ルーブル王国 その4
街中で勇者が堂々と歩いていると騒ぎになるからと、首都に着いてからはアイシャは一切馬車から顔を出さなかった。
教会にゴブリンに連れ去られていた女たちを連れてきた時には夜になっており、王城に行くのは翌日にすることにした。
「彼女たちの身元は、ひとまず教会で村を探してくれるらしいから、とりあえず安心だな」
教会の部屋を借りることができたアイシャたちは、そこで一息をついている。
捕まっていた女たちは、現在教会のシスターたちのケアを受けている。エターナルの回復魔法や浄化魔法で、身体の傷は癒えたものの、心の傷はそうはいかない。
「もしかしたら、このまま教会で修道女になる人もいるかもしれないわね……」
女神としては、メザイア教徒の娘たちがひどい目に遭ったことに、心を痛めているのだろう。しかし、今は目の前の「邪進化」問題を何とかしなければならない。
幸いにもここの教会の人々はみな信心深く、女たちにも真摯に取り組んでくれている。彼らに任せておけばひとまずは問題ないだろう。
まずは、明日のルーブル国王への謁見だ。同盟間の協力を強化することを優先しなければならない。
「それにしても、王様には悪いことをしてしまったな。なんでも、夜通しで歓迎の準備をするつもりだったそうだが。まあ、ルーブルの王族はもともと豪商だったと聞くから、多少の無茶は平気なのかもしれないな」
アイシャがそう言って、背筋を伸ばした時だ。
扉をノックする音がした。アイシャが「どうぞ」声をかけると、教会の修道女が一人入ってくる。
「あの、眠っていた方が目を覚ましたんですが……」
彼女が言っているのは、アイシャが最初に見つけた、巣に連れ込まれかけていた女性だ。助けてからもずっと気を失っていたが、命に別状は特になかったので、そのまま寝かせてあげていたのだ。
その人が、ようやく目を覚ましたらしい。だが、目を覚ましただけならわざわざ自分たちに伝えに来る必要があるだろうか。
「……何か、あったんですか?」
「ええ。ちょっと」
来ていただけませんか、と促され、三人は部屋を後にした。
目を覚ました女性は、ベッドからあたりをくるくると見まわしていた。着いていた修道女を物珍しそうに見つめている。
修道女に連れられて、アイシャたちが部屋に入ってくると、これまた珍しそうに彼女たちを見つめている。吸い込まれそうにきれいな、瑠璃色の瞳だ。
「元気そうじゃないか。良かった」
「ええ、身体はとくに問題ないんですが……」
彼女はアイシャがそばに座ると、口を開いた。
「 」
アイシャたちの目が丸くなる。そして、周囲の人間全員で目を合わせた。
「どうやら、声が出ないみたいなんです」
彼女はひとしきり口を動かしていたが、やがて口を閉じた。周りを見回していた瞳も下を向く。
「原因も一切わからないんです。特に喉にケガなんかもないですし。勇者様なら何かわからないかと思いまして」
確かに、これでは身元を調べるのも大変だろう。アイシャはもう一度彼女の顔を見つめる。
「う――――ん……」
アイシャの胸の紋章が輝きだした。周囲から「おお……」と声が漏れる。
紋章を輝かせたうえで、彼女の喉に触ったりしてみたが、特に何か変化はない。
それから身体を一通りぺたぺたと触診してみたが、さっぱり原因はわからなかった。
「……駄目だ。さっぱり」
「字は?」
彼女に問いかけてみるが、首を傾げている。アイシャが修道女に向き直るが、皆一様に首を振っている。
「……漂流でもしてきたのか?」
少なくとも同盟国とその周辺では、共通して一種類の言語、ザイア語が使われている。これは同盟結成から使われるようになった言葉で、三〇〇年前まではそれぞれの言葉があったようだが、現在はそれらの言葉はすっかり使われなくなった。
この言葉がわからないということは、よほど遠いところから来た可能性が高い。
それでも何とか身振りを通して、彼女に筆談ができないかアプローチをかけた。適当に紙を持ってきて、何かしらを書く。ザイア語でわからないことは承知だが、名前を書いて指さしたりを繰り返して、ようやく名前を書いてほしいという意図は伝わったようだった。
そして彼女が書いたのは、字なのか絵なのかわからない模様だった。アイシャはもちろん、エターナルも見たことのない文字。当然、修道女たちもさっぱりわからない。
皆が首を傾げていたところで、今までずっと話さなかった男が口を開いた。
「……『メローラ』?」
彼女の目がぱっと輝いた。手をたたいて、強くうなずく。
その場にいた全員が蓮に注目した。当の蓮は「え、何?」と目をぱちくりさせている。
「わ、わかるの?彼女の文字!」
「え?ああ、なんとなく」
蓮の言葉に、エターナルは気づく。
そういえば、蓮には「言語理解」のチートを授けていたではないか。
もともとザイア語が分からない蓮に対して、現地人とのコミュニケーションが円滑にできるようにと授けたものだったが。
(これ、全部の言語に通用するの!?)
そうなると話はだいぶん変わってくる。とんでもないチート能力だ。
「蓮、ちょっと彼女に話しかけてみて!」
「あ、俺が?何を?」
「なんでもいいから!」
エターナルにぐい、と前に押し出された。相手も、何か期待しているような目で蓮を見つめている。
「あ、あ――――……こんにちは?」
メローラ、というらしい女は、紙にまた何やら模様を書く。やはり周りにはさっぱりだったが、蓮だけは「こんにちは」という意味らしいことがなんとなく分かった。
「『こんにちは』だってよ」
どうやらこれも当たりらしい。メローラが首がちぎれんばかりにうなずく。
「蓮!」
アイシャが満面の笑みを浮かべながら、蓮の両肩を掴んだ。
「すごい、すごいぞ!」
「え、いや、その、ちょっ」
蓮にとって、アイシャの顔は凶器に近い。
元の世界で気になっている同僚、立花愛にそっくりなのだから。その顔で、笑顔で、近づかれると困ってしまう。蓮は耳まで真っ赤になって目を背けた。
「わかった、わかったから」
ひとまずアイシャから離れた蓮は、メローラの通訳をすることになった。周りから聞きたいことを言われるので、それをメローラに伝えていく。
「で、あんたどこから来たんだよ?」
『ネプティエ』
「ネプティエ」
蓮はメローラの書いた字を読むと、周りに知っているか問いかける。皆首を傾げていた。
「やはり遠いところなのかもしれないな……島だろうか?」
修道女が地図を持ってきた。ルーブルから遠方の大陸まで書いている海図だ。そこまでの海には、大中小様々な島が描かれている。
「この中のどこかにあるか?ネプティエ」
メローラは指をさした。
島が一切ない、海のど真ん中だ。
全員が言葉を失う。
「いやいや。海じゃんか」
蓮はため息をつくが、メローラはニコニコしながら同じ場所を指さしている。
「……マジみたいだぞ、どうやら」
「いや、しかし……地図にも乗らないほど小さな島なのか?」
「いやあ、聞いたことがないですねえ」
「国立図書館なら、何かあるかもしれませんよ。勇者様方は、明日王城へ行くのでしょう?近くにありますから、調べてみてはどうでしょう」




