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海底の都 その6

ザバンが言ったことは至極単純だ。

 自分が撃ち込むので、ひたすら耐えろ。

 時間いっぱいまで自分からは攻めず、こちらの攻撃を受けろ。これだけだ。


 ザバンから放たれる攻撃が、ダムジャルクの腹を、顔を、肩をとらえる。だが、ザバンは一向に反撃をしなかった。するなと言われていたからだ。

 はっきり言って、ザバンの攻撃はものすごく痛かった。気を抜けば気絶してしまうほどに。だが、ダムジャルクは気を失わず、正気のまま攻撃を受け続けた。

 顔ははれ上がっていたが、構わなかった。途中、ザバンが日タイに脂汗を浮かべて、「早く倒れろ、このクソザメ野郎!」と言っていたが、演技だと信じていた。

 いつになれば終わるのか。そんなことを考えているうちに、とうとう目の前が暗くなりだした。駄目だ。時間いっぱいまで。最後まで。耐えるのだ。耐えれば、まだ、ここにいられる。

 そんなことを考え続けて、気が付けば舞台の外に転がされていた。

 全身を鈍い痛みが襲う中、目の前にいる兵士が、自分の身体を蹴り飛ばす。

「おい、気が付いたならとっとと起きろ」

 そう言われて、ダムジャルクは立ち上がった。虚ろな声で、兵士に尋ねる。

「試合は……」

「何言ってんだよ。ザバン様の勝ち。お前の負け」

「…………時間は?」

「は?」

「時間いっぱい耐えたら、口利きしてくれるって、ザバン様が」

 ダムジャルクの言葉に、兵士が「何言ってんだこいつ」という顔をする。


「何言ってんだ?大会は、時間無制限でどちらかが倒れるか降参するまでずっと続くんだぞ?」


 何を言っているのか、わからなかった。

 ひたすら耐えれば、口利きしてくれると言っていた。なら、制限時間があるはずだ。

 それがないなら、自分が気絶するまで、試合は終わらないのなら。


 ただ、自分は奴にいいように痛めつけられただけではないか。


 だまされたと知ったとき、体の中の海魔の血が、激しくうずいた。

 激情に任せ、顔から火を噴き出し、その場にいた兵士をかみ殺した。


 王宮は、大混乱に陥っていた。


 倒れていたはずのダムジャルクが、突如として暴れだしたというのだ。

 ザバン率いる兵隊が、彼の討伐に向かった。

 全身を燃える血で覆われ、水の中で激しく燃え上がる怪物のおぞましい姿に、兵士の一人は恐怖のあまり嘔吐した。

「ひるむな!奴は手負いだ。じきにおとなしくなる!」

 そういうザバンも肩で息をしている。ザバン。ザバン!


 貴様だけは、絶対にユルサナイ!


 怪物は、一目散にザバンめがけて突き進んだ。止めようとした兵士たちは怪物の腕に薙ぎ払われ、水中でも消えぬ炎に包まれる。

「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!」

 絶叫とともに、兵士の一人が燃え尽きた。黒く焦げた身体は、上に浮かんで消えていく。

 ザバンは盾を構え、怪物の突進を受け止めた。盾越しに迫る炎に、身をよじらせるが、何とか踏ん張っている。怪物は盾を乗り越え、彼のむき出しの右肩が視線に入ったと同時に、炎が噴き出す口を開けた。


 怪物ダムジャルクの牙が、ザバンの右肩に無数に突き刺さる。


「ぐああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 王宮内で絶叫がこだました。ただ噛みつくだけではない。彼の口の中から噴き出る炎が、その傷口の奥深くまで焼き尽くす。想像を絶する痛みがザバンを襲った。いいぞ、もっと悲鳴を上げて、苦しめ。苦しめ!そして死ね!

 怪物が感じているのは、恍惚だった。獲物が苦しみ、恐怖し、死ぬ間際の絶望の表情。それがたまらなく楽しい。自分がそれをやっているのだ。


 まるで、蹂躙することが生きがいの悪魔のようだ。


 体に無数の槍が突き刺さることなど、どうでもよかった。そんな痛みを吹き飛ばすほど、ザバンの悲鳴が心地よかったのだ。

 もう一つ、知った声が、遠くから聞こえた。


「ついに正体を現しおったな、海魔ダムジャルク!」


 じろりと燃える目を向けると、そこにいたのは自分と同じくらい大きな純粋な魚人の男だった。わからいでか、ネプティエの王ポシェイドだ。


「海魔との混血なる者よ。大会では無様な姿をさらし、さらにその報復として、貴様と正々堂々闘いつかれているザバンにこのような仕打ちを行うとは……!」


 ダムジャルクは力任せにザバンの右肩を食いちぎった。ザバンは右腕ごと食いちぎられた体のバランスが取れず、そのまま倒れこんだ。彼の腕は吐き出され、そのまま燃えて灰となる。


「貴様の行い、もはや衛兵と、いや、この国のものと思うまい!」


 そう言いながら、ポシェイドは両手を構える。

 血まみれのダムジャルクは、構わず王に向かっていった。


 この男を食いちぎりたい。その衝動しか、彼には残っていなかった。


「メイル……」

 ポシェイドが両腕を回すと、そこに小さな渦が生まれた。それはどんどんと大きくなり、王の手には収まりきらない力を蓄えている。

 だが、ダムジャルクは止まらなかった。王を守る兵を焼き払いながら、王に向かって歩みを進めていく。

 王は顔をしかめ、また、ダムジャルクに向けて顔を向けた。それは、家族を殺されたものの、怒りのこもったまなざしだった。


「……シュトロームっっっっっっっっ!」


 王の手より解き放たれた大渦が、ダムジャルクを飲み込んだ。激しい勢いに耐え切れず、やがて耐える力を失くした彼は、渦に押し飛ばされてはるか後方へと。

 王宮の壁も突き破り、吹き飛ばされたダムジャルクは、ネプティエのはるか後方へと飛ばされた。

 遠くに吹き飛ばされて薄れていく意識の中、ふと、見えたのはサンゴの木だ。

(……ああ)

 そういえば、結局、メローラとの約束は守れなかった。

 いいように騙されて、こんな目に遭って。

(……いや、もうどうでもいいか)

 それから、彼の意識は、本当に薄れて、消えていった。


 目を覚ましたのは、随分とネプティエの都から離れたところだった。

 気付けば、自分は何者かに手当てされていた。眠っているのも、ベッドの上だ。

「……気が付いたかい?」

 遠くで、誰かの声がした。

 それからすぐに、耐えがたい睡魔に襲われ、彼の意識は沈んでいった……。

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