ」
「……行きたくねえなあ……」
ダムザの重すぎるエピソードを、半ば無理やり全員で共有した一行は、すっかり気落ちしていた。まあ、今更引き返すことなど、できやしないのだが。
「……とりあえず、補助魔法かけるわね」
エターナルが呪文を唱えると、淡い緑の光が四人を包んだ。
「これで、水圧、呼吸、発声、温度、重力といった海底の環境に適応できるわよ。ただ、それ以外は普通だから気を付けてね」
さらりと言っているが、これは相当に凄いことなのでは?蓮は思わずエターナルを見つめた。
「……何よ、じろじろ見て」
「ああ、いや、別に」
じゃあ、行くかあ、と力ない号令とともに、四人は海底へと足を踏み入れた。
海底は、想像以上に真っ暗だった。辛うじて差し込んでいる光といっても、ほとんどないに等しい。遙か頭上に天のように白く光る何かが見えるだけだ。周りは何も見えない。
「……やっぱり、明かりは必須だな」
アイシャが聖剣を掲げようとすると、メローラが慌てて止めた。
「?どうした?」
紙とペンは水中では使えないので、彼女は手に指で文字を書く。
「……明かりは海底の魔物が寄ってくるから駄目だとさ」
最初は暗くて見えない海の底だったが、蓮は次第に目が慣れてきたのか、少しずつ見えるようになっていった。
「あっちに、ぼんやり光ってるの見えるよな」
「そうなのか?全然見えないんだが……」
「アイシャさんの刻印を使うくらいは大丈夫かしら?視覚を強化すれば見えるかも」
メローラに確認を取ると、『それくらいなら』と返事を得たので、アイシャも自身の視力を強化する。それでやっと、蓮の見ている景色に近いものが見えた。
見れば、遠くにぼんやりと光っている灯りらしきものが見える。
「アレがネプティエの都ってやつなのか?」
蓮の言葉に、メローラは頷いた。間違いないらしい。
先へ進む前に、蓮はメローラの方へ向き直る。
「一応確認とっとくぞ。本当に帰っていいんだな?」
メローラは頷いて、手のひらに文字を書く。
『お父様に、直接聞きたいの。ダムジャルクの事を』
「……わかった」
彼女の決意は固いらしい。なら迷う必要もなさそうだ。蓮は意志を固めて、再びネプティエの方へとまなざしを向けた。
「貴様ら、何者だ!?人間が、どうしてこんなところにいる!」
盾と槍を構えた下半身が魚の、いや、顔も魚の男が複数、蓮たちの周りを取り囲んでいた。アイシャとエターナルは、言葉はわからずとも、とりあえず両手を上げている。
蓮とメローラも、仕方なく両手を上げた。
道案内だと思えば、そんなに悪くない。そう思わないとやってられなかった。




