「魔女」の企み その1
すっかり心をへし折られてしまったポシェイドに変わり、ザバンが口を開いた。
「……やはり、呪いなのか、これも」
「呪い?」
蓮の言葉に少し体を震わせるも、ザバンは続けた。
「実は、先ほどから言う、娘のメローラさまがここ数日の間行方が分からなくなっているのだ。海底中を捜索しているのだが、どうにも見つからなくて……王の心が疲弊しているところにこれだ。しばらく立ち直れまいよ」
蓮は、ちらりとメローラの方を見た。てっきり、娘をさらった罪か何かで連れて来られてたのだと思っていたが、違うのか?メローラは首を横に振って、とある方向を指さした。
彼女の示す方向を見ると、遠くでこのやり取りを見ている侍女らしい魚人がいた。なるほど、思っていたより顔が魚っぽい。本当のメローラの顔は、おそらく魚に近い顔をしているのだろう。想像してちょっとがっかりした。
とにかく人間になっている今では、ここに娘がいるなど思いもしないということか。まあ、こんな深海にすんでいれば、地上にいるなど考えないだろう。
「……なあ、ところで、気になることがあるんだけどさ」
「……なんだ」
「さっき言ったろ?あんたらでいうところのダムジャルクが地上にいたって」
「……ああ、言っていたな、そういえば」
「なんでも、あいつ、海の「魔女」?ってやつに言って、人間にしてもらったって言ってたんだけど……」
その単語に、その場にいた魚人全員がざわつき始めた。
「……海の「魔女」?」
「なんか知らねえ?そいつの事」
「ま、まさか……」
ポシェイドがゆっくりと起き上がり始めた。案外早い回復に、四人は驚く。
「娘が、メローラが奴と接触したとでもいうのか!?」
ずい、と顔を近づけてくるのを手で制す。このジジイ、やはり元気だ。
蓮は観念して、叫んだ。
「そうだよ!本人から聞いたんだよ!」
その言葉に、ポシェイドは再び崩れ落ちた。
そして、蓮の後ろにいる三人の女を見やる。
うつむいている少女の、瑠璃色の瞳と目が合った。亡くなった妻と同じ色の瞳だ。ポシェイドは、わなわなと身体を震わせた。
「…………メローラ…………なのか?」
ポシェイドの目から涙があふれる。メローラの目からも涙があふれ、互いに止まらない。メローラは涙ながらにうなずいた。
「メ、メローラ…………!」
惜しむらくは、これが王の口からダムジャルクへの仕打ちを告白していなければ、さぞ感動の再会となったであろうことだろう。しかもダムジャルクへの仕打ちが、自分と親しくしていたことが原因であると、メローラ自身も自覚してしまっている。ポシェイドは、言葉を失ってしまった。
「すまない……すまない……!」
もはやうわごとしか言えない父親を、メローラは抱きしめた。王のうわごとは、再び嗚咽へと変わる。
「……彼女がメローラ姫様、だというのか?本当に?」
「そうだよ。だから、「魔女」とやらに頼んで、こいつが帰れるように「契約」を何とか出来ねえか相談に来たんだよ」
「……それで、わざわざ?地上からネプティエまで来たっていうのか?」
「しょーがねえーだろーが。こっちだって用事あるの優先して、こいつの里帰りに付き合ってやったんだ。最後まで面倒見ないと気持ち悪くて仕方ねえ」
で?と蓮は続ける。
「どこにいるんだよ。知ってんだろ?海の「魔女」の家くらい」
「あ、ああ。知ってはいる。知ってはいるが……」
ザバンは、ばつが悪そうに言葉をつなげた。
「かなりここから遠くだぞ。あいつもダムジャルク同様、このネプティエを追放されている身だからな」
蓮の血管が切れかける音がして、ザバンは思わず頭を抱えてかがみこんだ。
本当に、自分は不幸だった。
彼女は、これまでのことを思い返していた。
はるか祖先のころ、ネプティエ王家より受けた「追放令」により、彼女の一族は揃って追放され、ネプティエ辺境の海底火山地帯へと追いやられた。
それ以来、祖母からも母からも、ネプティエへの憎悪を植え付けられた。死と隣り合わせのこの地で生きるのは、王家のせいだと。時折、華やかなネプティエの都を眺めに行った。それはあまりにもきれいで、手を伸ばさずにはいられなかった。
だが、伸ばした手は哀れにも弾かれた。
町に入ることもできずに追い出され、蹴り飛ばされる。そして、一歩間違えば死のあの地へと再び帰る……。
思えば、あの時だ。先祖代々受け継がれていた憎しみが、まぎれもなく自分のものになったのは。それからは、ずっと憎きあの都を滅ぼすさまを思い浮かべてきた。
アレを見つけたのは、ちょうどそんな時だ。
海底火山の奥底に眠るアレを、奴らは知らない。アレは父を殺しもしたが、どうでもよい。
さらに、運のいいことに、自分のもとに転がり込んできた幸運は計り知れない。
一つは、アレを受け止めることができる器。
もう一つは、器を自在に操ることのできる力。
その二つが、今、自分が意のままに操れる状況にある。こんなに喜ばしいことはない。
もちろん、アレの本来の目的も忘れてはいけない。劇物なのだ。使い方を間違えば、取り返しのつかないことになる。
懸念すべきは、最近現れた妙な連中だ。三人組の。特に二人。一人は大したことないけれど、二人からは大きな力を感じる。
何とか排除したいが、今彼らがどこにいるかもわからない状況だ。わからないなら、自分ができることをするのみ。
機は熟している。派手に始めよう。
海の「魔女」は、誰にも見えぬように笑っていた。
蓮たちは、海の「魔女」の家があるという、海底火山地帯にやってきていた。かなり遠いと言っても、蓮が走れるのならば大して時間もかからない。鎖で互いをつなぎ、電車ごっこの要領で、蓮が駆け抜ければ十分足らずだ。快適性は皆無だが、緊急事態なので四の五のいってはいられない。
着いてきたのはアイシャ、エターナル、メローラ、ポシェイド、そしてザバンの五人だ。皆、到着時はグロッキー状態になっていた。
「……ここがその女のハウスか?」
息も絶え絶えのアイシャが言う。ぱっと見、それらしいものは見当たらないが。
火山地帯もへっちゃらの蓮が近くをひとっ走り見てみると、離れたところに小さい小屋のようなものがあるのを見つけた。どうやらここが「魔女」の家らしい。
家の中に入ると、誰もいない。もぬけの殻のようだ。
「出かけてる……ってわけでもねえよなあ」
もぬけの殻、というにも程度があるが、明らかにどこかに出かけている物のなくなり方ではなかった。荷物をまとめて出て行った、という方が正しいだろう。
「引っ越しでもしたのか?」
「馬鹿な!奴はこの海では、ここしか住めるところはないはずじゃ!」
ポシェイドが叫ぶ。なんでも、一族総出の追放で、彼女たちが唯一与えられた土地がここだ。辺境も辺境で、ここ以外の地域にいれば王家にはすぐに伝わるようになっている。
「じゃあなんでいねえんだよ」
「そ、それは……」
「蓮、ちょっと通訳してもらえるか?」
アイシャに言われて、蓮はポシェイドにいくつか質問を投げかけた。
●その知らせは、地域以外にいた時に発動なのか?
「う、うむ。そうじゃ」
●つまり、この地域からいなくなった時ではない?
「た、確かに。いなくなっただけでは、伝わらない……かもしれん」
●発動しない地域で、心当たりはあるか?
「いや、少なくとも、この海で、そんな場所を制定してはおらんよ!」
●この海ではない、ということは……?
「……まさか、地上か……?」
ポシェイドは青ざめた。まさか地上に行くなど、想像してもいなかったらしい。
通訳していた蓮も、表情には焦りが見える。
「……おい、じゃあ何か?こいつやダムザを人間にしたやつは、自分も人間になって地上にいるってのか?」
こんなところに追放されているのだから、何かしらをやらかした人物なのは間違いないだろう。
「なあ、ダムザみたいに、あんたらがなんかいろいろやって追い出した、とかじゃないのか?この海の「魔女」ってのはさ」
「いいや。少なくともこの「魔女」は、ネプティエの都に侵入し、多くの魚人を殺害している。さらには、地母神カーリーの邪神崇拝をしていることもあり、思想もかなり過激で、ネプティエはおろか地上も滅ぼさんと考えている邪教徒だ」
蓮は頭を抱えた。完全にアウトじゃないか。むしろ地上に出す方がまずいやつだ。もう出ているけど。
そうなると、気になるというか、絶対に確認しないといけないことがある。
「…………名前は?」
「えっ?」
「だから、そいつの名前だよ!」
そう。よくよく考えれば、蓮たちは彼女の名前を知らない。皆「魔女」で通じるせいか、誰も突っ込まなかったが、かなり初歩的なことだ。
「し、知ってると思っていたが……まあいい」
ザバンはコホンと咳払いした。なんだか、妙に緊張感がある。
「まあ、「魔女」の、名前は…だな」
「もったいぶってねえではよ言えや!」
蓮にどつかれて、ザバンは慌てて叫んだ。
「ひ、ひい!わかった、言うよ!」
「スキュレーだよ!「魔女」の名前は!スキュレー!タコ型の魚人さ!」
蓮、アイシャ、エターナルの背筋に、強い悪寒が走った。加えて、全身の血が心臓に戻るような感覚が生じる。一瞬気を失うかと思ったほどだ。
三人が思い浮かべるのは、共通の人物。
よーく名前の似た女を、彼らは知っている。
三人は目を合わせた。よりにもよって。三人はそろってしまっている。
つまり、三人以外は誰もいない。
同時に息を吸い、名前を呟いた。
「「「キュレー…………!」」」
イチ島の島の守、ラウタの秘書と名乗った、あの女性。
違うならそれでいい。だが、今考えれば怪しさは尋常ではない。
秘書になったのは数日前だと、あの時は言っていた。
確証があるわけではない。直観だ。
だが、もし。この直感が当たっているとすれば。
自分たちはとんでもない大ポカをやらかしている。
超危険な邪神の信徒の、すぐそばに。
あろうことか、その国の王子を置き去りに、自分たちは海の底にいるのだ。
「……せ」
「えっ?」
つぶやいた蓮の声が聞き取れずに、ザバンが聞き返した。
「…………俺たちを地上に返せ!今すぐに!」
肩を掴んで振り回された衝撃で、ザバンの右肩が吹き飛んだ。




