ルーブル王国 その3
ルーブル王国には大陸に存在する首都のほかに、四つの島が主な国土である。
それぞれイチ島、ニイ島、サン島、シイ島という。この四つの島はメザイア同盟結成以前は独立した国だったが、大陸にあったルーブル国に併合された。それぞれ島には最高権力者が置かれ、それは「島の守」と呼ばれている。
島の守は世襲制で、併合された時からずっと同じ血族で続いている。島の守は島にて政治を行うが、島の守の子供は五歳から十五歳までの十年間、首都で王族と生活を共にする。人質としての意味合いと、成長後王族とスムーズに島間の政治を行うためだ。
イチ島の島の守の嫡男、ラダムもその例にもれず、首都での教育を受けていた。彼にとってこの十年間は苦痛の日々であった。
父親は歴代の島の守の中でも優秀と言われる男だった。為政者としてはもちろん、海の男として偉大であると島の連中からずっと聞かされてきた。そんな男の光景となることは重圧でしかない。
現在のルーブル国王も父のことを過剰なほどに信頼している。王と顔を合わせて話をする機会は幾度かあったが、そのたびに父の話になる。
イチ島で最も盛んなのは漁業であり、島の守自ら海を荒らす海賊を討伐した話がほとんどだ。なんでも首都にいた時代に襲来した魔物を軍隊とともに撃退したという。
そんな父親と比較して、自分のなんと平凡なことか。荒波にもまれるような人生は自分には合わないと、常に考えながら生きている。
ラダムが好きなのは本を読むことだ。そのため、首都での座学は彼にとっての苦痛ではない。問題は、漁業の実践と戦闘訓練だ。
王子と剣の打ち合いをして、こっぴどくやられたときの周囲の目は、彼を人目を避けるようにするには十二分だった。
今日もラダムは地獄の戦闘訓練を終えて、ようやっとの自由時間。とっぷりと日は暮れていたが、城の外に出られる時間がある。市場をふらふらと眺めながら、行く当てもなく歩いていた。
彼は現在十四歳。この日々が終わるのにあと一年。昔は早く帰りたくて仕方なかったが、ここまでくると特に何も考えずにひたすら時がたつのを待つに近い。あと一年我慢すれば島に帰れるのだから。
首都は今日も賑わいがすごい。各島々から届いた品々や、同盟国、諸外国からの輸入品であふれている。誰もが我が我が、と品物を売る屋台から声を張り上げていた。
だが、今日はそんな喧騒の中、ラダムは普段あまり効かない言葉をよく聞いた。
(さっきから勇者、勇者とみんな騒いでいるな)
先日、同盟国のレッドレッド王国が大災害に見舞われた話はルーブル王国にも届いている。巨大なドラゴンの群れの襲来、そしてそれを撃退した勇者アイシャ=レヴンヘイムをはじめとする一行の存在は、吟遊詩人もすぐに詩にするほどだ。
そんな有名人が、同盟を結んでいるこの国に来るという噂で首都は持ちきりであった。そんな中でもちらほら聞こえるのが、「勇者様にうちの品を買ってもらえば大きな宣伝になる」という会話。この国の商人は商魂たくましい。
そういえば。ふと、ラダムは思い出す。
今日は場内がやけに騒がしかった。どういう理由かは知らないし聞こうとも思わなかったが、まるで誰かを歓迎しようとしているようだった。
(本当に近いうちに、勇者が来るのかもしれないな)
そんなことを考えながらラダムは市場を歩いていた。
途中で馬車とその後ろに着いている町人とすれ違ったが、気にすることもなかった。
そんなのはこの町では至極当たり前のことだ。
ルーブル王国の城では、てんてこ舞いの大騒ぎとなっていた。
何しろ、勇者がこれから来るかもしれないのだ。レッドレッド国王からの報せではおそらく今日中に来るということだったが、具体的にいつごろ着くというのは一切聞いていない。すっかり日暮れだったが、もしかしたら真夜中に急遽来るかもしれない。そう考えると、ぎりぎりまでもてなしの準備をしないといけない。ルーブル王国国王はそのように考えていた。
第一王子のヨウヤンはそんな父に振り回されて、勇者を迎える準備に大忙しだった。先ほどまで座学やら稽古やらでもうくたくたなのに、今は王族としての正装をあれやこれやと着回されている。
正直自分が出る必要はないと思うのだが、父は「勇者様にお前を紹介したいのだ」と言っているらしい。勇者であるアイシャ様は女性だから、懇意になれば同盟での立場も上がる。そういう打算があってのことだろう。
「勇者様はまだ来ないのか?」
「……そうですねえ。まだいらっしゃったとは伺っておりませんわ」
側女に聞いても、そのようなあいまいな答えしか返って来ない。ヨウヤンはため息をついた。
「……なあ、町に様子を見に行っては駄目だろうか?」
「駄目です。それに、その役目は殿下のお勤めではありません。兵の勤めです」
「殿下はお外に出たいだけでしょう」
側女のぴしゃりとした言葉に、ヨウヤンはばれたか、と舌を出す。こんなところに誰が好き好んでいたいものか。
いつも訓練が終わったらすぐに外に出て行くラダムが、ヨウヤンには羨ましかった。彼には島の守のような豪快さはないが、思慮深く聡明だ。武術稽古では負けなしだが、座学で彼に勝ったことがない。
そんな彼はしょっちゅう市場に出ては珍しい書物を仕入れていることを、ヨウヤンは知っている。何度も貸してほしいと打診しているのだが、当のラダムが自分を苦手としているらしく、なかなか貸してもらえない。
彼が首都を出て島に戻るまであと一年。それまでに何とか関係を良好にしたい、というのがヨウヤンのひそかな願望だった。
何しろ国王がラダムの父の話ばかりするのだ。その話を聞いていると、自分もそんな死乳が欲しいと思うようになった。王族で同年代となると、将校の子息や島の守の子供といったところがほとんどだ。逆に、それ以外の同世代とはほとんど触れあわない。
ほかの島の守たちはそれぞれ思い思いに過ごす中、自分だけこんな人形のような扱いをされるのが気に喰わなかったが、側女たちはそんなことも気にせずせっせと働いている。
ヨウヤンはため息をついた。
さらに、勇者から「首都には着きましたがもう遅いので謁見は明日にします」という旨の連絡を受けたことを、三時間後に聞いた。
「そりゃそうだ……」
ため息と一緒に言葉も出てしまった。




