海賊の根城 その1
日が暮れても、蓮たちを乗せた船は帰って来なかった。
アイシャたちはラウタの館で一晩を過ごすこととなり、用意された部屋の椅子に座り込んでいた。
「……くそっ!」
アイシャは机にこぶしを降り下ろした。意図せず勇者の刻印の力が加わったのか、木製の机は耐え切れずに壊れてしまう。
「約束したのに……!」
噛む唇からは血がにじむ。蓮が帰って来なかったこともだが、助けに行くこともできない自分にも腹立たしさが募って仕方がなかった。
海域から帰って来ない蓮たちを追おうとほかの船を探したが、誰一人として魔の海域に行ってくれる者はいなかった。日暮れまで船を探したが成果はなかった。
「それならば空を飛んで……!」とアイシャは考えたが、それはあまりにも無謀だった。船を使った場合もそうだが、海で遭難した場合、目視で見つけるのは難しい。沈んだり流されてしまったりと、水の中にいるからだ。
結局、彼女には何もできなかった。そのことがアイシャの胸に深く突き刺さる。
「……蓮なら、きっと大丈夫よ。なんなら、水の上とか走ったりできそうだし」
エターナルが声をかけるが、アイシャは何の反応も示さない。
(ど、どうしよう…………!)
念話を飛ばしてみたが、一切反応はない。届かない範囲にいるか、あるいは……。
いやな想像を振り切ろうとするも、目の前に姿がないと、不安な気持ちは靄のように嗜好をよどませる。
それもあるが、問題は、蓮が死んでしまった場合、蓮の右手の「勇者の刻印」をどうするか、ということだ。「刻印」を持つ者が死亡した場合は、神が「刻印」を回収しなければならないルールなのだ。回収できないとなると、、間違いなくメザイアに怒涛の叱責を受けるだろう。
(…………お願い、蓮、死なないで……!)
女神の祈りは、いろいろな意味で切実だった。
「……勇者様、よろしいですか?」
部屋の扉をノックする音が聞こえた。はっとしたアイシャが「どうぞ」と言うと、入ってきたのはラダムと、島の守の秘書だという女、キュレーだった。
「キュレーが話があるとのことです。大丈夫ですか?」
「……ええ」
アイシャが頷くと、ラダムは部屋を出て行った。残ったキュレーはちらりと、壊れた机を見る。
「ずいぶんお荒れになっていますわね……」
「お恥ずかしい限りで……」
「仕方ありませんわ。お仲間ですものね。それに」
キュレーはアイシャと目を合わせる。口元を布で覆っているため見えないが、微笑んでいるようにも感じられた。
「好いていらっしゃる方なら、なおさら……ですわね?」
アイシャの顔が赤くなったかと思えば、途端に険しくなった。
「……からかっているのですか?」
「あら、違いましたか?」
「彼はともに「災い」に立ち向かう仲間です。それ以上の関係はありません」
「そうですか……ごめんなさい、変なことを言ってしまって」
キュレーは頭を下げる。反省しているのかはわからない様子に、アイシャは苛立ちを感じた。
「そのようなお話であれば、今宵でなくとも良いでしょう」
「いえ、実は、お話というのは」
キュレーはそこまで言い、腰帯に挟んでいた紙を取り出した。広げると、それは近隣の海図だ。イチ島を中心とした海図で、ルーブルで見たものよりも細かく描かれている。
キュレーは開けた海域を指さした。
「ここは魔の海域なのですが、これを見てください」
アイシャとエターナルが覗き込むと、点に近いほどの大きさの島が描かれている。
「魔の海域にも小島はいくつかあるのです。もしかしたら、お仲間様はこちらの島に流れ着いているかもしれませんわ」
あくまで可能性ですが。とキュレーは続ける。アイシャとエターナルは顔を見合わせた。
「エターナル、飛行の補助魔法を使えば、この島くらいまでは飛べるか?」
「ええ。ここを拠点にすれば、周辺の小島にも行けそうよ」
「で、あれば……漁船に乗せてもらって、途中で飛べば、捜索はできそうだな」
さすがの海魔のいる海も、空から探せば問題なく探せるだろう。
「……明日、早々に捜索開始だ」
アイシャは拳を固めた。そこに、「少しよろしいですか?」とキュレーが入る。
「お耳に入れておきたいことがあって、昼ごろに港を襲った海賊がいたでしょう?」
「ああ、そういえば。でも、大方捕縛したはずじゃ?」
「アレはほんの一部ですわ。この海の海賊は、もっと大きな組織ですから。あれは海賊団の中でも下っ端中の下っ端でしょう」
キュレーの話によると、この海の海賊はかなり大きな組織になっている。複数の海賊団が組合のようなものを作っており、その傘下に海のならず者たちが入ることで巨大な組織になっているのだそうだ。下っ端たちは元締めのもとに「みかじめ料」を納めなければならず、そのために略奪などを行っているのだそうだ。
「その海賊たちの根城に、この海域が使われているという噂があるのです。そのため、群を下手に動員して探すこともできないのですわ」
「海賊が……」
「ええ。ですから、お仲間様を探すのであればお気を付け下さいましね」
キュレーの言葉に、アイシャたちは息を呑んだ。つまり、万一蓮たちが島にたどり着いていれば、海賊たちの根城にいる可能性もある。
蓮の強さを考えれば、海賊たちに負けることはないだろうから、生活基盤を利用で消えているのではないか。
あくまで希望的観測に過ぎないが、島にいれば生存の可能性も高いだろう。希望はある。そう思わないとやっていられなくて、心がどうにかなってしまいそうだった。
「キュレーさん。ありがとう。この海図はお借りしても?」
「構いませんわ」
アイシャはキュレーから地図を借りると、それぞれの島に目印をつけていく。
横目で眺めるエターナルは、アイシャの顔にぎょっとした。
鬼気の迫る顔だった。




