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海賊の根城 その2

 暗くなり、蓮たちを照らす灯りは、カンテラ一つだけだ。照らされているのは、蓮とメローラの二人に加えて、もう一人。だが、船の持ち主の老人ではない。

 それは、蓮がこの島に来て最初に見た男だ。港を襲来していた海賊で、蓮は彼を海に放り投げたのだ。

 捕まったのかと思ったら、逃げおおせていたらしい。

 この島であったとき、驚きのあまり持っていたヤシの実を足の指に落とし、男は悶絶していた。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」

 声にならない叫びが小島の浜辺に響く。

「…………おい、大丈夫か?」

 海賊の男はしばらくうずくまっていたが、何とか起き上がって立ち上がる。

 すぐに蓮を睨みつけたが、すぐに後ろの老人に目を向けた。

 口から血を流して、横になっている老人を見て、男の顔色が変わる。

「……けが人か?そのジジイ」

「だったらどうした」

 男はぼりぼりと頭を掻いた。フケが舞う仕草に蓮は顔をしかめるが、何やらこの男が葛藤しているように感じた。

 しばらく男は身体を掻きむしっていたが、やがてため息をついた。

「とりあえずジジイをこっちに運ぶぞ。寝かせる場所がある」

「いいのか?」

「勘違いすんな」

 男は言いながら、老人を背負う。その手つきはやけに手馴れていた。

「こんなところで死なれたら、化けて出ちまうだろうが」 

 一瞬理解を放棄しようとした蓮だったが、「お、おう」と声を絞り出した。

 ここは異世界だ。そういうこともあるのかもしれない。

 確かにお化けになられたら困る。蓮は男の言うことに従って、着いていくことにした。


 しばらく森を進むと、開けた岩場に出た。ところどころに穴があり、洞窟のようになっているらしい。さらに、よく見れば鍋やら焚火の跡やら、生活感がにじみ出ていた。

 男は洞窟の前に立つと、声を張り上げて叫んだ。


「おうい、母ちゃん!」

 しばらくすると、洞窟の中から老婆が出てきた。すっかり腰も曲がって、蓮の腰くらいの背丈しかない。老婆は耳に指を突っ込みながら口をもごもごさせていた。

「でかい声出すんじゃないよ!何だい!」

「流され者だよ!一人重症なんだ、寝床貸してくれ」

「あんたの貸せばいいだろお!?」

「俺のじゃ硬いよ。母ちゃんばっかじゃねえか、柔らかい布使ってるの」

「ちょっと、そのジジイかい?やだよ、血吐いてるじゃないか!汚れちまうよ」

「あーもう、つべこべ言ってねえでよ。寝かすからな」

 男はそう言うと、そそくさと洞窟の中に入ってしまった。

 残された蓮とメローラは、唖然として老婆を見つめる。

「なんだい、あんたら?」

「え、いや、その」

「ああ、あんたらも流され者かい。こんなところに来るなんて、あんたらもついてないね」

 老婆は近くにあった石の上に座った。「ん」と、手で促された石に、蓮たちも座る。

「ここは海賊のアジトだよ。と言っても、あたしとあのバカ息子の二人だけだがね」

「二人?」

「この辺の海賊なんてみんなそんなもんさ。こまごましたごろつきが、でかい島にいる元締めに仕事を振られて、成果を出したら納めて報酬をもらう。そうやって細々と暮らしとるんだよ」

 老婆の言葉からは、その苦労がしみてくるように伝わってくる。

「あたしらみたいな下っ端海賊は、その日暮らしなのさ」

 そんなことを話していると、男が洞窟から戻ってきた。老人を寝かせて、こちらに戻ってきたのだろう。手には小さい鍋を持っている。

「母ちゃん、何話してんだよ。こいつだぜ、さっき言った俺をぶん投げた野郎は」

 言いながらも慣れた手つきで、火打石で焚火をつける。その上に鍋を乗せた。中に入っているのは、白いドロっとした何かだ。

「芋とヤシの粥だよ。俺がケガした時とかはよく飲んでんだ」

 一煮立ちさせて、老人の元へと持っていく。少しして戻ってくると、どうやら老人は眠ったらしい。とはいえ、油断はできない状況だが。

「それでお前ら、一体何でこんなところにいるんだよ?」

 男は蓮に尋ねた。

「この辺、海魔が出るって噂の海域だぜ。軍隊すら近寄らないってとこなのによ」

「……まあ、用事があったんだよ」

「……ふうん。まあ、関係ねえが。まあ、ちょうどいいや」

 男は懐から棒状の草を取り出した。それに火をつけて、口に運ぶ。どうやらタバコの類らしい。

「もとはと言えばお前のせいだしなあ」

「何が?」

「明日、上の連中が来るんだよ」

 上の連中、というのは間違いなく海賊の元締めだろう。

「お前らを引き渡せば、当分生活に困らねえだろうな。嬢ちゃんは美人だしよ」

「引き渡す?」

 蓮が聞き返すと、男はぺらぺらと話し出した。


 海賊の元締めは、近隣の島に住む海賊たちから金品を徴収し、見返りとして食料などを配っているのだそうだ。

「特に人ってのはよ、連中にとっては価値があるみたいなんだよな。こっちの要求は大体通るんだぜ」

「てめえ……」

「悪いな、こっちだって生きるのに大変なんだよ。それに、人だったらもしかしたら爺さんの薬も何とかなるかもしれないぜ?」

 その言葉に、うぐ、と蓮は喉が詰まる。自分の身柄くらいならどうとでもなるが、目の前の老人の命については自分では如何ともしがたい。少し揺らいでしまった。

「……ところで、嬢ちゃんは何でしゃべらないんだい」

 老婆がメローラを訝し気に見つめる。

「こいつ、声でないんだよ」

 蓮の言葉に、メローラは同調して頷いた。さっきまで一切言葉が通じていないのだ。Syべれないことに気づかれたことも、唯一通じる蓮の言葉でようやく気付いたのだ。

「おまけに、言葉も通じねえぞ」

「あん?嘘だろ?」

「嘘ついてどうすんだよ」

 男が「まじかよ……」という中、老婆はじっとメローラを見つめる。

 老婆は顎をさすると、突然鼻歌を歌い始めた。

「母ちゃん?それって……」

 鼻歌はやがて、唇が動き音は言葉となり始める。


 我ら帆を上げ、海原へ。

 恵みをここに。

 我らも来たれ、同胞へ。

 お前たちの恵みとともに。

 我らともに生きるもの。

 等しく同じ母胎の仔。


 我らの約定、恵みをここに。

 我らの約定、恵みをともに。


 ひとしきり老婆が歌い終わると、岩場に静寂が訪れる。口を開いたのは老婆の息子だった。

「それ、船乗りのまじないだろ?どうしたんだ急に」

 男は不思議そうな顔をしている。いきなりなんでこれを歌いだしたのか、さっぱりわからなかったのだ。

「……なんだ、今の?」

「詳しくは知らねえんだがな、昔から伝わってるまじないだよ。安全な航海ができるようにって。なんでも、母ちゃんのじいちゃんの代より前からあるって話だぜ」

「……詳しい意味は私も知らんよ。随分古いまじないだからね。でも」

 老婆は蓮の横を指さした。振り向くと、メローラが呆けた顔で老婆を見つめている。

 目から涙がぽろぽろと零れ落ちた。顔を紅潮させて、口を手で押さえる。

「おい、どうした!?」

 驚いた蓮だったが、歌の意味とメローラの涙に、考えはすぐに答えを導き出す。それしか考えられない。


「…………今の、お前の地元の言葉か!?」


 蓮の「言語理解」のチートにより今の老婆の歌の意味は分かる。だが、それらの言葉は具体的に何語か、というのはわからない。リスニングがめちゃめちゃ得意で、喋っている言葉が何語かはわからないが、言っていることははわかる、というイメージだ。

 メローラは言葉を発せない。そのため蓮はネプティエの言葉の音を聞いたことはなかった。だからこそ、今の歌がネプティエの言葉だというのは、メローラの反応を見ないとわからなかったのだ。

 メローラは涙を隠さずに、地面に文字を書き始める。

『あなたは、ネプティエ語が分かるのですか?』

 蓮が通訳すると、老婆は首を横に振った。

「そこまではわからん。さっきのも、わしのじいさんから伝え聞いたものだからな。だが、わしらの言葉以外で、この辺で、となると、さっきのが頭に浮かんだんだよ」


 さっきの歌の内容も踏まえて、蓮は考える。

「やっぱり、この辺には何か手掛かりがあるのかもしれねえな……」

 いきなり遭難したと思ったら、思わぬ収穫だ。

「……あんたら、この嬢ちゃんの故郷を調べてるのかい?」

 老婆の言葉に、蓮は「ああ」と頷いた。

「だったら、明日海賊の元締めに連れてかれな。大昔だけどね、元締めの使っている島に行ったことがあるんだよ。根城もおそらく変わっとらんだろう」

 老婆はメローラの書いた文字をじっと見つめる。

「この字に似た模様を、その島で見たことがある。あれが文字だってんなら、あんたらなら読めるんじゃないかい?」

「……本当か!?」

「朧気だがね。ただ、割とそこら中にあった気がするよ」


 蓮とメローラはごくりと唾をのんだ。老婆はにやりと笑う。

「あんたらは調べものができる。私らは生活ができる。あの爺さんは薬がもらえる。誰も損しない。いい提案だと思わないかい?」


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