落涙
尚も光輝く紫石に、すでに貴也は臨戦態勢をとっていた。
「お、おい? どうしたってんだ?」
貴也の異常な緊張を見て取ったサハテオが警戒し、不穏な空気を感じ取ったレスタシアも身を強張らせて貴也に説明を求める。
そこに治療の終わったエンカも加わり、危機を知らせる紫石の話を語って聞かせた。
「じゃあ、竜以上の危険が迫っていると?」
さすがのレスタシアも、声に震えを滲ませる。
考えられるのは未だに姿を現さないナコラの襲来だが、それが竜以上と言えるのかは微妙なところだと貴也は思う。
恐ろしい魔法使いではあるが、人間であるナコラが竜を超える存在には思えないからだ。
いったいなにが起こるのかと張り詰めた空気が辺りを包み、全員が周囲を警戒する。
しかし、しばらく待ってみてもなにも起こらず、紫石の輝きもいつの間にか失われていた。
腑に落ちない気持ち悪さを抱えたまま、仕方なく一向はルディヒアの街へと戻ることにしたのだった。
「伝えてきたぜ。
つか、この疾風の剣様をパシリに使うとは、大物だなぁ」
貴也に頼まれ、当面の危機が去ったことをゴッゾに伝えに出ていたサハテオが宿屋に戻った。
街中は半分以上の人々が避難しており閑散としているので、人々に安全を伝える役目をゴッゾに任せるためであった。
「引きこもってた奴が偉そうに」
それをレスタシアがからかい笑いが起こる。
ナコラの消息は不明なので探さねばならないが、今は訪れた平穏を享受したいのだと。
「しっかし、最後のあの魔法はなんだったんだ?
あんな凄ぇの、アラニスでも使えなかったぜ?」
あれは魔法ではなくそういう現象を引き起こしたのだと、そう貴也は伝えようとしたのだが、その前にノゥが進み出た。
「ノゥがやりました」
喋ったッ!?
いや喋るのは当然だが、文章として成立している言葉をノゥが語ったことに貴也だけでなくエンカとルーインも驚愕する。
そんな三人の心情など鑑みず、主にサハテオに向って胸を張り、誇らしげに言う。
「ノゥが倒しました」
そういえば、戦闘中にサハテオが『水魔法を使える奴がいれば』と愚痴っていたのをノゥは聞いていたのだ。だからノゥは、私でも戦えるんだぞと、そうアピールしているのかもしれない。
それを思うとノゥが健気で愛おしく思え、貴也はノゥの頭をぐしゃりと撫でる。
「あぁそうだな。ノゥが倒したんだ。
凄かったぞ、ノゥ」
貴也の言葉にノゥが振り返り、満面の笑顔で応えたのだった。
一時間もすると人々が戻り始め、さっそく街の復興に動き始めていた。
その喧騒を枠だけになってしまった窓から眺め、エンカは貴也に問いかける。
「これからどうするの?」
彼女自身の旅の目的は達せられた。
今は仲睦まじく、まだ本調子ではない姉を気遣うように並んでベッドに腰掛けている。
「ナコラを止めなきゃならないと思う」
闇の加護持ちを量産していた大魔法使い。
最大の加護持ちと思われる竜は今しがた撃退したが、放っておけばまた量産を繰り返し、さらに強い魔物に加護を与え兼ねない。
彼女の目的はアラニスの魂が戻ることであり、それが達せられるまでは止まらないだろうから。
「当てはあるの?」
どこか寂しげなエンカの声音。
「いや、ないな。
さっきルーインとも話したんだけど、一度ボードレイドに戻ろうかと思ってる」
ポラにいくつか聞きたいことがあった。
あの紫石のこと。それと、勇者の体を転移させた時のことだ。
その時の状況を詳しく聞ければ、ひょっとしたら勇者の魂を抜き去った人物に辿りつけるかもしれない。
そして、そこにはナコラが現れるだろうと貴也達は考えていたのである。
「そう……。
遠いわね」
これからの道中には、ルーインとノゥはもちろん、サハテオも同行してくれることになった。
敵になったとはいえ、かつての仲間の不始末を自分の手で片付けたいという彼の心意気を、貴也は快く受け止めたのだ。
なぜかノゥが懐いていて、今は二人でお菓子を買いに出ているが。
「じゃあ、アタシもあの日のことを話そうかね。
なにかの足しにでもしておくれよ」
主だった怪我は全てルーインが治したが、長期の監禁と薬物で被った体の中へのダメージは重い。
竜との戦いでは無理を押して参戦してくれたレスタシアだが、こうして戻ってきた今はベッドから起き上がるのも辛そうなほどである。
その彼女が、思い出すように語り始めた。
「魔王を倒した直後に襲われたって話は聞いてるんだろ?
その時のアタシ達は、ほとんど力を使い切ってしまってたからね。逃げるしか出来なかったのさ」
遠い目で語るレスタシア。
監禁されていた期間を考えれば、彼女の体感時間ではとてつもなく昔のように感じられるのかもしれない。
「アタシの側には『無限の盾 メイルス・ボーマン』がいた。
無口で無愛想で鈍臭い大男でね、そのくせ臆病で馬鹿でっかい盾を常に持ち歩いているような奴だったよ」
レスタシアは目を閉じる。
「なのにさ、俺が防いでいる間に逃げろだなんて格好つけてくれるわけだ。
ふざけんなってアタシは言ってやったよ。
アタシの方が強いんだ。守られるべきは弱いアンタだろってね」
決して涙は見せないレスタシア。
だが堪えるように震える手に気付き、エンカがそっと手を重ねた。
「アイツには奥さんがいた。生まれたばかりの娘も。
だから生き残るべきはアイツのほうだった。アイツのほうだったのに、アタシを突き飛ばして扉を閉めやがった。
悔しかったね。情けなかった。
扉の中で響くアイツの断末魔の声を聞きながら、それでも何も出来ない自分が」
そうして一息入れる。
短い沈黙を挟み、重ねられていたエンカの手をさらに上から『もう大丈夫』とポンポンと叩いて、レスタシアは目を開いた。
「それからは知ってのとおり。
命からがら落ち延びたアタシは運悪くゴミ野郎共に見つかっちまってあのザマさ。
メイルスが繋いだこの命、絶対無駄にしないと、それだけを考えて耐えてきたわけだ」
そしてエンカの方に向き直り、優しく頬をなでるレスタシア。
「もちろんエンカ。
可愛いアタシの妹に、もう一度会うことを心に誓ってね」
それまで堪えていたエンカの涙腺は、そこでついに決壊した。
レスタシアの胸にしがみ付き、子供のように泣きじゃくる。
「それでも私は、姉さんが生きててくれて嬉しい!」
そんなエンカをあやす様に、レスタシアは頭を撫でてやる。
これ以上二人の邪魔をしてはいけないと、貴也はルーインとともに静かに部屋を後にするのだった。
自室に戻り貴也はルーインと向き合う。
今後のことを話すためだ。
姉妹の光景が目に焼きついており、貰い泣きしていたルーインが鼻声で言う。
「良かったですねエンカさん」
「あぁそうだな。
これからは仲良く一緒に暮らしていけるだろ」
半ば気付いていた答えに、それでもルーインは顔をあげる。
「やはり、エンカさんとはここでお別れなんですか?」
レスタシアが見つかる前から、貴也は考えていた。
もし姉に再会出来たなら、エンカとはそこで別れようと。
これ以上エンカが旅を続ける理由はなくなるし、危険に巻き込む必要もないのだから。
エンカには今までたくさん世話になっている。
だから彼女の目的が達せられたなら、あとは幸せを祈って笑顔で別れることが一番良いはずだと。
心情を抜きにして戦力的なことを考えれば、エンカと別れるべきではない。
一行のなかでまともに戦えるのはエンカだけなのだから。
しかしサハテオという心強い仲間が出来た今なら、その心配もなくなった。
「寂しく……なりますね……」
大粒の涙を静かに流すルーイン。
それが先ほどまでの涙とは違う涙であると分かり、貴也は静かにルーインを抱き寄せた。
「そうだな……」
貴也の胸の中で声もあげずに泣き続けるルーイン。
その背中を擦ってやりながら、貴也の頬にも暖かいものが一筋流れ落ちたのだった。
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現実世界で目覚めてからも、貴也は感傷に浸っていた。
思えばエンカに出会わなければ、貴也の命はすでに失われていたのだ。
バーバボアに襲われた時に助けに入ったエンカ。それからコポ村を守るために奮闘し、ラングドルではインプを倒す為に共に馬で駆けた。
迷いの森では見てはいけない姿を見てしまったが、その後も先頭にたって戦い続け、ついに姉に再会した。
強く、気高く、美しく咲き誇る一輪の花のような女性だったと貴也は思う。
『勇者アラニスの身体に召喚された魂があなたで良かった』
いつかエンカに言われた言葉。
こんなに弱い自分が勇者でいいのか?
もっと上手く勇者をやれる人間ならば、こんなに犠牲は出なかったのに。
そう考えていた貴也に勇気を与え、その後の貴也を支え続けた言葉だ。
今更ながらに彼女の存在の大きさを知り、目頭が熱くなる。
――が、高校生の朝に泣いている暇などないのだ。
「おっはよーたかちゃん! 今日もグッドなモーニングだねっ!!」
感傷を打ち抜き、いつものように詩乃がやって来た。
「お、今日も元気そうでなによりだよ!
……って泣いてる?」
詩乃に涙を見咎められ、慌てて袖で拭い去る貴也。
「泣いてねぇよ!
いいから着替えてさっさと学校へ行くぞ!」
その態度なら深刻なことではないと詩乃は認め、じゃあ下で待ってるねと階段を降り下る。
少し充血した目を鏡で確認し、貴也は気合を入れるために頬を張る。
「行くか!」
本日は快晴。雨は降らないでしょうと、居間のテレビが告げていた。




