それは世界を守る戦い
十人以上がゆうに入れる大部屋には中央にテーブルが置かれており、上座に座っていた男が貴也に声をかけた。
「起きたか勇者どの」
座りながらでも威圧感を放つ筋肉質な男は、酷く懐かしい声でそう言った。
その後ろには一本芯の通った、凛とした姿勢で控える女性。
「では揃ったところで始めるか。
進めてくれモンモン」
――。
――――。
「ごほん。
では始めてくれ、ルーナ中佐」
「はっ!」
これまた懐かしいやり取りに思わず頬が緩み、そして恐らくあの化け物の討伐に力を貸してくれるであろう彼等を、貴也は心強く思い自然と感謝が口からこぼれた。
「来てくれてありがとうございます。
ロイツ大将、ルーナ中佐」
ロイツはその言葉に片手をあげて『おう』と返し、ルーナも微笑みで返答する。
そして分からなかった謎がひとつ氷解した。
軍の上層にいる彼らがここにいるならば、確実にフォルスボア軍も連れて来ているはずである。
ならば貴也の怪我を治癒したのは、フォルスボア軍の治癒魔法隊なのだろうと。
分からないのはなぜコポ村に彼等がいるのかだが、それは続くルーナの言葉で判明した。
「勇傑の7人『常闇の幻術師』様の救援依頼を受けて来た我々ですが、未だ状況を全て把握は出来ておりません。
皆様には情報の提供をお願いしたく、また刻一刻と悪化していると思われる現状の打開策を検討して頂きたいと思います」
貴也に『常闇の幻術師』なる二つ名の聞き覚えはなかったが、他の六人の二つ名が分かっている以上、該当するのは一人しかいない。
思い返せば、現実世界で貴也が苦しんでいる時『今忙しい』と言っていた彼女。その姿を探して辺りを見回すが、ここにリュシアナはいなかった。
「あいつは今ごろスヤスヤ寝てるぜ。
まぁ救援を呼ぶために全力で飛び続けたんだから、大目にみてやってくれ」
貴也の視線に気付いたサハテオが、リュシアナがいない理由をそのように説明した。
精はやれないが今度チョコケーキでも買ってやろうと考える貴也をよそに、会議は進む。
「話は簡単です。先程お話したとおり、かつての勇者アラニスの魂は闇の加護に汚染され、その結果化け物と成り果ててしまいました」
挙手をして立ち上がったエンカが、起きた事実を簡潔に語った。
ロイツとルーナは報告を淡々と聞き、疑う素振りは見せずに頷く。貴也が起きる前にある程度は話していたようだ。
だがアラニスと貴也が同一人物ではないと、ルーナにまで言って良かったのか?
その割りにロイツは貴也を『勇者どの』と呼んでいたがと、引っ掛かりを覚える貴也。
「この状況で隠しても仕方ないでしょう」
「それに我々が貴方を未だ勇者と敬うのは、光の加護を持つからでも魔王を倒したからでもありませんよ。
ラングドルでのこともルディヒアでの竜事件も耳に入っているのですから」
珍しくエンカとルーナの意見が一致しているようで、衝突することなく貴也に説明した。
しかしその言葉をそのまま受け取ると、勇者アラニスではなく三久川貴也に対して敬意を払っているということになり、気恥ずかしさを隠せない。
そんな貴也を『相変わらずじゃの』と魔女が笑った。
「話が逸れましたので戻します。
皆様はその瞬間を目撃したとのことですが、そもそもなぜその場にいらしたのですか?」
それについては俺がと、先の気恥ずかしさを誤魔化すように貴也が挙手をし立ち上がる。
「元々はアラニスの魂を抜いた人物を探すのが目的でした。
当然、それが彼自身の手によるものだとは思いもよりませんでしたし。
そしてボードレイドが燃えているのに気付き、慌てて街へ行ったのです」
そこでロイツが疑問を挟んだ。
至極当然のことだが、なぜ街は燃えていたのかという疑問を。
その時点ではアラニスは正気を保っており、なにかに襲われたのではないのに街が燃えているのはおかしいだろうと。
「ワシが燃やしたんじゃよ」
驚愕の事実を老婆が告げる。
「――伺っても?」
ピクリと眉を動かしたロイツだったが、彼はこの魔女が何者なのかに思い当たっている。
ゆえに理由も無くそんなことをする筈はないと、それを聞きたがった。
「火葬」
意外なことに理由を答えたのはノゥで、幼女は久しぶりの老婆に甘えるように抱きかかえられながら、あの時と同じ言葉を発した。
燃え盛るボードレイドの城下で、確かにノゥは『火葬』と呟いていたのだ。
そのノゥの頭を撫でながら『その通りじゃ』と老婆は続ける。
「負の魂に汚染されていたアラニスは、ポラの体の中で焦っておったんじゃろうのぅ。
なにせ元の体とは違い貧弱なポラの体。敵が現れればいつ命を落としてしまうかも知れず、怖かったんじゃよ」
そんなものだろうかと貴也は想像してみる。
魔王を倒すために鍛え自分の思い通りに動く体から、突然貧弱で動き辛い体に変わってしまった自分を。
しかも心は人間に対する負の感情で溢れており、全ての人間が敵に見えていたのかもしれない。
なるほど、それならば恐怖を感じるのも分からなくはない気がした。
「じゃからアラニスは、その魂を闇の加護へと早く昇華させたいと考えた。
負の魂を多く取り込んでの」
ゾクッと貴也に悪寒が走り、同じ考えに至ったエンカと目があった。
ロイツとルーナにはピンときていないようだが、これまでの旅を思い起こせば、それがどういうことなのか分かってしまう。
あの洞窟でナコラがやっていたこと。それをアラニスは人間でやっていたのだ。
そこで貴也はようやく気付いた。
ボードレイドで、人の姿がないことに違和感がなかったことの理由を。
初めからだ。貴也がこの世界に召還されたその時には、もうボードレイドの人々はアラニスの犠牲にされた後だったのだ。
当初は夢の中だと思いこんでいたので不自然さを感じなかったし、王宮暮らしだったルーインも何も感じていなかった。
だがよくよく考えればおかしいことだらけではないか。
勇者の体が転移されたボードレイドでは、それを人々が見たはずなのだ。
なのに貴也が召還されボードレイドを出発する時、声をかけた人間が一人でもいただろうか?
城の中でもほとんど人とすれ違っていない。最低限の人員だけ残し、謁見の間にすら兵はいなかったのではなかったか?
それを怪しむ人間、止める人間を排除した結果、元の王まで排除したから、王の態度はあんなに不自然だったのではないだろうか?
アラニスは負の魂を闇の加護へと至らせるためにボードレイドの人々のほとんどを拷問し殺した。
しかし尚足りず、魂降しで効率よく負の魂を集められる勇者を仕立て上げ、同時にペイランの町からも犠牲者を集め続けたのだ。
「ワシが最初におかしいと気付いたのは、魂降しを行ったのがあの治癒魔導師だと聞いた時じゃった。
ポラが魂を扱う術を使えないのは聞いておったし、かといってあの少女の魔力ではとても魂降しなど成功せんよ。
あの少女が魂を扱う才能があるのは分かっておったが、足りない分を誰かが補った筈で、それはポラではありえん」
魂降しはルーインを介してアラニス本人が行い、ポラにそれが出来ないと知っている者の目を欺くためにルーイン一人の手柄とした。
そういう筋書きだと魔女は言う。
「じゃからノゥを小僧に預けて、一人で調べておったのじゃ。
その結果分かったのは、ボードレイドのほとんどの人間が、苦痛の果てに殺された後だということ。
ゆえに、街に彷徨う哀れな魂の残滓を、まるごと送ってやるために焼き払ったのじゃよ」
だから火葬だと魔女は言い、ノゥもそれを感じ取っていたのだ。
そしてその後で魔女は元凶を叩くべく城に向かったが、時遅く、アラニスの魂は加護に至ってしまっていたのだった。
痛ましい事実と多くの犠牲者に黙祷を捧げるように、しばし目を瞑っていたロイツ。
その拳は暴虐に対する怒りに震えていた。
「では目標はアラニスということで討伐の為の軍を編成するが、どの程度の兵力が必要だと思う?」
一転して冷静さを取り戻してすぐに今後策の検討を始められるあたりは、さすが軍のトップにいる人間だと貴也は感嘆する。
だがどの程度の兵力が必要かと問われると、まったく想像がつかなかった。
エンカも同じ思いのようで、貴也の気持ちを代弁する。
「正直なところ分かりかねます。
果たしてあれが人の手で倒せるものなのかも……」
普段は弱気を見せないエンカですらそう思うのだ。それは実際にあれと対峙した人間ならば、すべからくそうなるであろうと、貴也だけでなく、サハテオも魔女も思っていた。
竜すらも倒した貴也達にですら倒す術がないと言われ、ロイツは改めて事の重大さを噛み締める。
「モンモン。
本国に伝令を飛ばし、全軍の出動を要請してくれ」
「全軍ですか!?」
呼び名にすら反応出来ないほどの狼狽を見せたルーナに、もう一度『全軍だ』と厳命するロイツ。
その目には、もはや余裕は消えうせていた。
全軍が集結するのにどれだけの時間が必要なのか貴也にはわからなかったが、しかしそれを待つ余裕がないことは分かっていた。
「ルーインを。
俺は、今すぐにでもルーインを助けに行きたい」
もう手遅れだという心の声を押し殺して、微かな希望に縋る貴也。
その微かな希望すら潰える前にと、時は一刻を争うのだと、強くロイツに進言する。
だがそれをロイツが却下する前に、魔女が『恐らく大丈夫じゃ』と、気休め以上の確信をもって告げた。
「なぜアラニスが少女を殺すではなく取り込むという選択をとったのか。
理性が残っていたとは思えんから本能だったのかもしれんが、恐らくあれは癒しを求めたんじゃないかとワシは思うとる」
化け物の姿を思い起こせば、確かに『痛い、苦しい』と怨嗟の声を上げ続けていた。
しかし同時に闇の加護の暴走で、切り刻んでも即時に回復するほどの自己再生機能を有していたではないか。
今更ルーインの治癒魔法を必要とするとは、貴也にはとても思えなかった。
魔女はしかし、そうではないと言う。
「アラニスがああなった原因は負の魂の過剰摂取による暴走じゃ。
ゆえに、その魂を沈静化させることが出来れば、破壊と再生を繰り返す痛みを抑えられると考えたんじゃろう。
じゃから魂を扱えるあの少女から魔力を吸い上げるために胎内に入れたのじゃ。
実際にあの少女が取り込まれてからは巨大化しておらんし、動きも落ち着いておるじゃろ?」
それが事実だとすれば、あの化け物は取り込んだルーインを殺さずに捕らえ続けるつもりなのかもしれない。
彼女の生存に一縷の希望が沸いたのはエンカも同じで、表情が明るくなったのが貴也からも分かった。
「だったらしっかり準備して、確実に救出しましょう」
だがそれも魔女は否定する。
「今尚あの少女は魔力を吸われ続けているはずじゃ。
それが尽きれば生命力を吸われるじゃろう。
それが尽きるまで、もって三日とワシは踏んでおる」
ルーインが捕らわれてから、もうすぐ二十四時間が経とうとしている。
残るは二日。それも『もって』であることや、貴也が起きていられる時間を考えれば……。
ルーインの命の刻限を焦る頭で計算していた貴也の横を、偵察に出ていた兵士達が次々に報告に戻ってくる。
「標的の巨大化は、完全に止まったわけではありません!
すでに城ほどの大きさに成長しております!」
「魔力量も桁違いで、さらに増大しているとのことです!」
「報告!
標的より伸びる触手は、現在十五本へと増加! 依然止まりません!」
あらかたの報告を聞き終えると、ロイツは組んでいた腕を解いて立ち上がる。
そしておもむろにバンッとテーブルを叩き、一同の顔を見て宣言した。
「悠長なことは言っていられんらしい。
決戦は明日、勇者どのが起きる前から始める」
敵の回復力、巨大さを考えれば短期決戦は不可能と判断したのだ。
確実に貴也が起きている時間にトドメを差せる状況を作るために、その前から弱らせておこうという思惑だ。
頷き返す一同に、もう一度一人一人と視線を合わせ
「これは、人類の存亡を賭けた戦いになる」
いつになく険しい顔で、ロイツはそう断言した。




