海賊の根城 その3
日が昇る少し前、洞窟で眠っていた蓮たちは老婆にたたき起こされた。
「起きな!連中が来たよ」
洞窟の中での就寝は、お世辞にも快眠とは言えなかった。特に最近はぐっすり寝ることがほとんどだった蓮は、久しぶりにろくに眠れなかった。
洞窟から浜辺に出ると、大きな船が停泊していた。そこから出てきたであろう、大柄な男が待ち構えている。船の上には何人もの人影が見える。
(……こいつシメあげて、帰るってのも手だよなあ。アイシャたちに無事を伝えるのもあるし)
よくよく考えてみたら、この船で帰ってから、三人そろって調査に行ってもいいわけだ。そうなった場合、おそらく海賊との全面戦争は避けられないだろうが。
「……お前らは?」
大柄な男の一人が聞いてきた。スキンヘッドに真っ黒な肌をして、衣の上からでもわかる。全身に入れ墨がなされている。
「き、今日の上納品です!」
海賊の男が言うと、男たちはじろじろと蓮たちを見る。
「ふうん、女もなかなか顔がいいし、男の方は健康そうだな」
「あの、女の方は声が出ないみたいなんですよ」
「問題ない。どう売るかはこっちで決めるからな。で、見返りは?」
「え、ええと。食料と、金を半々で。あと、この爺さんの薬を」
男は、背負っている老人を見せる。
「なんだ、病気か?」
大柄な男は老人を見検める。
「おいおい、もう長くないだろう。……家族か?」
「いえ、こっちの二人についてきたんです。流され者で」
「ふうん。こいつらの……」
大柄はじっと見て、男の背中から老人をかっさらった。
「爺さん、死に場所を選ばせてやる。どこで死にたい?」
老人はもう、ほとんど目を開けることもできないほどに衰弱していたが、か細い声で男の耳元でささやいた。
「……俺は、この海で生きてきた、男だ」
「そうか」
大柄はそのまま老人を抱えて、船へと乗り込む。
「お前らも早く来い。俺たちの島へ連れて行く」
ずかずかと船へ男が戻ると、船から荷袋が放り投げられる。中は蓮にはわからなかったが、報酬なのだろう。自分たちが売られたことを実感した。
蓮とメローラが乗り込むと、船はあっという間に小島から離れていった。さっきまで自分がいた島が、みるみると小さくなる。
大柄の男は老人を甲板に寝かせると、船に乗っていた全員を集めた。蓮たちも何がわからぬままに、その集団に混ぜられる。十数人の男女が、横たわる老人を囲んだ。
大柄の男は短剣を取り出すと、それを天に掲げた。それを合図に全員が気を付けの姿勢を取る。そして、床を右足で三回、強く踏みしめる。
そして、大柄の男は短剣を手に、老人に近寄る。
「え、おい、何する気だよ……」
大柄の男の背中越しで、蓮達には何が起こっているかわからない。大柄は老人の近くに据わると、持っていた短剣を老人の心臓に静かに突き立てた。
「なっ…………!てめえ!」
蓮の頭に、一気に血が上った。近くにいた船員が止めようと羽交い絞めするのも構わず、大柄に殴りかかる。
不意を突かれた大柄は、蓮のこぶしを受けて甲板に倒れこんだ。
さらに殴りかかろうとする蓮を、船員全員が抑え込もうとするが、蓮は意にも介さない。
「……お前、外国人か」
大柄がよろよろと起き上がる。先ほどの拳が聞いているのか、膝が笑っていた。
蓮は後ろに船員を連れながら、大柄の胸倉をつかんだ。大柄にひるんだ様子は見えない。
「これが俺たち、ルーブルの海の男の流儀だ。海に生きる者は、死ぬときは海で死ぬ。あの爺さんもそれを望んでいた。これは俺たちなりの敬意だ」
男は耳抜きをして、鼻に詰まっていた血を噴き出した。
「怒りたければ好きにしろ。……縛られてもいないからおとなしいと思えば、久しぶりにきついのをもらったぞ」
蓮とメローラは後ろ手に縛られ、貨物室に入れられた。
そこには袋に詰められた食料や、中には女子供もいた。蓮たち同様に縛られており、ひどいものは体中あざだらけで、口に布をかまされている者もいる。
(……こいつらも、さらわれてきたのか)
蓮は燃え上っていた怒りが、急速に冷えていった。
そして、目の前で起きた出来事の衝撃に、船を襲って帰るという発想は消えてしまっていた。
貨物室にいると、次々と中のものが入れ替えられていくのがわかる。主に袋はなくなる一方で、代わりに宝石やら、人やらが貨物室へと入ってくる。
こんな風に、あちこちの島を回っているのだろう。貨物室にはあっという間に二十人ほどの人がしまわれていた。
そんな荷物の移動も収まったころ、海賊の一味であろう女が貨物室に入ってきた。女は貨物室の中の人物をひとしきり眺めている。
「今日は人が多めだねえ。それに女だ。若い男は……あんた一人かい」
女は座り込んでいる蓮の前に座った。
「ロロウさんに殴りかかる奴なんて久々に見たよ。それに結構効いてたよ、あんたのパンチ」
部屋からしばらく出てこなかったからね、と女は笑った。
「……あの爺さん、船に乗ったときには死んでたんだよ」
海で死んだ者は、短剣を授けて海へと送るのがこの海での習わしらしい。
「……爺さんの遺体は」
「帰るべきところに返したよ。勘違いしないでほしいのは、あたしらは海に生きる者として、最大限の誇りある弔いをしたんだよ」
蓮は黙り込んだ。そういう習わし、と言われたら納得するしかないではないか。たとえ、目の前で人に短剣を突き立てる行為だとしても。
「……ふん」
結局、そっぽを向くのが、この時蓮にできた精一杯の抵抗だった。
「こんだけ血気盛んだったら、いっそ剣闘士とかにでもなるのかね?」
女の言葉に、蓮は答えない。女はやれやれと肩をすくめる。
「まあ、決めるのはお頭だからね。あたしの決めることじゃなし」
もうすぐ着くからね、とだけ最後に言い残し、女は去っていった。
座り込んだ蓮の頭の中では、考えがぐるぐると回り続けていた。
あの老人の死についてだ。自分たちが「魔の海域」に行くなどといったせいで、彼は死んでしまったのではないか。
その自責だけならまだいい。だが、卑怯な言い訳が頭をよぎる。
あの老人は海で死にたがっていたではないか。
ほかの漁師のように、断ればよかったのだ。
最後に海で死ねたのならば、彼も本望だろう。
だから、彼を死なせたのは、自分のせいではない。
貨物室の床に、頭を打ち付けた。
肩をいからせて、ただ、震えるしかできない。あの老人の死に対する自分の無力感が、蓮の身体を襲っていた。
(…………何が、勇者だよ、ふざけんなよ)
自分など、爺さん一人助けられない、ただのガキンチョじゃないか。




