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海賊の根城 その4

貨物室から引きずり出されると、外の光に目がくらんだ。

 光に慣れ始めると、たどり着いたであろう海賊の根城の姿かたちが見えるようになってきた。

 船着場は島の入り江に作られていた。そこには大小さまざまな船が停泊している。そこから続く大きな岩場に、土を敷いて道が作られており、荷車を押す人々がちらほらと見えた。

「お前らは首にこれをつけて、荷車に乗れ。運ぶのは俺たちだ」

 船から降りてきた大柄の男、ロロウは蓮たちに赤い紐を渡した。それを首に括り付けると、荷車に乗せていく。

「悪いが、手伝ってくれ。今日は人が多くてな、手が足りん」

「なんで俺が……」

「お前の力が必要なんだよ」

 ロロウは蓮にそう言うと、蓮の後ろ手の縄をほどいて、荷車を押し始めた。確かに、ロロウともう一人、荷車を押す男がいたが、女子供を大量に乗せた荷車はなかなか進まない。

「……おろして歩かせりゃいいだろ」

「そんなことして、逃げられたらどうする。それに、商品に疵をつけるわけにもいかんからな」

「……じゃあ俺はいいのかよ。普通にしてるんだけど」

 蓮はそう言いながらも、ロロウの押す荷車を横から補助していた。

 海賊のわりに素直にお願いしてきたりと、どうにも調子が狂う。


 弔いだとは言っていたが、さっき目の前で人を殺した男だというのに。しかも海賊の一味だ。イチ島の港を襲っていた連中の上にいる奴だ。

 悪いやつのはずだが、蓮はこの男との接する距離感を決めあぐねていた。

 ふと、荷車の上のメローラと目線が合う。文字を書いたりもしていなかったが、視線だけで何を言いたいのかは明白だ。

(このままでいいの?)

 彼女は目で訴える。おそらく、自分がこれからどうなるかも、確証はないのだろう。ロロウの言葉を、メローラはわかっていないからだ。

 蓮もその視線には答えられなかった。彼自身、どうなるかわかっていなかった。殺される、ということはまずないし、どこかに売り飛ばされるのもごめんだった。

 ここまで来た以上、海賊の頭とやらも気になる。老婆の言っていた情報もあり、この島でネプティエのことを調べてみようと、蓮は考えていた。

 そこまで考えて、蓮は舌打ちをする。

(……だから、こういうのは俺の柄じゃねえんだっつうの)

 安里探偵事務所でのアルバイトで、蓮が調査を行うことはほとんどなかった。調査をするのはもっぱら所長の安里修一で、その安里の調査は恐ろしく早く、正確だったために蓮たちが調査を手伝う必要性自体がなかったのだ。

 蓮の仕事は、調査の一環で起きるもめごとなどを解決すること。早い話が用心棒だ。

 この世界にいきなり飛ばされて、慣れないことをしている自分に違和感しか感じなかった。

きっとこの件も、安里がこの世界に来ていればすぐに解決しているだろう。あいつの情報収集能力はすさまじく、そして容赦がない。「災い」についても、もしかすれば数日あれば解明していただろう。そういう男なのだ。蓮の雇い主は。

とはいえ、安里に連絡する手段もないので、自分がやるしかないのだが。蓮はため息をついた。


 道なりに岩山を登っていくと、大きく開けたところまできた。島の下の方を見ても、自然らしき部分はない。海岸に至るまで、岩でできていた。

 そして、自分たちの進行方向、岩山をさらに上るであろうところに、大きな建造物がある。周辺の岩戸は明らかに異なり、規則的に積み重ねて作られているであろう建造物は、周囲を岩壁に囲まれていた。周囲の壁もところどころに穴が空いており、その部分と建物との間には簡易的な橋がかけられている。この岩山自体が、巨大な海賊の要塞となっていた。

 建物の前で検問を行っていた二人の男が、ロロウの元へ近づいて。手には両手槍を持ち、身体を鉄製の防具で覆っている。

「ロロウさん、お頭への報告ですか」

「ああ」

 ロロウの言葉に、検問の二人は荷車の周りを検める。側に立っている蓮を見て、ひとりがぎょっとした。

「……この男、商品じゃないですか!」

「人が多くて、運び手が足りなくてな。仕方なくだ。力は強いが、下手にしなければ暴れたりはせんだろう」

 その信頼はどこから来るんだ、と蓮は思ったが、黙っておいた。ここで暴れてもめても、何の得にもならない。

 検問をあとにして、いよいよ建物の中に入った。中は様々な物資が行き交い、酒と料理をあおる者たちもいた。老若男女の差はないが、やはりごろつきの男が多いようにも見える。ただ、女も少ないわけではなかった。

「海賊って、結構女もいるんだな」

「女でも気性の荒いやつはいる。島で生きられないのに性別なんか関係ないからな」

 蓮は荷車を押しながら、中をきょろきょろと見まわしていた。

「……物珍しいか?」

 蓮の向かいで荷車を押す男が声をかけてきた。連よりも小さいが、年齢はおそらく上だ。

やけに出っ張った前歯が特徴の男だった。

「まあ、海賊の根城なんて珍しいよなあ。特に、この要塞はこのあたりでも一番デカいからなあ。俺も、最初来たときはそんな感じだったよ」

 出っ歯の男は、懐かしそうに思いを馳せながら、荷車を押す手に力を込める。

「俺はイチ島で生まれたんだがな。頭悪くて、働き手がなくて、海で遭難して、ロロウさんに拾われたんだ。それから三年くらいここで生活しているんだがよ、運がよかったと思ってる」

 まあ、これから売られるお前には関係ないか、と出っ歯は笑った。

 蓮が見回しているのは、ネプティエの文字を探していたからだ。物珍しいと言うのなら、このカーレンティアという世界そのものだろう。小島で老婆の言っていた刻まれている模様というのは、まだ見つけられていなかった。

 あの老婆が、自分たちをおとなしく連れて行かせるためについた嘘だったのだろうか?そう考えた矢先、荷車の動きが止まる。

 前にいたロロウを見ると、ロロウの前に大きな布がある。どうやら、この先に例の「お頭」とやらがいるらしい。


「お頭。ロロウです」


 ロロウがそう言うと、奥から「入れ」と声がした。声の感じからして、若い男の声だ。蓮は首を傾げた。

 ロロウはどう見ても三十から四十くらいの年齢な気がする。それに、海賊のお頭なら、すごい髭を生やした爺さんかもしれないと思っていたが。

 想像の五倍くらい、聞こえてきた声は若く、生命力に満ちていた。老人のしゃがれたような声ではない。

 ロロウは「失礼します」と言って中に入り、蓮と出っ歯も後に続いて布の奥へと荷車を運んでいった。


 布の奥は思っていたより広くなっていた。円形の開けた空間に、囲むようにランタンがつるされている。入ってきた場所から直線状に大きな椅子があり、そこには一人の男が座っていた。


 男がお頭なのだろうと、一目でわかった。その姿は偉丈夫という言葉で片付けるのは、あまりのも難しい。

 この国に来てから大柄な男には数多くあっている。ルーブル国王しかり、海賊のロロウしかり。だが、このお頭はそれにすら当てはまらない。

 

たとえるならアメリカのバスケットボールの選手のようだった。ぱっと見、筋肉もりもりというわけではないが、鍛えられているであろう体に、威圧感のある身長。

 座っているが、大きさは尋常ではないことが分かる。たとえでバスケの選手を出したが、実際はそれ以上だろう。


「本日の収穫です」

「どれ」

 ロロウがそう言って荷車を前に出すと、お頭は立ち上がった。予想通りの大きさで、連よりもはるかに大柄なロロウよりもさらに背が高い。近づくお頭に、荷車にいた女子供は恐怖のまなざしを向ける。

 お頭は一通り荷車に乗った人たちを眺めると、「連れてけ」とだけ言い放った。

「…………待てよ」

 ぽつり、と聞こえた声に、お頭は視線を向ける。荷車のそばにいる男だ。

 よく見ると、首に赤い紐がある。こいつも商品か。

「ロロウ。なんで商品を自由にしてる?」

 お頭がロロウを睨むと、ロロウと出っ歯はびくり、と身体を震わせる。答えは帰って来ない。お頭は答えを聞くでもなく、蓮の方に視線を戻した。

「なんか用か?」

 蓮はお頭を睨み上げた。この時点で、もう喧嘩は始まっている。

「俺は商品じゃねえ。お前に素直に売られるつもりもねえ」

「だったら何でこんなところに来てんだ?」

「調べものだよ」

「調べものお?」

 お頭の口調は、明らかに小ばかにしたものに変わる。

「こんなところに来て、一体何を調べるってんだ?」

 お頭と蓮のにらみ合いは、どんどん近くなる。やがて、互いの鼻先た触れるか触れないかのところまで、顔は近づいていった。

 その光景を、ロロウと出っ歯、あとは荷車に乗せられた人たちが見つめている。茅野祖外のはずなのに、なぜか目を離すことができなかった。


 刹那、蓮とお頭の二人を中心に突風が吹いた。ロロウは立ち続けたものの、出っ歯は姿勢を崩してしりもちをつく。

「ひっ、ひええええええ!」

 出っ歯はそのまま立ち上がれなくなってしまった。二人の放つプレッシャーと、そのぶつかり合いで生じた衝撃に、気おされてしまったのだ。

 そのままにらみ合っていたが、やがてお頭が顔を蓮から顔を放した。

「ロロウ」

「はい」

「こいつの紐、外していい」

「よろしいので?」

「ここで暴れられても困る」

 ロロウにそう言うと、お頭は椅子に乱暴に座った。何かの骨でできているらしいその椅子は、きしんだ音を立てるものの、お頭の体重を支え切った。

「好きに見ていけ。帰りたいなら好きにしろ。ただ、仕事の邪魔はするな」

 蓮は、首の紐を引きちぎった。

「……あんた、名前は?」


「…………ダムザだ」

 その言葉を最後に、蓮はロロウに部屋から追い出されてしまった。

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