ルーブル王国 その2
蓮が目を覚ますと、荷馬車の中は女性でいっぱいだった。
「……は?」
突然の光景に、蓮は言葉を失う。しかも女性たちは目も虚ろに、ほぼ裸で上に襤褸やら衣やらを纏って、一言も発しない。
「え、何だこれ……」
荷馬車から外に出ると、日暮れだ。確か、日暮れにはルーブルの首都に着くという話ではなかったか。だからこそ、この時間に蓮は目覚めたのだ。
だが、今いる場所はどう見ても山道だ。
「あっ!やっと起きたのかあ!」
状況が全くつかめていない蓮にアイシャが駆け寄ってきた。勇者としての装備である鎧と聖剣を纏った姿は、多少だが赤黒い汚れが付いている。後ろについているエターナルも、同じように汚れていた。
「まったく、何度も起こしたのに、本当に起きないんだもんなあ」
「……なんかあったのか?」
「なんかじゃない!」
アイシャはぴしゃりと言い放つ。
「ゴブリンだ、ゴブリン!」
ゴブリン。ファンタジーではよくある、いわゆる下級モンスター。主に洞窟をねぐらとして、集落から女や食料を奪い自分たちの命をつなぐ、略奪種族。
子供位の大きさと膂力だが、数の暴力はすさまじい。一流の戦士ならともかく、村人にはドラゴン以上に身近で大きな脅威だ。
そんなゴブリンが林をうろついているのを、馬車での移動中にアイシャが見つけた。ゴブリンはこのような山間なら巣を作るのは珍しくない。それに、正直ゴブリンを相手取るのはキリがない。あのゴブリンの巣を潰しても、隣の山に別のゴブリンの巣がある。彼らを根絶やしにすることは、化け物でもない限り無理だろう。
とはいえ、アイシャは見過ごすわけにはいかなかった。その理由は、彼女は勇者であり、今後集落に被害を与えるであろう芽は摘んでおくに越したことはないということ。
そしてもう一つは、そのゴブリンがまさに女性を運んで巣に連れ帰ろうとしていたからだ。即座に聖剣を握る。
「蓮。起きろ。ゴブリンが人をさらっている!」
そして蓮を揺するが、一向に目覚めない。早くしないと見失ってしまう。アイシャは馬車の御者に声をかけた。
「ここでこいつと一緒に待っていてくれ。私たちはちょっと森に入ってくる」
「え?い、いいんですかあ?彼、寝てますけど……」
「起きれば頼りになる!」
そう言ってアイシャは荷馬車から飛び降りた。
「あ、ま、待ってアイシャさん!」
エターナルも続いて馬車から降り、彼女の後に駆けだした。
それから、追ったゴブリンの巣を発見してみれば、かなり大きな巣となっていた。中にいるゴブリンは、ざっと五十はいただろう。その中には体格の大きなホブゴブリンもちらほらと。
普通ならば、いったん引き返すのが妥当だろう。仮に蓮がここに来ていれば、一人で入って中の連中を片っ端から殴って終わる。もちろんゴブリンも抵抗はするだろうが、そもそもドラゴンの攻撃すら効かない蓮を傷つける術を、彼らは持たない。逃げまどいながら蹂躙され、一生消えないトラウマを植え付けられて終わるだろう。あくまで蓮の場合だが。
では、もう一人の勇者、アイシャがこの巣に乗り込んだ時はどうなるだろうか。
為すすべもなく蹂躙されるのは同様だ。だが、彼女の場合、ゴブリンたちは一匹残らず殲滅されることとなる。ゴブリンはそうすべきというのが、カーレンティアでは常識なのだ。
女性をなぶり殺しにする怒りなどはもちろんだが、こいつらは「殺さないといけない」ものだ。
そしてアイシャの一方的な蹂躙を補助するものこそ、胸に刻まれた勇者の「刻印」である。
(「刻印」って、本当は持ち主の身体能力増加に、状態異常無効に魔力増強って効果があるのよね。そんなのが聖剣も併せて二つもあるんだから、そりゃあ強いわよ)
アイシャの後ろで洞窟を照らしながら、エターナルは考えていた。そして、アイシャの強さを見ながら、改めて思いにふける。
(蓮は、それら一切を発動していないんだけどね!……ほんと、何なのかしらあれ)
蓮が主に使っている「刻印」の効果は、「邪進化」特攻だけである。あとはどういうわけか、普段から使いたがらない。理由を聞いたら、「だって恥ずかしいだろ、いい歳こいて卍のマークとか」だそうだ。蓮の世界ではそんなに恥ずかしい物なのだろうか?
そんなことを考えながらでも、ゴブリンの駆除はサクサクと終わった。
時間がかかったのはその後であった。この巣に囚われていた女の数は八人。しかもほとんどが凌辱と飢餓で瀕死の状態であった。さらに、アイシャが見つけたゴブリンが運んでいた人も加えると合計で九人もいたのだ。
まずはエターナルが八人に回復魔法をかけ、ある程度の外傷を緩和する。それに浄化魔法もだ。不潔な環境に長らくいたため、病気になっていたり、なりやすくなっていた。
そして九人を巣穴から馬車に運ぶ。彼女たちにダメージを与えないように慎重に運んでいたら、終わるころにはすっかり夕方になっていた。そして、ようやっと紅羽蓮は目覚めたのである。
「旦那が全然起きないんで、気が気じゃありませんでしたよ、あたしぁ」
御者に毒づかれ、蓮は頭を掻いた。
「悪かったよ。……で、どうすんだ、こいつら」
「ひとまず教会に連れて行こう。そこで一晩過ごして、彼女たちの村を聞いて、馬車の手配……それから国王に謁見、といったところか」
教会。そう言われて、蓮はこの世界に来た時のことを思い出した。あの時も確か、町に着くなり教会に行ってこいと見張りの人に言われたんだったか。その後、すぐに食欲に負けておばちゃんの経営する娼館宿で一泊したが。
「まあ、わかった」
そう言って再び蓮は荷台に乗ろうとした。その時、蓮の肩をアイシャが掴む。
「ちょっと待て。今、荷台には九人乗っている。そして御者に聞いたのだが、この人数だと一人は荷台に乗れないそうだ」
そこまで言ってアイシャはにこりと笑った。だが、内心は全く笑っていないことは、さすがに蓮でも見て取れる。
「長い昼寝も終わって、目はさえてるだろう?」
ルーブル王国までの残りの道を、蓮は荷台の後ろを歩いて着いていくことになった。
山道を超えれば、ルーブル王国は目の前だ。




